少女未満のわたしたち・3(『フツウの子』)

・みすみ・

ひいきじゃない?

 由衣ちゃんへのいじわるが、いつ、どこで始まったのか、わたしは知らない。


 由衣ちゃんが女子の間で浮いているのに気づいたのは、10月末にある学習発表会のための、体育館での合同練習中だった。


 5年生全員、体育館に集まって、楽器の練習をするのだ。


 由衣ちゃんは、鉄琴担当だ。

 鉄琴と木琴は、パート練習ではいっしょに行動する。

 由衣ちゃんは、そこに混ぜてもらえていなかった。


 わたしは、その他大勢のソプラノリコーダー担当で、最悪の場合、変な音を出すよりはエア(吹いているふり)でいった方が良いというお気らく部隊だった。


 パート練習の話し合いの時間に、輪から一歩離れて、うつむいている由衣ちゃんに気づいたのも、わたしがお気らく部隊所属でひまだったからだろう。


「ねえ、鉄琴、木琴って、仲が悪いの?」

 と、わたしは、同じクラスで、ソプラノリコーダー担当の壱花いちかちゃんに、こっそりと尋ねた。


「ミッキー、知らないの? まあ、ミッキーだしね」

 苦笑いしながら、壱花ちゃんは教えてくれた。


 鉄琴、木琴は、希望者が多かったため、オーディションがあったのだそうだ。

 先生の前で、ひとりずつ演奏する。

 それを見て、先生が決める。


 鉄琴、木琴のオーディション担当は、わたしたち3組の茂木原もぎはら先生だった。

 そこで、由衣ちゃんが鉄琴のひとりに選ばれた。


「また、水島由衣がひいきされてる、ってなっちゃったんだよね」

?」

「えー、ミッキー、そこからかあ」


 由衣ちゃんが、茂木原先生にひいきされている、と言われ始めたのは、9月、運動会の準備に入った頃かららしい。


「入退場門の花かざり作りでさ、水島さん、ひとりですっごいたくさん作ったの。先生に頼まれて」

「……うん?」


 5年生のみんな、ひとり1個ずつ作らされた、あの紅と白と黄色の紙の花のことだろうか。

 この3色は、組分けの色である。


 今年は、たしか、「実りの秋」がテーマで、「つやぴか☆赤いリンゴ組」、「ジューシー果汁! 白いナシ組」、「さわやかすっぱい♡黄色いレモン組」の3組だった。


「ね、ずるいじゃん!」

 壱花ちゃんが、鼻息あらく言った。

「なにが?」


「だーかーらー、ひとりでいっぱい作って、点数かせぎしてさ」

「由衣ちゃんが、たくさん作らせてくださいって、先生に頼んだの?」

「違うって。茂木原先生に、休んでた子の分も作ってって頼まれたんだよ」


 わたしは、アタマが悪いのだろうか。

 さっぱり意味がわからない。

「えーと、茂木原先生が頼んで、由衣ちゃんが作ったんだよね」


「そう。おかしくない? ふつうさ、聞くでしょ、みんなに。手伝ってくれる人いるー? って」

「そうかも……?」


 わたしが、おぼつかなくうなずくと、壱花ちゃんは、勢いこんで話してくれた。

「それが、いきなり、水原さん、作ってくれる? って、指名してさ。ひいきじゃない?」


「みんな、そんなにお花を作りたかったんだ〜」

 そうと気づかなかったとは。

 やはり、わたしは、アタマが悪かった。

 わたしは反省した。


「そんなわけないじゃん。もう、ほんっと、ミッキーてさぁ」

 はああ、っと、大げさにため息をつかれて、わたしは、困惑する。


「あのさあ、そこで、水原さんは、ヤダって、断るべきだったってこと。それか、他の子も誘うべきだったってこと。あの子、ひとりで、サササッと作ったんだよね」

 それは、サササッだっただろうな、とわたしは思う。


 由衣ちゃんは、手先がとても器用だから。

 センスがあるから。

 あっという間に、形も整った、綺麗な花々が積み上がったに違いない。


 その現場を目撃できなくて残念だった。

 その時間、たしかわたしは、男子で手先が不器用な子たちに、まとめて花の作り方を教えてあげていたのだ。

 忙しくしていて、周りが見えていなかった。


「由衣ちゃんは、工作が得意なんだよ」

 わたしは説明した。

「まあね〜。みんな知ってるから、そのときは、それほど騒がなかったんだけど、でも、感じ悪かった」


 わたしは、どう反応していいか、わからなくなってしまった。

 壱花ちゃんの言う「感じが悪い」は、茂木原先生のやり方に対するものなのか、由衣ちゃんの行動に対するものなのか。


 ひいきというほどではないけれど、茂木原先生は、由衣ちゃんによくかまう、というのは、実はわたしも思っていた。


 でも、そんなの、成績のいい笠道かさみちくんにだって、学級委員の伊織いおりちゃんにだって、人気者の阿久里あぐり信太しんたにだって、茂木原先生は、よくかまっているように見える。


 わたしは、笠道くんや、伊織ちゃんの名前を出して、壱花ちゃんに反論してみた。

 わたしたちは、体育館の壁にふたり並んで背中をあずけてしゃべっていた。


 壱花ちゃんは、首から紐でつり下げたソプラノリコーダーの運指を確認するふりをしながら、

「あの子たちは、もとからデキる子たちじゃん」

 と、言った。

 だから、いいんだよ、と。

 そして、続けた。


「水島さんは、チガウでしょ? 図工や家庭科はすごいけど、ほかはフツウだもん」

 わたしは、ぽかんとなった。

「フツウ……」


「ピアノを習っているわけでもないし、音楽はフツウ。工藤舞くどうまいは、ずっと前から、1組の親友の子と、学習発表会で、一緒にやろうね、って、約束してたんだって。でも、水島由衣のせいで落ちたから、受かった親友の子も怒っちゃって、ゼッタイ許さないって言ってるみたいよ」


 わたしは、壁にあずけた背中をずるずると落とし、床に座りこんだ。

(出たよ。意味不明……)


 壱花ちゃんは、そんなわたしを見下ろして、

「ミッキーって、水島さんと仲良かったっけ?」

 と聞いた。

「べつに」

 わたしは、首をかしげた。


「だよね。ミッキーは、信太しんたくんたちと仲良いから。――でも、それもさ、気をつけたほうがいいよ。ミッキーが信太くんと仲良すぎるって、言ってる子もいるから」

 じっとこちらを観察するような目で見られて、わたしは、鳥肌が立った。


気持ち悪いキモいんだけど。こっちは、フツウに遊んでるだけだし!」

「だよねーっ」

 壱花ちゃんが、ぱっと表情をかえて、高い声を出した。


「ごめん、ごめん。そう言ってる子がいるって、聞いただけ。あ、集合かかった。行こ、ミッキー」


 壱花ちゃんが、手を挙げている2組の先生のところに向かってさっさと歩き出した。

 わたしは、のそのそと立ち上がった。


(ああ、女子トークは苦手だなぁ)

 何度こうやって、分かり合えないことを再確認しなければならないんだろう。

 

 自分はほかの女の子とチガウということに傷ついて、きっとだれかのことも知らない間に傷つけて。

 イラついて、イラ立たせて。

 いっそ、男の子に生まれたかった。


 壱花ちゃんの話を聞いても、まるでスッキリしなかった。

 壱花ちゃんの言うことが丸呑みできなくて、胸が半分ふさがれているみたい。


(由衣ちゃんがフツウの子?)


 そんなわけない。

 由衣ちゃんは、カワイイ。


 茂木原先生にひいきされているというなら、理由は、それだ。

 由衣ちゃんは悪くない。


(茂木原先生、キライだ)

(工藤舞ちゃんも、その親友も)

 わたしはむすっとして、歩きはじめた。


 みんなまとめて、タンスの角に、足の小指をぶつけちゃえばいい。


「三木、ブス顔〜」

 先に集合場所に来ていたお調子者の西山が、わたしの顔を見たとたん、からかってきたので、グーパンチを入れたら、けんかになった。


 阿久里があいだに入って止めようとしてくれたけれど、間に合わず、わたしたちふたりは、体育館の隅に引きずられるように連れていかれて、お説教された。

 








 



















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