遠い空の下
聡太がいなくなってから、俺たちの日常から何かが決定的に欠けてしまったような気がした。特に、音無さんの変化は、誰の目にも明らかだった。
もともと物静かな子だったが、さらに口数が減り休み時間も一人で本を読んでいることが増えた。聡太の冗談に笑っていた、あの三日月みたいな笑顔を見ることはもうなかった。彼女の周りだけ、時間が止まってしまったかのようだった。
聡太とは、たまにLINEでやり取りをしていた。
『こっちの奴ら、全員ツッコミがプロ級だわ。俺のボケが通用しねえ』
『標準語喋るだけで笑われるんだが。解せぬ』
強がってはいるものの、新しい環境に馴染むのに苦労しているのが文面から伝わってきた。俺は、東京のクラスの様子やくだらない日常を写真付きで送ってやった。その中に、時々、わざと音無さんの後ろ姿が映り込むようにして。聡太からの返信は、いつもより少しだけ早かった。分かりやすいやつめ。
季節は巡り、俺たちは高校生になった。聡太は大阪の高校、俺と音無さんは別々の都内の高校に進んだ。
高校二年の夏、俺は衝撃的な情報を耳にする。友人経由で、音無さんに彼氏ができたというのだ。相手は、同じ高校の美術部の先輩らしい。
俺は、正直少しだけ裏切られたような気持ちになった。あんなに聡太のことで落ち込んでいたのに。でも、すぐに思い直した。当たり前だ、と。聡太と別れてもう四年も経つんだ。彼女が新しい恋をするのは当然のことで、むしろ祝福すべきことなんだ。
問題は、これを聡太にどう伝えるかだ。
数日間、悩んだ。聡太は、まだ音無さんのことを引きずっている。これは間違いなかった。そんなあいつに、この事実はあまりにも酷じゃないか。
でも、いつまでも隠しておくわけにもいかない。俺は腹を括って、聡太にLINEを送った。地元の夏祭りで撮った、友人たちとの集合写真を添付して。そこには、新しい彼氏の隣で、はにかむように笑う音無さんの姿が写っていた。
『よう聡太!元気か?これ見ろよ!』
我ながら、最低の送り方だったと思う。もう少し、何か言い方があっただろう。でも、どう伝えたって、あいつが傷つくことに変わりはない。
『琴葉、彼氏できたんだってさ。同じ高校のやつらしいぜ。お前も頑張れよ!』
追い打ちをかけるようなメッセージを送ってから、すぐに後悔した。聡太からの返信は、その日来なかった。
翌日の昼過ぎに、ポツンと一言だけ返ってきた。
『そうか。良かったな』
たったそれだけ。でも、その裏にあるあいつの悔しさや、悲しさが、痛いほど伝わってきた。俺は、本当に馬鹿なことをした。
その日から、聡太からの連絡はめっきりと減った。あいつは、意識的に音無さんのことを、そして東京のことを忘れようとしているようだった。俺は、何も言えなかった。俺が、あいつの心の蓋を、無理やり閉めさせてしまったのだから。
大学に進学する時、聡太は大阪の大学を選んだ。東京に戻ってくるかもしれないという俺の淡い期待は、見事に打ち砕かれた。あいつはもう、戻ってこないのかもしれない。あいつらの物語は、本当にこれで終わりなのかもしれない。
俺の中に、八年前の後悔と、四年前の後悔が、澱のように溜まっていくのを感じていた。このままじゃダメだ。このまま、あいつらを終わらせていいはずがない。
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