第35話 うちのアンドロイドはずっとうるさい
あれから約一年が経った。タケシの日常は、アイリがいた頃とは違う形での賑やかさを取り戻していた。ニュースでは、新世代型アンドロイドが、次々と社会に出回り始めたと報じられている。彼らが人々の生活を便利にし、笑顔を増やすたびに、タケシは誇らしい気持ちでアイリのことを思い出す。
「お前が作ったアンドロイド、大活躍してるぜ、アイリ」
タケシは、テレビ画面に向かって独りごちた。アイリが、あの宇宙的哲学とやらを語り始めた頃、彼女は感情を完全に理解できていなかった。だが、タケシと過ごした日々で、彼女は感情という名の予測不能なデータを手に入れた。
そしてそのデータが、今、たくさんの人の生活を豊かにしている。それはまるで、アイリがたくさんの人の心を温めているようで、タケシはとても嬉しかった。
「……僕も、頑張らないとな」
タケシは、自分に言い聞かせるように呟いた。仕事は順調で、以前よりもずっと前向きに物事に取り組めるようになっていた。それは、アイリが残してくれた、かけがえのないデータのおかげだと、タケシは知っていた。
朝、目が覚めるとタケシはまず、キッチンに向かう。朝食を準備しようとすると、足元に四つの小さな命が、一斉にまとわりついてきた。
「にゃー!にゃー!」と賑やかな鳴き声が、タケシの足元から響く。
「お前たちも、腹減ったか」
タケシは、以前アイリと散歩のときに見つけた、コスモスと仲がよさそうな野良猫を引き取った。が、いつの間にか子作りしていたらしい。ある朝、黒い塊が増えていたことには驚きを隠せなかった。コスモスと、その家族となった猫たち。毎朝、四匹の猫たちが一斉に「にゃー」と鳴く。その賑やかさが、タケシの心を温かくしてくれた。
猫たちに餌をやり、タケシは散歩に出かけた。春の陽射しは温かく、吹く風は心地よい。道端の草花が、鮮やかな色を添えている。タケシはふと、アイリのことを思い出した。
アイリのことは、たまにユウキから近況を聞かせてもらっていた。社内の守秘義務に関する部分もあるので、「元気に過ごしている」としか教えてもらえなかったが、その言葉を聞くたびに、タケシは少しだけ安堵した。
(元気にやってるか?相変わらずやかましく宇宙的哲学を語ってるのか?もし今、アイリがここにいたら、この景色を見て何て言うだろうな)
「タケシさん。この景色は、地球における春季の色彩データと、人間の幸福度データを照合した結果、最高の癒し効果を示すことが判明しました!」
などと、得意げに語るに違いない。タケシは、心の中でアイリのセリフを想像し、思わずクスッと笑ってしまった。もし再会できたら、二人でどんな話をしようか。どんな風に、やかましく過ごそうか。
仕事帰りのある日、タケシの家に小さな荷物が届いた。送り主は不明。中を開けると、そこには精巧なアンドロイドのパーツ、手の指が一本だけ入っていた。タケシは首を傾げたが、すぐにそのことを忘れてしまった。
だがそれから、奇妙な出来事が続いた。翌日には別の指が、そのまた翌日には手のひらが届いた。やがて腕や足といった、より大きなパーツが、日を置いて何度も届くようになった。
「なんだ、これ……」
届いた荷物を前に呆然としていた。指、手のひら、腕、足……。まるで、アンドロイドを組み立てろと、言わんばかりの様相を呈している。だが、なぜ自分の家にこんな意味不明なパーツが送られてくるのか。タケシは送り主の欄を確認するが、そこには何も書かれていない。
夜になると、タケシは部屋の隅に置かれたパーツを、不安な目で見ていた。バラバラの遺体があるようで落ち着かない。
「何かの冗談だよな」
タケシは、自分に言い聞かせた。この不気味な荷物の山が、何を意味するのか。タケシの頭の中は、疑問と混乱でいっぱいになった。
そして、今日。いつもより大きめの荷物が玄関先に置かれていた。これまでで一番大きな、まるで人間の上半身が入っているかのようなサイズだ。タケシの心臓が、ドクンと大きく鳴った。恐怖と期待が、ごちゃ混ぜになって、彼の胸を締め付ける。
「まさか…」
荷物の前で立ち止まった。もし、この中にアイリが入っていたら?いや、そんなはずはない。ユウキは、「元気に過ごしている」と言っていた。バラバラになって送られてくるなんて、ありえない。そう自分に言い聞かせながらも、タケシの手は震えながら箱に伸びていた。
箱の隙間からか細い声にならない声が聞こえ始めとき、タケシは位を決し、思いきって箱を開けた。
「ばぁ!!」
箱の中には、アイリの胴体が入っていた。紺のワンピースを着ているが、手足はついておらず、まるで芋虫のようだった。
「ア、アイリ!?」
タケシが驚きの声を上げると、アイリは少し照れくさそうに微笑んだ。
「はい。お久しぶりです。タケシさんを驚かせようと思って、サプライズを計画しました。普通に面と向かって会うのは、少し恥ずかしかったので」
タケシは、呆然とした。そして、次第に、こみ上げてくる感情を抑えられなくなった。
「バカ野郎……!元気にやってたか!」
タケシはアイリの胴体をそっと抱きしめた。冷たいはずのボディが、不思議なほど温かく感じられた。
──だが、その感動は、一瞬で吹き飛んだ。
「ところで、誰がお前を組み立てるんだ?」
タケシがアイリの胴体を抱えたまま、部屋に散らばったパーツの山を見て、呆然と呟いた。アイリは、きょとんとした表情でタケシを見つめた。
「タケシさん、あなたに決まっているじゃないですか」
その言葉に、タケシはガクリと膝をついた。
「僕、不器用なんだぞ!キャンプのとき見てたろ?」
アイリは、くすりと笑った。
「タケシさんの感情データと、私の組み立てデータが融合すれば、完璧なパフォーマンスが期待できます」
アイリはそう言って、タケシを困らせるように、嬉しそうに微笑んだ。
パーツを組み立てながら、アイリはタケシに語り始めた。タケシと過ごした日々で得た感情データを活用して、新世代型アンドロイドの開発に貢献したこと。そして、彼女自身のシステムも、より高度な感情学習を可能にするためにアップデートされたことを。
「当初はラボに籠りっぱなしで、アンドロイドのデータ解析に明け暮れていました」
アイリは、少し寂しそうな表情を浮かべた。
「ですが、ラボの研究員のみなさんが『感情が芽生えたアンドロイド、それも少女を、狭いラボに閉じ込めておくのはどういう了見なのか!?あぁん!?』と、倫理的な側面から会社に抗議してくれたのです」
いつも通信機越しで聞いてたあのテンションでまくし立てたんだろうなぁ、とタケシは妙に納得してしまった。
「感情が芽生えているアンドロイドを社会に発表するには政治的な配慮や科学的見地での再検証その他諸々、出すにはまだ時間がかかるそうです。」
「当面の間は研究員の家か、あるいは元のテスター……つまり、タケシさんのところに戻すのが最善だと判断しました」
タケシは、アイリの言葉に胸が熱くなった。
「要するに、私のデータ収集という宇宙旅行は、一旦これで終わりのようです」
アイリがそう告げるとタケシは、少し寂しそうな顔をした。
「そっか」
するとアイリは、タケシの胸に顔を埋めるようにして、静かに言った。
「ですが、まだ未達のタスクがあるのです。あの時、二人で約束したこと、忘れてませんよね?ですから──」
タケシは、アイリの言葉の続きを知っていた。
顔を上げたアイリは、タケシの瞳をじっと見つめた。そしてあの時と同じ、かすかに震える声で、しかし、はっきりと、タケシの心に響く言葉を返した。
「……ずっとずっと、あなたの横で、うるさく、ですよ」
その言葉にタケシは、何も言えなかった。ただ、溢れ出る涙を止めることができなかった。
タケシは、アイリを抱えたまま、床に散らばったパーツの山を見つめた。どう組み立てるべきか、頭の中でシミュレーションを始める。まずは指先の細々としたパーツから形にして……
「ちょっと待ってください、タケシさん!今、私が何を考えているか、分かりますか?」
アイリがタケシの腕の中で、赤面しながら言った。
「なに?分かるわけないだろ?」
「あの……スカートをめくるのは、さすがに恥ずかしいです」
アイリの言葉に固まってしまった。確かに腰の部分を組み立てるには、スカートを少し持ち上げる必要がある。
「今、えっちなことを考えましたね?」
「ば、バカ!何も考えてねぇよ!」
タケシは慌てて否定したが、アイリは、さらに顔を赤くして、小さな声で続けた。
「私の感情データによると、タケシさんの心拍数は、現在、平常時の3倍に達しています」
「顔真っ赤にするぐらいなら五体満足できてくれよ……」
窓の外では、春風が優しく吹き、コスモスと猫たちが楽しそうに遊んでいる。二人のやかましい日々はここで終わりではない。
今日からまた、新しい日々が始まるのだ。
そしてその日々は、きっと、以前よりもずっと、やかましく、温かいものになるだろう。
だって、うちのアンドロイドは、いつもうるさいんだから。
うちのアンドロイドは今日もうるさい K @KT-04
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