少女未満のわたしたち(『みつけた日』)

・みすみ・

みつけた日

女の子はめんどくさい

 女子って、めんどう。

 

 ある放課後、はじめていっしょに遊んだら、そのつぎの日には、

「あたしたちって、親友だもんねーっ」

 と、腕をからめてくる。


 遊ぶグループが違っていて、あまり話したことのない女子のことを、

「あの子、ママに友だちの家に上がっちゃダメって言われてるんだって。可哀想かわいそくない? ちょっと、わたし、ムリー」

 理解できない理由で笑う。


「昨日、ぐうぜん、〇〇ちゃんと会ったの。運命じゃん!」

 週末、家族で訪れたショッピングモールにあるサーティーワンで、クラスメイトに会ったら、運命を感じるらしい。


「わたし、××ちゃんと遊ばないって、言ったよね。なんで、早苗さなえちゃん、××ちゃんと遊んでるの? ありえないわ。もうゼッコーだわ」

 あんたが遊ばないと言ったからといって、なんで、わたしまで遊ばないことになっているのか。ありえないわ。


「早苗ちゃん、これ、誕生日プレゼント。わたしとだよ-。うれしい?」

 うれしい以外の答えがゆるされない、この圧はなに。


 ……しんどいなーと、思ってしまう。

 でも、ほかの女子はみんな、そんなこと、なんでもないふうに、やっていってるから。

 しょうがない。


 男子と遊ぼう!


 わたしは、しだいに男子とつるむようになった。


 夏はTシャツにキュロットスカート。

 冬はトレーナーに、下はスパッツを重ねて防寒対策。

 放課後に預けられる児童クラブでは、グランドで自由に外遊びができるから、運動しやすい服は、年寄り先生たちにもウケがいい。


 男子は、早苗ちゃんなんて呼ばない。

「おい、三木みき

 名字みょうじの呼び捨て。

 わたしも、男子を名字で呼び捨て。


 ドッジボールは、パスばかり回す女子コートはつまんないから、男子コートに混ざる。


 野球はカープファンだ。

 年に2、3回、父さんが連れて行ってくれるズムスタでの観戦が楽しみ。

 本当は近所の少年野球チームにも入りたかったけれど、父さんも母さんも働いていて忙しいから、野球のお世話をするのは難しいって言われた。


 その代わりに、2年生からスイミングスクールと、絵画工作教室に入れてもらえた。

 スイミングスクールは、送迎バスがある。

 絵画工作教室には、歩いて通える。


 泳ぐのは、気持ちいい。

 体を動かすのは得意なので、たぶん、スポーツだったら、なんでも好きになったと思う。

 泳ぐことは、好き。

 だから、泳ぐことが好きな子には、やっぱり負ける。

 それもしょうがないかなって、思える。


 絵を描くことも、わりと好き。

 だけど、いちばん好きになったのは、工作だ。

 

 作る前から、こういうふうにすればいい、とわかる。

 作っているうちに、どんどん、アイデアが浮かんでくる。

 手を動かしていると、時間を忘れる。


 夏休みの作品コンクールや、市の文化祭で、ポツポツ賞をもらえるようになった。

 商店街の文房具屋さんで、母さんが20枚収納できる「表彰状ホルダー」を買ってくれた。

 小学生の間に、これをいっぱいにすることが、わたしのいまの目標だ。


 絵画工作教室には、同じ小学校の子がちらほらいた。

 親に連れてこられて、すぐに飽きて辞めてしまう子もいたし、小学校に入る前から、何年も通っている子もいた。


 水島みずしま由衣ゆいちゃんも、長く通っている子のひとりだった。

 わたしは2年生のゴールデンウィーク明けから通い始めたけれど、由衣ちゃんは、幼稚園のときから通っている。


 由衣ちゃんは、お母さんの後ろから、そっと室内に入ってきて、先生に、

「こんにちは」

 と小さく言うと、すぐに自分の作品を取りに行って、続きを始める。


 由衣ちゃんのお母さんと先生は、少し話をする。

 お母さんは、由衣ちゃんに、

「またあとでね」

 と声をかけると、出て行く。

 由衣ちゃんは、声を出さず、小さく手を振って応える。


 アトリエ・レインボーと呼ばれるその教室は、商店街のはしにある空き店舗を安く借りて開かれていた。

 どこかの美大びだいを出ているという総白髪そうしらがの先生は、のんびりしていて、「これをやりなさい」と言わない人だった。

 あだなは白ヤギ先生。

 本名は、城谷しろやだった。


 その代わりに、質問しに行けば、

「こんなこともできる」

「あんなこともやれる」

 と、いろいろ教えてくれた。


 由衣ちゃんは、無口な子だったけど、白ヤギ先生とは話をしていた。


 由衣ちゃんという子の存在に、本当の意味で気づいたのは、わたしがアトリエ・レインボーに通うようになってから、2年くらいたってからのことだった。


 なにせ、由衣ちゃんはしゃべらない。

 おとなしく、おとなしく、アトリエのすみで何かを作っている。

 知らない間に来て、知らない間に帰ることも多い。


 もちろん、同じ小学校の同級生だということは、お互いにわかっていた。

 でも、学校では遊ぶどころか、話もしなかった。無視しているわけでなくて、グループがちがうだけ。


 別の町内に住んでいて、1学年6クラスある小学校の、1度も同じクラスになったことのない同級生なんて、そんなものじゃないかな。


 アトリエでも、今日はいるな、くらいで、親しくなることはなかった。


 そして、現在。

 小学4年生――。

 

 それは、夏休みに入ってすぐのことだった。


 おためし体験で、ちがう小学校の5年生がアトリエにやってきた。

 有名なシリツ小学校に通っているというこの5年生を連れてきたお母さんは、ちょっと神経質そうなほっそりした人だった。


 5年生のほうは、見るからに、やばい雰囲気を出していた。


「うちの子、悪い子じゃないんですけど、少しやんちゃなんです。それで、美術でジョーソー教育をはかろうと思いまして~」

 とかなんとか、お母さんは聞かれもしないのに、甲高かんだかい声で説明していた。

 聞きたくもなかったけれど、妙にはきはきしていたので、アトリエ中に声がひびいた。


 少しやんちゃな5年生は、夏休みだというのに、学校の制服を、窮屈きゅうくつそうに着てきていた。

 ふてくされた態度だったのもあるけど、規格外にもっちりしていたというのもある。


 5年生は、お母さんが愛想良く先生と話をしている途中で、許可もなくアトリエ内をうろつきはじめた。


 わたしは、男子とつるむことが多いせいか、男子に対して、

(こいつ、やばいな)

 という勘が、きくほうだと思う。


 作品に取り組むふりをして、視線は向けなかったけれど、わたしの全身は、ぴりぴりと緊張していた。

 さいわい、5年生は、わたしの後ろを素通りした。


 アトリエの中に、作業台はいくつかあって、わたしたち生徒は、好きな場所で、好きな作品を作る。毎回ちがう場所で作る子もいるけれど、だいたい、定位置というのが決まっている。


 5年生は、アトリエのいちばん奥で立ち止まった。

 そこは、由衣ちゃんの、定位置だった。


「ちょっと見せろよ」

 と、5年生は言った。

 命令形だった。

 

 由衣ちゃんの声は聞こえなかった。

 わたしは、そっと由衣ちゃんたちのいるほうを盗み見た。


「見せろって」

 由衣ちゃんの横に立って、由衣ちゃんの体重の2倍はありそうな、もっちり5年生はまた命令する。


 由衣ちゃんは、だまって、うつむいている。

「は? 無視? 見るだけだって言ってるだろ。貸せよっ」


 5年生は、由衣ちゃんの前にあった、制作途中の彼女の作品に、手を伸ばそうとした。

 由衣ちゃんが、がっしりとした木の作業台に覆いかぶさった。

 たまごを抱える親鳥みたいに、上半身で、作品をガードした。


 何があっても渡すもんかと、その小さな背中が叫んでた。


 そうだよ。

 わたしたちは、真剣なんだ。

 たとえ、それが、家に持ち帰ったところで、知らない間に処分されるものだったとしても。


 スマホで写真だけ撮って、

「思い出は保存したから」

 と、カタチばかりの納得をさせられるものだったとしても。


 それでも、何かを作っている、この瞬間のわたしたちにとって自分の作品は、

「はい、どうぞ、好きにしていいよ」

 と、カンタンに差し出せるほど、軽いものじゃない。


 5年生は苛立って、由衣ちゃんの腕に手をかけて、ひねった。

「やめなさい」

 凜とした白ヤギ先生の声が通るのと、わたしが立ち上がるのが、ほぼ同時だった。


「ぼくが見せてって頼んだのに、この子が、見せてくれないから!」

 5年生は、ぱっと由衣ちゃんの手を離し、聞かれもしないのに(お母さんにそっくりだなとわたしは思った)、すぐさま大声で言い訳をした。


 5年生は、由衣ちゃんを、先生とお母さんから見えないように背中に隠し、こちらに向いている。

「話しかけても無視されて、いやな気持ちになった!」


 すらすらとよくも言えるもんだな、と、わたしは内心あきれ、腹が立った。


 ところが、

「そうなの、無視されて、いやな気持ちになっちゃったのね。その気持ちわかるわ」

 息子の主張に対するお母さんのことばに、わたしは、あ然とした。


「じゃあ、お互い、ごめんなさいをしましょうね」


 ナニ言ってんだ、このオバサン。



――――――――――――――――――――

【脚注】ズムスタ


MAZDA Zoom-Zoomスタジアム広島の略称

正式名称は、広島市民球場

広島東洋カープが本拠地として使用している

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