番外編②:おせっかいなキューピット

分かりやす過ぎるヒーロー

大学三年の夏。生ぬるい風が吹くファミレスの窓際で、俺、田中陽翔は中学時代の卒業アルバムを広げていた。目の前には、同じく暇を持て余した悪友たちが数人。議題は一つ、「中学の同窓会、そろそろやんね?」だ。

「幹事、田中な」

「おう、任せろ」

 二つ返事で引き受けたのは、別に俺がまとめ役に向いているからじゃない。ただ、この同窓会には絶対に成功させなければならない裏ミッションがあったからだ。俺は、あるページで指を止めた。クラスの集合写真。そこに写る、懐かしい二人の顔。

 一人は、親友の木崎聡太。

 もう一人は、その聡太が人生のすべてを懸けていたと言っても過言じゃない、音無琴葉。

 こいつらの物語は、八年前に一度あまりにもあっけなく終わった。いや、終わらされた、と言うべきか。大人の都合っていう、子供にはどうすることもできない理不尽な力によって。

 それから八年。あいつらは、遠く離れた場所で、別々の時間を生きてきた。でも、俺は知っている。あいつらの心の奥底では、今も互いの名前がくすぶり続けているってことを。

 なら、俺たち友達がやるべきことは一つだろう。

 そのくすぶる火に、おせっかいという名のガソリンを、盛大にぶちまけてやることだ。

「よっしゃ、やるか」

 俺はニヤリと笑い、スマートフォンを手に取った。壮大なる「プロジェクト・再会」の幕開けだった。すべては、あの青くて、少しだけ痛かった中学時代から始まっていたのだ。

.

 俺と木崎聡太が親友になったのは、中学に入ってすぐのことだった。きっかけは、くだらない少年漫画の話。好きな必殺技が同じだった、ただそれだけ。単純なやつだった、昔からあいつは。そしてその単純さは、恋愛において遺憾なく発揮されることになる。

 事件が起きたのは、入学して最初のホームルーム。緊張と期待が入り混じった教室で、俺の隣に座っていた聡太が、突然、ピシリと固まった。その視線は、まるで強力な磁石に引き寄せられた砂鉄のように、窓際の席に座る一人の女子に釘付けになっていた。


 音無琴葉


 艶やかな黒髪をポニーテールにした、物静かで綺麗なやつ。正直、クラスの男子の半分くらいは目で追っていたと思う。だが、聡太のそれは、もはや「目で追う」なんて生易しいレベルじゃなかった。「ロックオン」だ。完全に。

「……おい、田中」

「なんだよ」

「俺、決めた」

「何をだよ」

「あの子だ。俺の人生は、あの子を中心に回る」

 真顔でそう言い切った親友の横顔を見て、俺は思ったね。こいつ、アホだと。そして、最高に面白いことになりそうだと。

 その日から、聡太の分かりやすすぎるアタックが始まった。朝、通学路のコンビニで待ち伏せ。移動教室では光の速さで音無さんの隣の席をキープ。体育でペアを組むとなれば、他の男子が声をかける隙すら与えない。その猪突猛進っぷりは、俺たち友人グループの間で「木崎ミサイル」と呼ばれていた。

「お前、分かりやすすぎて逆に清々しいわ」

「あれで気づかなかったら、音無さん相当鈍いぞ」

 俺たちがそう茶化すたびに、聡太は「うるせえ!俺は本気なんだよ!」と顔を真っ赤にして怒る。その姿が、面白くて、そして少しだけ羨ましかった。

 俺は、聡太の背中を押すのが好きだった。

「聡太、今日こそ連絡先聞けよ!」

「移動教室、グッジョブ!」

 俺たちの野次や応援が、臆病なミサイルの燃料になっているのが分かっていたからだ。そして、入学から一ヶ月。ついに、そのミサイルはターゲットに命中した。

 放課後の教室で聡太が音無さんに告白するのを、俺は友人たちとこっそり廊下から覗き見ていた。夕陽に照らされた二人のシルエット。何を話しているかまでは聞こえなかったが、音無さんが小さく頷いたのが見えた。その瞬間、聡太が見せたガッツポーズはオリンピックで金メダルを取った選手よりも輝いて見えた。


 付き合い始めた二人は、絵に描いたように幸せそうだった。廊下ですれ違うたびに、俺たちが「お、聡太!デートかよ!」と冷やかすと二人して顔を真っ赤にする。その初々しさが見ていてなんだかむず痒くて、でも最高に微笑ましかった。

 聡太は、音無さんの前だといつものお調子者の顔とは違う、少し緊張した優しい顔になった。音無さんも、普段の物静かな雰囲気とは違い、聡太のくだらない冗談に声を殺して笑っていた。あの時、目が三日月みたいになるのがめちゃくちゃ可愛かった。

 夏祭り、花火大会。二人が共有する「初めて」を、俺たちは少し離れた場所からニヤニヤしながら見守っていた。このまま、こいつらの幸せな時間がずっと続けばいい。誰もが、本気でそう思っていた。

 だが、永遠なんてものは少年漫画の中にしか存在しなかった。

 夏の終わり。聡太から「親の都合で、大阪に引っ越すことになった」と聞かされた時、俺はかけるべき言葉が見つからなかった。

「……音無さんには、言ったのか?」

「……まだだ」

 力なく答える聡太の顔は、今まで見たことがないくらい青ざめていた。

 数日後、二人が公園のブランコで話しているのを俺は偶然通りかかって見てしまった。遠くからでも分かった。音無さんが泣いていること。そして、聡太が、その涙を拭ってやることすらできずに、ただ拳を握りしめていること。

 結局、二人は別れることを選んだ。それが「お互いのため」だと、聡太は自分に言い聞かせるように言っていた。馬鹿野郎、と思った。お互いのためになる別れなんて、この世にあるわけないだろう。

 でも、俺には何も言えなかった。中学生の俺たちには、東京と大阪という距離はあまりにも絶望的に思えた。何もできない自分の無力さが、ただただ悔しかった。

 聡太が東京を去る日。俺は駅まで見送りに行った。最後まで強がってヘラヘラしていた聡太が、新幹線のドアが閉まる直前に一瞬だけ泣きそうな顔をしたのを俺は見逃さなかった。

 走り去っていく新幹線を見ながら、俺は誓った。いつか、俺がこいつらの物語の続きを作ってやる、と。それは、ただのおせっかいで、自己満足なのかもしれない。それでも、親友のあの泣きそうな顔を、俺は忘れることができなかったのだ。

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