第五話:お友だちから、よろしく





「最高に、面白かったです」

わたしの言葉に、湊さんは顔を上げ、心底ほっとしたように、また、くしゃっと笑った。

その笑顔に、わたしの恋は、もう完全に、手遅れなほど加速してしまった。


「ありがとう…!」

安堵した彼は、少し照れながら、でも真剣な目でわたしを見つめた。

「あの、もし良かったら、今日のお礼に、今度なにかご飯でも…」


彼が、デートのお誘いとも取れる言葉を言いかけた、その時だった。

わたしは、心臓が飛び出しそうになるのをぐっとこらえ、意を決して一歩前に出た。そして、彼から渡されたままのハリセンを、マイクみたいに自分の口元に構えた。


「その前に!」

「え?」

きょとんとする彼に、わたしは、今持てる精一杯の勇気と、少しのイタズलाना心を込めて、宣言した。


「まずは、『お友だち』から! よろしくお願いします!」


シン―――。

またしても、一瞬の静寂。

わたしの突然の提案に、湊さんは目をぱちくりさせている。隣で友人が「あんた、男前か!」と小声で叫んでいるのが聞こえる。


やがて、わたしの言葉の意味を理解した湊さんの顔が、ぱあっと明るく輝いた。

それは、カフェでのスマートな笑顔でも、舞台でのコミカルな笑顔でも、さっきの照れ笑いでもない。

本当に、心の底から嬉しい、という感情が溢れ出たような、最高に素敵な笑顔だった。


「……うん!」


彼は力強く頷くと、わたしの前に右手をすっと差し出した。

わたしも、その大きな手を、しっかりと握り返す。


ハリセンを間に挟んだ、奇妙で、でも、忘れられない友情の握手。

俳優の卵と、最初の観客は、こうして正式に「友だち」になった。


「じゃあ、友だちとして、改めてご飯に誘ってもいいかな?」

「はい!喜んで!」


もう、彼が手練れだなんて疑念はない。

ただ、彼の夢を一番近くで応援したい。そして、彼のことを、もっともっと知りたい。


帰り道、友人に「あんた、やるじゃん!」と何度も背中を叩かれた。

夜空を見上げると、星がキラキラと輝いている。


カフェでの衝撃的な出会いから始まった、このおかしな物語。

恋のチケットは、いつの間にか、彼の隣で新しい物語を見るための「友達」という名の指定席券に変わっていた。


これから、どんなコントみたいな毎日が待っているんだろう。

期待と少しの笑いを胸に、わたしたちの第一章は、最高の形で幕を下ろした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

『だから、お友だちから始めます!』 志乃原七海 @09093495732p

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る