Ⅳ-18.ひともし、炎は実体を持たず

 私の身体は風と共にソウィリカの空に舞った。


 それなのに、意識はある。


 腕も動かせる。


 意識をした途端、視覚も嗅覚も蘇る。


 荒涼とした採石場。地面に転がる鶴嘴型の石器。私の手足。振り向けば、私が背を凭れ掛けている巨大な岩壁。砂地の香り。鉄の香り。


「……ヴィル?」


 喉も通っている。


 違う点を挙げるなら、ヴィルの返事が私の視界に現れないこと。さっきまで私の描いていた似顔絵も画材も、どこにもないこと。


 そこで私は悟った。


 私は、魂だけの存在――耀炎体になったのだ。


 この世に存在しないヴィルの似顔絵を描いたことで、使命が達成された。おそらく、ヴィルはそれを見越して私に似顔絵をお願いした。


 精神世界の存在になったから、ヴィルに認識されないし、私もWRの画材や鶴嘴を認識出来ない。


 じゃあ、私を認識できる存在は――


「イ、ヨ……ッ」


 教会から原石まで、私の通ってきた一本道に、一体の動く誰かがいた。ふらふらとした足取りで、今にも転びそうな岩の身体を杖で支えている。


 WRの見えない私には、その姿が誰かなのかは定かではない。でも、その正体は予想出来た。


「マルトン……?」

「イヨ、採掘は」


 私の予想通り、私の目の前に現れたのはマルトンだった。杖をつき、私の目前で私に怒鳴りつけた。


「終わったよ。マルトンの足下に転がっている石、私が掘った魂石」

「そうか、それで、その姿は……」


 マルトンは言葉を失い、傷ひとつない私の身体を上から下まで何度も見た。


「魂だけで活動できるようになったよ。どれだけこの姿で生きていけるかは知らないけれど」


 マルトンは息を呑んだ。そして小さく何かを呟いてから、慌てて口を抑えた。


 「美しい」と言った気がした。


 私は妙案が浮かんだ。


「マルトン、一緒に世界を救わない?」

「私は44HPで世界を救う。お前の手は借りない」

「44HPで手足を失わなくても、炎化のその先、耀炎体をみんなに説明すれば、きっとみんな炎化できる。炎化するかしないかはみんながそれぞれ選べばいい。区分けなんかしないで、みんなが自分の望んだ道を生きていい」

「そんなの、誰が採掘者になりたがる。報酬とシナリオを用意せねばみんな動かない」

「私はやるよ。誰もやらなくてもいい。私は、私がいなくなるまでやり続ける」

「正気か……? 死ぬまでこんなことを、なんのために?」

「みんなが死なないため。勿論不眠不休じゃないよ? たまには絵を描くし、みんなとお話もしたいから、オパエツに色々作ってもらおうと思う。WRが見える機械とか、ヴィルから耀炎体が見える機械とかね。それに、続けていたらきっと、誰かが応援してくれて、一緒にやってくれるヒトも増えるよ」

「……」


 マルトンは俯き、杖を握る手が細かく震えた。


「防衛反応って、相手を求める心の動きらしいよ」


 私はマルトンに、手を差し伸べた。


「マルトン、一緒に世界を救おう」


 杖を手放し、マルトンはゆっくりと私の手へと自分の手を伸ばす。だが、あと僅かのところで、マルトンは手を止めた。


「私の、やり方は間違っていたというのでしょうか」

「どうだろう。でも、間違っていたと思うなら、またやり直せばいい。まだ、私たちは生きているんだから」


 私は目の前まで差し出されていたマルトンの右手を握った。


 瞬間、右手からヒビ割れがマルトンの肩、胸、そして全身へと広がる。ヒビは無数に走り、やがて岩石は砕け散って、中からマルトンの姿が現れた。


「おめでとう! じゃあまずは私と子どもを作ろう!」

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