勇者たる所以

砂漠の使徒

それは……

「僕は卑怯者だ」


「どうしたの、急に?」


 朝起きて、ご飯を食べていると彼が突然呟いた。

 彼の方を見ると、なにか思い詰めた表情で俯いている。


「僕は……君が思っているほどの人間じゃないんだ」


 誰にだって、不安になるときはある。

 彼も私も、それは同じ。


「私が佐藤をどう思ってるか、わからないでしょ?」


 私はわざと彼の発言を茶化す。

 だって、本当のことだもん。

 他人の気持ちなんて、完全にはわからないよ。


「それは……そうだけど」

「そうじゃなくて!」


「……」


「僕は卑怯者なんだ!」


 訴えるように、私の目をまっすぐに見つめる彼。

 いつになく真剣な表情に、ゆらゆらと揺れていた私の尻尾はピタリと止まった。


「どうしてそう思うの? 聴かせて?」


――――――――――


 しばらくの沈黙。

 でも、コーヒーが冷めるほど長くはなかった。

 やがて彼は話しだす。


「もう何度も言っているけど、僕は死んでもその日の朝に戻ることができる」


「うん」


「君と出会った頃も、そうだった」


「つまり、私と出会うまでにも何度も死んだってことでしょ?」


「……うん」


「何度も聴いたから、もちろん知ってるよ。たしか言ってたよね? 私に誘われて、ついて行ったら盗賊に殺されたって」


 その瞬間、彼は顔をわずかに曇らせた。

 まるで、思い出したくないものを思い出してしまったかのように。


「卑怯ってことなら、私の方がよっぽど卑怯だよ? あのときは、お母さんを助けるために佐藤を殺そうとしたんだから」


 当時の自分を思い出して……かすかに苦い笑みが浮かんだ。

 良い想い出じゃないけど、それがなければ佐藤とは出会えなかったはずだ。

 だから今は、ある意味あの盗賊には感謝しているかも。


 でも、彼は違ったみたい。

 その優しい顔には似合わない怒りの表情をわずかに浮かべて怒鳴った。


「だから、違うよ!!!」

「僕が言いたいのは!」


「……」


「やり直せるって、ズルいじゃん!」


 ズルい……。


「ふふふ」


「な、なんで笑うのさ、シャロール!」


「佐藤のそういうところ、大好き」


「え……?」


「ううん、なんでもない」

「ほら、続きを話して?」


 つい笑ってしまったのをごまかすように、先を促した。


「僕はみんなから勇者として尊敬されてて」


「(自分で言っちゃうんだ)」


 とは思ったが、あまり話の腰を折るのも良くないので飲み込む。


「けど、本当は何度も失敗して、それでやっと今があるだけで……」


「すごいじゃん、佐藤は」


「なにが……?」


「何度もやり直せる力は佐藤しか持ってない。だから、この力はたしかにズルいと思うよ。私もこの力があったら、お弁当の卵焼きが焦げたときにやり直したいもん」


「卵焼きが焦げるたびに……剣でお腹を刺す気なの?」


「うん」


 またしても、沈黙が流れた。

 でも、さっきとは全然違う空気だ。


「ふふっ……」


「はははっ……」


 やがて堪えきれずに、口から笑いが漏れる。


「そんなことされたら、卵焼きがのどを通らなくなっちゃうよ! ふふふ!」


「あははっ! だって、やり直したいって思うのはそれくらいだもん!」


 お互いに目に涙を浮かべるくらい、お腹を抱えて笑い合った。


「本当にやり直したいって思うことないの?」


「うん、佐藤といれば何があっても楽しいから」


 そして、笑いが収まるまでまた少し時間が経った。


――――――――――


「えっとね、さっきの続きなんだけどさ」


 ようやく落ち着いてきたので、私は語りだした。


「うん」


「やり直せるからって、やり直すわけじゃないと思うんだ」


「う、う〜ん? それって……?」


「たとえば……ふふっ、また卵焼きの話になっちゃうんだけどさ」


「ふっ……うん」


「何度焼いてもキレイに焼けないなら、諦めて焦げてるのをお弁当に詰めるかもしれない」


「なるほど。この前のは、諦めたからなのか」


 彼は納得したのか深く頷いた。

 私はすかさず反論する。


「ち、違うもん! あれはお母さんと買い物に行く用事があって時間がなくて……!」


「ふ〜ん」


 話を戻さなきゃ。


「でも、佐藤はキレイに焼けるまで何度失敗しても、挑戦し続けたんでしょ? 私を助けるために」


「……」


「仮に佐藤以外の誰かがこの能力を持っていても、その人は途中で諦めてしまうかも。だから、諦めない気持ちを持ってる佐藤はすごいなって、私は思う」


「……」


「たしかに成功してばかりだから、ズルいって思う人もいるかもね。でも、その成功には佐藤の、誰にも知られることがない陰ながらの努力があるのを私は知ってる。だから、"ズルい"なんて私の佐藤に言わないでほしい」


「しゃ、シャロール〜!」


 彼……佐藤は泣きながら私に抱きついた。

 私は優しく彼を受け止める。


「もう、朝から泣かないで? これから仕事なんでしょ?」


「だっで〜……!」


 勇者だからって、強いわけじゃない。

 こんな風に泣くこともある。

 でも、私の彼はすごく強いって私は知ってるよ。


 これからも、よろしくね。


(了)

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