Ⅳ-19.エピローグ

 私はマルトンと一緒に、採石場の教会で暮らしていた。


 手始めに私はマルトンと協力して、44HPによって四肢を失った人々のカウンセリングに回った。


 既に炎化していた採掘者たちには私たちと同じように魂だけの姿――耀変体になるか、魂石に戻るかを訊ねて回った。


 まだ炎化していない44HP参加者には、元の身体に戻るか、そのままでいるかを訊ねた。テネスは脚がないまま、ジンは視力がないままでいいと答え、ソーイは腕を元に戻してほしいと言った。


 44HPは今後、永久に凍結とし、参加者へのケアを続けることをマルトンに誓わせた。


 耀変体になってから気付いたことがある。ぼんやりと霞掛かった記憶が頭の中に浮いているのだ。それは、私の知らない景色で、でもオパエツとナナナとマレニとヨッカが必ずいた。


 オパエツに訊ねると、魂に刻まれた記憶なのではないか、と忌々しそうに言った。確定的ではないこと、特にスピリチュアルな話がオパエツは苦手だった。


 私はスピリチュアルな話をオパエツにしてしまったお詫びに、オパエツの実験に付き合った。


『魂に刻まれた記憶と記憶装置の関係について』


 結果は、記憶装置にある記憶と魂に刻まれた記憶が一致したとき、ぼやけていた記憶がはっきりとし、それ以外は殆ど忘れてしまう、というものだった。


 耀変体に戻ると、直前の記憶装置以外の記憶はまたぼやけた状態で戻ってくる。


 私は「魂に刻まれた記憶」という表現にしっくりときた。きっとこれは、ここ三年よりも前の私の記憶だ。そのときの話も景色も、薄ぼんやりとしか分からないけれど、確かにそこにいた感じがする。


 私はアイラとペルー、そしてオズを思った。


 アイラはきっと、オズの記憶改竄に気付いていた。それでもオズを拒めなかった彼女を、優しさと呼ぶのか、弱さと呼ぶのか、強さと呼ぶのか、褒められることなのか、責められることなのか。私は常に問い続けている。


「イヨ、準備、できた」


 教会の一室、私の部屋をノックしたのは、石の身体の模人――私とマルトンの子どものリンだった。


 私はオパエツにもらった眼鏡を掛けて、リンをもう一度見た。WRに包まれたリンは、自信なさげな表情で自分の服装を何度も確かめていた。


 黒と白を基調としたワンピースは、マルトンがリンに似合うからと言って着せたものだった。


「変じゃないかな?」

「うん。似合ってるよ。行こうか」


 私は立ち上がり、リンと一緒に教会を出た。


 ※ ※ ※


 リンと私が向かったのは、オパエツたちの待つ家だ。インターホンを押し、住人を呼ぶと、四人が揃って出迎えてくれた。


「リンちゃんいらっしゃい!」


 テネスが明るく飛び出し、ジンとソーイは笑顔で手を振った。オパエツはいつも通り、冷ややかな目でテネスを見ていた。


「リン、この人たちが私の家族。今はあんまり帰れてないけれどね。今日はいっぱい遊ぼう」

「うん」


 私たちは招かれるまま、家に入った。


 人を呼んだときの我が家は相変わらず豪華で、オパエツの用意したインテリアWR、テネスとジンの作った料理が私たちをもてなした。


 リンはこの日の主役になった。


 そんなリンが一番気を許したのは、準備に忙しそうな三人に代わって、最初から話し相手になっていたソーイだった。


 楽しそうに笑うリンとソーイを見て、私まで嬉しくなった。


 リンがジン、テネス、ソーイと話している間、私はいつの間にか食卓からいなくなっていたオパエツのいる、彼の部屋に行った。


 オパエツは相変わらず、PCのモニタに齧り付いていた。


「子守はいいのか?」

「私以外のヒトともっと触れ合ってほしくて連れてきたから」

「それを理由に置いていくなよ」


 私は冗談半分、本気半分で考えていた図星を指され、反射的に呻き声を上げた。


「し、しない、そんなこと」

「ふん、それで、なんのようだ? オカルト存在」

「まだ分かっていないことがあったなって。私が最初に見た幽霊、多分ピオネなんだけど、なんでナナナには見えなかったのかな?」


 オパエツは手を止め、私に向くように椅子を回した。


「そんなの俺が知るわけないだろ」

「こんなの放っておくヒトじゃないでしょ? それに、オパエツは興味のある話でしかこっち向かないんだから。ヴィルから何か教えてもらったんでしょ」


 オパエツは鼻を鳴らして、それからニヒルに笑った。


「聞けばつまらない英雄譚だ。今では何万と繁殖したオズ由来の気色悪い魂がソウィリカの住人の魂の九九・九九%。残りの〇・〇一%が、アイラとペルーの二人目の子ども、隠し子の魂だそうだ。イヨの魂はたまたまその〇・〇一%だった」

「そっか。教えてくれてありがとう」


 笑顔で手を振った私に、オパエツは「おい」と呼びかけた。


「別にこんなオカルトを信じる必要はない。イヨはイヨなりによくやった、と思う」


 オパエツはそれだけ言って、椅子をモニタ側へと戻した。


 私はもう一度、オパエツに笑顔で手を振った。


「ありがとう。優しいね」


「イヨと喋っていると調子が狂う。早くリンと一緒にマルトンの教会に帰れ」


 私は笑ってオパエツの部屋を出た。



 

 私の魂に刻まれた記憶。


 アイラとペルーの絵を描こう。


 朧気でも、輪郭を与えよう。


 それが描き終わったら、また家族の絵を描こう。


 オパエツと、マレニと、ヨッカと、ナナナと、テネスと、ジンと、ソーイと、マルトンと、リンと、それから私のいる、家族の絵を。


《完》

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鉱山都市ソウィリカの自律型構造体家族 はるかなつき @farawaymooon

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