お母さんがお父さんを埋めた日

 あれから、一ヶ月後――。


 「お父さん、この辺?」


 「う……もうちょい左かな」


 とんとんとん……軽快に叩いて、肩や首筋の凝った箇所を探る。


 僕は久しぶりにお父さんと遊ぼうと、庭先に出た。

 お父さんは俯いてじっとしていたが、声を掛けると顔を上げ、僕の誘いに応じてくれた。

 が、顔を上げた拍子に「アイタタ……」と辛そうに首を回した。

 それで親孝行しようと、肩叩きを始めたわけだ。


 「あ~、いいねぇ~」


 「力加減はどう?」


 「あああ……もうちっと強く」


 「こう?」


 「ああああ……もっと思い切り!」


 僕は拳を固く握る。

 それを高く掲げ、思い切り振り下ろし――。



 『アアアアアアアアアアアアアアッ!!!!』



 うわっ!


 僕はとっさに、お父さんから離れた。


 「なんだ、大丈夫か雅史?」


 「う、うん……」


 ときおり、あの日のことがフラッシュバックするようになってしまった。




 * * *




 『ドチャッ――』


 あの不気味な音のすぐ後、叫び声が轟いた。

 耳をつんざくような金切声。

 香織ちゃんの振り下ろしたツルハシが当たったアイツの声か、それとも……。


 その叫び声は誰のものか、確かめることができなかった。


 というのも、香織ちゃんはあの後、学校に来なくなったのだ。


 その一週間後に、担任の先生が香織ちゃんの急な転校を知らせた。


 嫌な予感がした。

 それで、知らせを聞いたその日の放課後、彼女の家へと急いだ。


 白くて立派なモダン建築は、その面影を残していなかった。

 家を侵食するように藤のような太い蔓が絡みつき、葉っぱを生い茂らせている。


 僕は恐る恐る門を越えて、庭の方を覗いてみた。


 が埋まっていた辺りに、巨大な木の幹がねじれながら高く伸びていた。


 ――『恵みの神木』を怒らせたんだ。


 僕は直感的に理解した。


 香織ちゃんは、木の根っこか地下茎ちかけいで神木と繋がっていたアイツの脳天を、思い切りぶち割った。

 その時、アイツの本体である神木が怒り、反撃をして――。


 この目では見なかった出来事を想像して、僕は震えた。


 その時、さわさわと頭上の葉が風もなく揺れた。


 ゴトンッと重たい何かが、足元に落ちてきた。

 

 ツルハシだった。


 錆びついた先端部分に、乾いた緑色の染みが粘ついて……。


 僕は声を殺して、その場を立ち去った。




 * * *




 「疲れたろ?俺の肩はもういいよ。部屋でゲームでもしたらどうだ?」


 お父さんの提案に、僕は頭を振って返す。


 「……もう少し、ここでゆっくりする」


 「そうか」


 僕は縁側に腰掛けて、気持ちを落ち着かせる。


 空は茜色だった。

 もうじき、お母さんが帰って来る時刻だ。


 「なあ、雅史」

 ふいにお父さんが呟く。


 「久しぶりに『ダルマさんが転んだ』、やらないか?」


 「え……いやだよ、お父さんの腰が砕ける」


 「アッハハハ!」

 お父さんは大きな笑い声を上げて、身をよじる。


 「お前は、本当に良い子だよ」


 「なにさ、急に」


 「を大事にする奴は、きっと将来も安泰だ!雅史もどんと生きなさい」


 僕はそれには応えなかった。


 その代わり、

 「ねえ、お父さん」

 と、ある疑問をぶつける。


 「お父さんが子供の頃……怖くはなかったの?」


 「えっ、何が?」


 「埋まること」


 フッフッフ……とお父さんは不敵に笑い返す。

 「お前くらいの頃、俺も同じことを聞いた。近所の生き埋めさんにな。そしたら……『天にも昇る気持ちだ』ってさ。ごめんな、お前にはちょっと早いか」


 お父さんは下世話な話で笑いを取ったつもりだったが、僕は『天女が神様のもとへ連れていく』という伝説を思い出して、寒気が走った。


 お父さんは続けて、

 「そのときからな、試してみたいってずっと思っていた。土に埋まるだけなら、いつでも抜け出せると考えてたしな」


 「抜け出せるの?」


 「分からん……罰則もあるしなぁ。今は抜け出したいとは思わんよ。これ、母さんには内緒な」


 そういえば、「抜け出したい」と主張する生き埋めさんを、僕は聞いたことがない。


 『どうして埋まるのか』……その本当の理由は、こうした好奇心にあるのかもしれない。

 

 と、背後から不意に、

 「雅史、あなた、ただいま」


 お母さんが帰ってきた。


 「なに、親子で黄昏たそがれちゃって」


 「いや、何でもない……それより一緒に綺麗な夕日を眺めないか?良いもんだよ」


 「嫌よ私は。帰宅中に散々浴びてきたのよ。ほら雅史、夕食にするから家に入るわよ。あなた、また明日ね」


 「おう」


 お父さんは顔を下に向けて、電源が切れたように動かなくなった。




 * * *




 二人で夕食の準備をしているとき、

 「雅史の好きにしなさい」

 とおもむろにお母さんが呟いた。


 「えっ」


 「別に根を生やすことなんかないわ。だって……」


 お母さんは辺りに注意するかのように小声になって、次のような言葉を漏らした。


 「風習を制度化したのはね、街に住む世帯数が減少したからなの。だからアレも養分が足りずに、と思う」


 そう言って僕の頭を撫でながら、

 「あなたは根っこじゃなくて、を生やしなさい。自由に生きていけるように」


 どうやらお母さんは、会話を聞いていたようだ。


 そして、知っていたのだ。

 『生き埋め』の理由が、神木による支配であることを。


 僕は、お母さんの願いを素直に受け取れなかった。


 浮気のせいとはいえ、お父さんに埋まれと言ったのは、お母さんだ。


 僕は寂しかった。

 お父さんを生き埋めから救いたかった。

 けど、それはもう叶わないのだ。


 お母さんがお父さんを埋めた日……お父さんは神木と繋がって、もう人間ではなくなったのだから。

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お母さんがお父さんを埋めた日 ファラドゥンガ @faraDunga4

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