奥平市給水塔UFO事件
赤とんぼ
奥平市給水塔UFO事件
あの日のことを、今もはっきり思い出せない。
私は東京都下のビル管理会社で給水設備の点検員をしている。あのときは38歳、いつものように社用バンで都内から八王子方面へ向かっていた。定期巡回のルートで、もう何百回も走っている道だ。
午前4時半ごろ、奥平市の工業団地の外れに差し掛かった。南口駅からだと400メートルほどの距離だろう。まだ空気は冷たく、靴底から夜露が伝わる。ふと前方の給水塔の上空に、銀色の楕円形の物体が浮かんでいるのが見えた。光も音もなく、ただゆっくりと降下していく。
その先の記憶が途切れ、気がつくと私は給水塔の真下に車を停めていた。時計は20分ほど進んでいる。ハンドルを握ったまま、指先がじっとり汗ばんでいた。
少しずつ思い出す。車は吸い寄せられるように塔の下まで進み、地面に降り立った楕円体から、青白い肌で目が横長に裂けた背の低い女のような存在が降りてきた。肩幅がやけに狭く、銀色のつなぎ服のようなものを着ている。ファスナーも縫い目も見えなかった。
そいつは低い、機械のような声で片言の日本語を話した。
「心臓の稼働が悪い。あたらしいポンプと交換してほしい」
私は思わず尋ねた。
「自分で交換できないのか? どこにそんなポンプがある?」
首をわずかにかしげたあと、そいつは答えた。
「自分ではできない決まりだ。新しいものは、お前が知っているポンプだ」
足元には、「Y」の文字が刻まれた金属製の機械が置かれていた。冷たく、手に持つと一拍遅れて冷えが骨まで染みる。なぜかためらいもなくそれを受け取り、私は塔の内部へ入った。巨大な排水処理設備の横に常備されていた小型の上水用ポンプを手に取ると、その存在の前に戻った。
そいつの胸部が静かに開いていた。中には液体の通るY字の管があり、血ではない無色の冷たいものが満ちていた。私は指示された通りに古いポンプを外し、新しいものに取り替えた。作業中、呼吸のような音が胸腔の奥で一定のリズムを刻んでいたのを覚えている。
交換が終わると、そいつは小さく頷き、楕円体の中へ消えた。
私は社用バンに乗り込み、何事もなかったかのように巡回を続けた――はずだった。
家に戻ってノートを開くと、日付のない走り書きが残っていた。私の字だが、覚えがない。
場所:奥平駅南口から約420m、給水塔基礎付近、金属臭が強い。
身長:およそ150cm、肩幅せまい。
肌:白く光沢あり、指が長く関節が三つ以上。
服:銀色の一体型、防護服に似る。
声:低く機械的、抑揚なし。日本語は片言。
Y字の管 → 血でない液体 → 見たことのあるポンプ → 32K → 黒い服の陸上自衛隊の人?
奥平市給水塔UFO事件 赤とんぼ @ShiromuraEmi
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