ペンケースは置きましょう

 全身の血が、沸騰ふっとうするかと思った。


「わたし、見てました! 由衣ちゃんの作っているのを、あの子が、いきなり、『見せろ』って、命令してた。 由衣ちゃんはいやがったのに、勝手に作品を取りあげようとしてました!」

 わたしは証言した。


「うそだ! 『いやだ』って、言われてない! その子、うそをついてる」

 5年生が叫んだ。


「わたしは、由衣ちゃんが『いやがってる』って、言ったの」

 わたしは、5年生をにらみつけながら言った。


「『いやだ』って言ってないんだから、ぼくは、『いい』って意味だと思ったんだ!」

「そうよねぇ。誤解があったのね」

 母親があいづちを打つ。


「由衣ちゃんは、見せたくないから、作品を体でおおって守りました。それを、むりやり、手首をにぎって、ひっぱってました」

 わたしはかまわず続けた。

「してない! 軽くちょんちょんてつついたけど、ぼくは引っぱってないよ、ママ」


 先生が、すたすたと由衣ちゃんと5年生のいるほうに向かった。

「由衣さん、ちょっと左腕をさわるよ」

 白ヤギ先生が、声をかけた。

 由衣ちゃんは、まだ、作業台におおいかぶさったままだった。

 由衣ちゃんが、ちらっと顔を上げて、先生にうなずき、左腕を差し出した。


「ああ、手首が真っ赤になっていますね。これは、れるかもしれないなぁ」

 淡々とした先生の診断に、5年生と、その母親がびくっとなった。


 母親がなにか言いかける前に、

「伝え忘れておりましたが、ここはもともと店舗てんぽですから、防犯カメラが設置されているのですよ。親御おやごさんからも、安心安全だとたいへんご好評です」

 白ヤギ先生は、おだやかに言った。


 せぎすの母親は、もっちり息子に、たかたかと駆け寄ったかと思うと、

「早くごめんなさいして!」

 と、ヒステリックに命じた。


「……あとでそっちも謝ってくれるなら」

 もっちりが渋々しぶしぶ言った。

「早く!」

 母親は金切かなきり声を上げた。

「ごめんねー。はい、今度はそっちが謝る番だから」

 5年生が言った。


「入会のほうは、検討して、またご連絡いたしますね。それでは、失礼いたします」

 母親は、息子を無視して、一方的に白ヤギ先生にあいさつすると、

「ほら、行くわよ! がまんして付いてきたら、ごほうびを買う約束だったでしょう!」


「え、まじ? オッケー。ママ、さっさと行こうよ」

 5年生は、けろりとして、すなおに母親の後をついて行った。


 2人がばたばたとアトリエを出ていったあと、

「由衣さん、怖かったでしょう。奥で休みますか?」

 白ヤギ先生が由衣ちゃんに話しかけた。


 固唾かたずをのんで見守っていたアトリエの中の生徒たちが、わっと由衣ちゃんと先生のもとに駆け寄って、取り囲んだ。


 由衣ちゃんは、少し考えてから、細い首を横に振った。

「先生、わたしの手、赤くなってないです」

 由衣ちゃんが言うと、

「それは良かったですね」

 白ヤギ先生は、ほほえんだ。


「先生、嘘ついたんだー」

 低学年の子が言った。

「いやー、うっかり見間違えてしまいましたね」

 白ヤギ先生が頭をかく。


「先生、防犯カメラどこー!?」

「君たちみんなの目が防犯カメラですよ」

「意味わかんない。どこー、どこー」

「はいはい、みんな続きをしますよ。席にもどってくださいね」

 集まってきた子たちを、白ヤギ先生が散らす。


 由衣ちゃんを見ると、まだ体を起こさず、丸まっていた。歯を食いしばって、目をぎゅっと閉じていた。

  

 先生、見間違ってなんか、ないよ。

 由衣ちゃんは、痛がってるよ。

 見えないところがじんじん痛くて、赤く赤く腫れ上がっているんだ。


 先生が、まだぐずぐずとその場にとどまっているわたしに、小さな声で、

「早苗さん、あとで少しお話を聞かせてくれますか」

 と、たずねた。


 わたしは、

「はい」

 と、うなずいた。


「それでは、早苗さんも席に戻って、その右手に持っているペンケースを、きちんと、机に置きましょう」

 白ヤギ先生が言った。


 先生が、あの5年生を止める寸前、わたしはとっさにペンケースをつかんで立ち上がっていた。あいつに投げつけてやろうと思ったのだ。


 わたしは、見透みすかされたのが恥ずかしくなって、席に帰ろうとした。

 

「早苗ちゃん」

 由衣ちゃんが、ゆらりと上体を起こした。

「ありがとう」

 

 由衣ちゃんは、伏せ目がちに、でも、ちゃんとわたしに、そう言った。


 由衣ちゃんは、顔が白くて、ほっぺたがふっくらしている。

 くちびるは、ぷくっと赤い。

 ふたつに分けた髪の毛を、つまみ細工ざいくの花飾りがついたゴムでくくっていて、上体を起こすまで、細いうなじが見えていた。

 

 わたしはなんだか、どぎまぎしてしまって、台の上の由衣ちゃんの作品に目をやった。


「それ、まり?」

 由衣ちゃんが守ろうとしていたのは、ソフトボールより一回りくらい大きな球体だった。


 表面に、色とりどりの糸で幾何学模様きかがくもようえがかれている。

 いろんな色を使っているのに、ごちゃごちゃしていなくて、まとまりがあった。

 まだ途中だけど、完成したら、とても綺麗きれいだろうと思った。


手毬てまり

「できあがったら、見せてもらってもいい?」

 社交辞令でもなんでもなく、純粋に見てみたくなってたずねた。


「いいよ」

 由衣ちゃんが、顔を上げて。

 ふわりと笑った。

 由衣ちゃんの白いほおに、ほのかな赤みがさした。

 澄んだ、まあるい瞳には、わたしが映っていた。


 色あざやかに。

 あでやかに。

 幾何学模様は重力に溶けて、なないろの滝のように流れ落ち。


 ――トォン……ッ。


 わたしの内がわで、手鞠てまりねた。


 その日、はじめて、わたしは水島由衣という女の子を、みつけた。

 


                  〈終〉 


🌷続編のご紹介🎹


少女未満のわたしたち・2(『花びんの中のチューリップ』) https://kakuyomu.jp/works/16818792437907454704


少女未満のわたしたち・3(『フツウの子』)

https://kakuyomu.jp/works/16818792438168348319/episodes/16818792438168845010

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少女未満のわたしたち(『みつけた日』) ・みすみ・ @mi_haru

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