プロジェクト『再会』

 そして、大学三年の夏。俺は、ついに動くことを決意した。

「中学の同窓会、やるぞ!」

 ファミレスに集めた旧友たちに、俺は高らかに宣言した。

「おお、いいね!」「幹事、田中な」

 友人たちの反応は上々だった。俺は、すかさず本題を切り出した。

「今回の同窓会には、裏テーマがある」

「なんだよ、改まって」

「プロジェクト『再会』だ。木崎聡太と音無琴葉を、ここで再会させる」

 俺の言葉に、その場にいた全員がニヤリと笑った。こいつらも、ずっと気になっていたのだ。あの二人のことを。

「面白そうじゃん!乗った!」

「でも、どうすんだよ。聡太は大阪だろ?音無さんには、彼氏いるんじゃなかったか?」

 問題は山積みだった。でも、俺には勝算があった。

「だから、お前らの協力が必要なんだよ!」

 作戦会議は、その日から毎晩のように、LINEのグループ通話で行われた。


 ミッション1:木崎聡太を大阪から召喚せよ。

 これは、比較的簡単だった。「同窓会やるから、夏休みに帰ってこいよ!みんな会いたがってるぞ!」という、ごく普通の誘い方をした。ポイントは、「音無さんも来るかも」とは、絶対に言わないこと。あいつの性格上、それを聞いたら逆に意地を張って来なくなる可能性がある。あくまで、「みんなに会いに来い」というスタンスを貫いた。

『マジか!行く行く!』

 聡太は、驚くほどあっさりと食いついてきた。あいつも、心のどこかで東京に帰ってくるきっかけを探していたのかもしれない。


 ミッション2:音無琴葉を同窓会に参加させよ。

 こちらが、最難関ミッションだった。彼女には彼氏がいる。しかも、聡太が来るとなれば、警戒して来ない可能性が高い。

 ここは、女子メンバーに協力を仰いだ。

「琴葉、元気?今度、中学の同窓会やるんだけど、来ない?聡太も来るんだって!」

 女子の友人から、あえて聡太の名前を出して誘ってもらった。揺さぶりをかける作戦だ。

 案の定、音無さんからの返信は渋かったらしい。『彼氏との予定があるかも』という、分かりやすい言い訳。

 だが、俺たちは諦めない。そこから、数日間にわたる波状攻撃を仕掛けた。

「えー、来なよー!みんな琴葉に会いたがってるよ!」

「聡太も、琴葉に会えるの楽しみにしてたぜ?」(←これは嘘)

 あらゆる角度から、彼女の心を揺さぶった。最終的に、彼女が『予定、調整してみる』と返信してきた時、俺たちの作戦本部は歓喜に沸いた。

 そして、同窓会当日。俺は、店の前で時間になっても入ってこない音無さんを捕獲した。

「おー、音無!ちょうどよかった!」

 案の定、土壇場で怖気付いていたらしい。俺は、有無を言わさず彼女の腕を掴んだ。

「大丈夫だって!みんな待ってるからさ!」

 半ば強引に、決戦の地である個室の扉を開ける。そして、計画通り大声で叫んだ。

「ごめんごめん、遅れた!ちょっと、スペシャルゲスト連れてきたぜ!」

 俺の後ろで、息を呑む音無さんの気配。そして、部屋の奥で同じように固まっている聡太の姿。

 視線が、交差する。八年の時を超えて。

 俺は、心の中でガッツポーズをした。第一段階、ミッションコンプリートだ。


 再会を果たした二人は、それはもう、見ていられないほどぎこちなかった。俺たちが巧妙にセッティングした隣同士の席で、ポツリ、ポツリと当たり障りのない会話を交わしている。周りの俺たちは、完全に生暖かい保護者の目線だ。

「おい、あれ大丈夫かよ」

「見てみろよ聡太の顔、ガチガチじゃん」

 友人たちが、こっそり耳打ちしてくる。

「これからだろ、これから」

 俺は、余裕の表情でビールを呷った。焦るな、まだ作戦は始まったばかりだ。

 会が終わりに近づいた頃、俺は満を持して次の爆弾を投下した。

「明日さ、どうせみんな暇だろ?せっかく聡太もいるんだし、どっか行かね?中学の頃よく行ったとことかさ!」

 我ながら、天才的な提案だったと思う。この場の盛り上がりに任せた、無茶な提案。でも、こういうのは勢いが大事なのだ。

「いいね!」「行こうぜ!」

 事前に打ち合わせていたサクラたちが、すかさず賛同の声を上げる。ちらりと二人を見ると、聡太はまんざらでもない顔、音無さんは少し困ったような、でもどこか嬉しそうな顔をしていた。よし、食いついた。

 話はとんとん拍子に進み、翌日、有志で「思い出の場所巡り」をすることが決定した。もちろん、そのメンバーには聡太と音無さんが含まれている。

 そして、翌朝。プロジェクト『再会』の最終フェーズが始まった。

 俺は、朝の八時ちょうどに、作戦実行部隊(つまり、昨日「行く!」と約束した友人たち)のグループLINEに、指令を送った。

『作戦名「アポイントメント・クラッシュ」、開始!各自、ドタキャンの準備をせよ!』

 すぐに、仲間たちから了解のスタンプが返ってくる。

 集合時間の一時間前から、俺たちは聡太と音無さんも入っている全体のグループLINEに、次々と欠席連絡を投下し始めた。

 トップバッターは、俺。

『ごめん!急にばあちゃんち行くことになった!昨日言えよって感じだよな、マジすまん!』

 ポイントは、罪悪感を滲ませつつも、どうしようもなさをアピールすることだ。

 続いて、女子メンバー。

『ごめん、私も無理になった!昨日の酒が抜けなくて死んでる……二人で楽しんでこいよ!』

 この「二人で楽しんでこいよ!」という一言が、地味に効く。これは、二人に「あ、これって、もしかして…」と勘づかせるための、布石だ。

 その後も、「急なバイトが入った」「課題が終わらない」「犬の散歩が長引いてる」など、しょうもないが故にリアルな嘘の連絡が五分おきに投下されていく。俺たちのチームワークは完璧だった。

 そして、集合時間ちょうど。駅前の広場には聡太と音無さん、二人だけ。その状況を、少し離れたカフェの二階から俺たち作戦実行部隊は固唾を呑んで見守っていた。

「おい、どうなるんだ…?」

「帰っちゃったりしないよな…?」

 全員が、スマートフォンの画面と窓の外の二人を交互に見つめる。

 やがて、二人が何かを話し込み、そして、駅とは違う方向に二人で歩き出すのが見えた。

「「「うおおおおおおっ!!」」」

 俺たちの間から、声にならない歓声が上がった。カフェの店員に睨まれたが、そんなことはどうでもよかった。俺たちは、思わずハイタッチを交わした。

 その日の夕方。聡太から、俺の個人LINEにメッセージが届いた。

『今日は、なんか、ありがとな』

 回りくどい言い方だ。でも、そのメッセージだけで、すべてが伝わってきた。

『どういたしまして。で、どうだったんだよ?』

 俺がそう返すと、少ししてから、隅田川の夕景を撮ったやけに綺麗な写真が一枚だけ送られてきた。

『…まあ、色々とな』

 多くを語らない親友。でも、その写真が今日のすべてを物語っていた。俺は、その写真を見て自分のやったことが間違いじゃなかったと確信した。


 あの夏から、数ヶ月が経った。

 聡太と音無さんがどうなったのか、俺はまだ、詳しいことは聞いていない。野暮なことは聞かないのが、俺なりの最後の気遣いだった。

 ただ、聡太から送られてくるLINEの文面が以前よりも少しだけ明るくなったこと。そして、この間女子メンバーから「琴葉、彼氏と別れたらしいよ」という、特大のニュースが舞い込んできたこと。

 それだけで、十分だった。

 俺がやったことは、結局ただのおせっかいだ。二人の八年間という時間に比べれば、俺が仕掛けた二日間の作戦なんてちっぽけなものかもしれない。

 でも、もし、あの二日間がなかったら二人の時間は今も凍ったままだったかもしれない。そう思うと、自分のやったことが、少しだけ誇らしく思えた。

 ファミレスの窓から、冬の訪れを感じさせる冷たい風が吹き抜けていくのが見えた。そろそろ、あいつらの長い長い冬も終わりを迎える頃だろうか。

 ポケットの中で、スマートフォンが震える。聡太からだった。

『冬休み、また東京に帰るわ』

 その短いメッセージに、俺は声を出して笑った。分かりやすすぎるヒーローは、八年経っても、やっぱり分かりやすいままだった。

「しょーがねえな、あいつは」

 俺は、誰に言うでもなくそう呟くと熱いコーヒーを一口すすった。親友の恋路のために奔走する夏も、悪くない。さて、次は、俺自身の恋でも探しますかね。まあ、それは、また別の話だ。

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止まっていた初恋の秒針が再び動き出す はるさき @kazyugonta_7777

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