第4話 同居人はからかいたい

「コートを取ってくる。待っていてくれ」


 一通りの準備を終えた朔は、事務所の扉の方に歩いていく。書類も問題なかった。


 少し若いが、そんなことはこの世界においては些末なことである。


「わかりました」


 そして、朔がドアノブを捻ろうとした瞬間、勢いよく扉が開かれる。


「…おい」


「何〜?私は扉を開けただけよ?」


 その人を馬鹿にしたような笑顔と身体を見せながら、女は姿を表した。


「俺をからかうのはやめろと言っているだろ」


 朔がイラつきを抑えながら注意する。


「聞いてるよ〜。や〜だ♡」


 女はあざといポーズをしながら、朔の口元に人さし指を近づけた。


「このクソ女…」


「女の子にそんなこと言ってたらモテないよ〜?ってこの子は?」


 女の興味はすぐに真白の方に移る。


「今回の依頼人だ。手を出すなよ?」


 朔の言葉を聞いて、女の笑みが深くなる。


「わかってるわよ。こんばんわ、ねえ、これから私といいことしない?可愛がってあげるから──」


 真白に手を伸ばそうとした女の首根っこを掴み、朔が全力で引き戻す。


「お前ふざけるのも大概にしろ。この子はまだ未成年なんだぞ?叩き出すぞ」


「未成年!?激レア!ねえ、あれ、私に頂戴!」


 女が更に興奮しだす、朔に体を押し付けて、子供のようにねだる。


「あ、あの!」


 勝手に騒ぎ出した二人を見かねて、真白がついに声を上げる。


「その女の人は誰ですか…?」


 真白は女のことが気になっていた。


 その抜群のスタイルと美しい顔を併せ持った人を、真白は今まで見たことがなかった。


 白髪もサラサラで、こんなに長いのに絡まっているところが一切見当たらない。


 その深紅の瞳はカラコンではなく本物であると、視線を向けられて気づいた。


 表情は人を馬鹿にしているような、それでいて慈しんでいるかのような、どっちともとれる笑みを浮かべている。


 まるでこの人にならもたれかかってもいいんじゃないかという安心感さえ覚えてしまうほど、彼女は魅力的だった。


「この女は同居人だ。名前は玲羅れいら。覚えなくていい。それと、俺のコートを着るなと何度も言ってるだろう」


 朔は玲羅からコートを奪い返す。


「もう、強引なんだから…私だから許すけど、他の女には嫌われるよ?」


 あいも変わらず玲羅の中は薄手のシャツ1枚だ。


 下着を着けているから許しているが、真白のことを考えれば、これ以上玲羅を近づけるわけにはいかないだろう。


「普通の女は人の物を勝手に取ったりしない。それと、しばらく留守にする。その間は一人で反省してろ」


 ベタベタと密着してくる玲羅をあしらいつつ、朔は事務的な連絡をしていく。


「え〜、私のご飯は〜?」


 とぼけたような顔をする玲羅だったが、朔はすでに全然相手をするつもりがなかった。


「自分でなんとかしろ。綿貫、出るぞ」


 朔は玲羅に別の服を被せると、事務所を後にする。


「え、は、はい。その、失礼します…」


 真白も朔の後を追うように事務所を出る。


「行ってらっしゃい〜。待ってるね〜」


 玲羅は笑顔で真白を見送る。


「…?」


 扉の前を通る時、玲羅がとろけた目でこちらを見ていたのが少し怖かった。


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空いたうつわは溺れない 小土 カエリ @toritotan

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