女たちのパソコン教室
ダイスケ
女たちのパソコン教室
【登場人物】
舞(17):パソコン教室講師。父は市議会議員。
亜紀(19) パソコン教室生徒。父は市の衛生課長。
裕梨恵(21) パソコン教室主催(ハローワーク職員)。父は市の土木部長。
【設定】
市のハローワーク主催のパソコン教室。
パソコンが数台並んでいる。
講師席の舞、「えーと、えーと」を連発しながらテンパっている。
それを生徒側の席に座っている亜紀と裕梨恵、モタついている舞にいら立っている。
💻💻💻💻💻💻💻💻
舞「えーと、えーと……」
亜紀「ボサボサしてんじゃねーよ!」
裕梨恵「どんだけ時間かけてんだよ!」
舞「えーと、えーと……」
亜紀「こちとら貴重な時間割いて来てんだよ!」
裕梨恵「この時間があったら、他にどんなことが出来るのか、わかってんのか!」
舞「えーと、えーと……」
裕梨恵「金返せ!」
亜紀「(裕梨恵に)ちょっと待って、あんた、金払ってんの?」
裕梨恵「はい」
亜紀「これ、ハローワークがやってるパソコン教室でしょ? タダじゃないの?」
裕梨恵「私、ハローワークの職員でして。私どもが彼女に講師料を払っております」
亜紀「ハローワークの職員?」
裕梨恵「はい」
亜紀「あ、(急に低姿勢になって)どうもお世話になっております」
裕梨恵「あ、どうもどうも」
亜紀「どうも、仕事をいただかないと、へっへっへ……」
裕梨恵「いや、別に私は斡旋するだけで、仕事をくれるのは各企業ですから」
亜紀「私、市の衛生課長の娘でして」
裕梨恵「はぁ」
亜紀「あるんでしょ? 忖度的なものが?」
裕梨恵「衛生課長の娘にどんな忖度があるんですか?」
亜紀「衛生課長の娘には、いい職を斡旋する忖度は出来ない、と?」
裕梨恵「出来ませんね」
亜紀「じゃぁ、あの講師をどうにかしろよ! さっきから『えーと』しか言ってねぇじゃねぇか!」
裕梨恵「そうですね」
亜紀「10分で124回言ってんじゃねぇか」
舞「えーと、えーと……」
亜紀「はい、今ので126回」
裕梨恵「彼女、今日が初めての仕事でして」
亜紀「初めてとか関係ないんだよ! こっちも初めてパソコンを扱うんだよ! 教える側が『えーと』を連発してたら、不安でしょうがないんだよ! わかるだろ!」
裕梨恵「そうですね、イラッとしますね」
亜紀「だったら、お前が何とかしろよ!」
裕梨恵「ですから、さっきから野次を」
亜紀「野次じゃなくて具体的な行動に移せ!」
裕梨恵「それがちょっと……」
亜紀「なんでよ?」
裕梨恵「彼女、市議会議員の娘でして」
亜紀「ん?」
裕梨恵「市議会議員がハローワークやってきて、『まだ高校生なのに甘っちょろいことばかり言ってる娘に、社会経験積ませたくて。なんか仕事ある?』って言うからね、こっちもほら、女子高生を企業に紹介できないじゃないですか。だから、ハローワーク主催でパソコン教室開いて、その講師をやってもらおうかと」
亜紀「うん?」
裕梨恵「彼女が世間の厳しさをわかればそれでいいんです。それがこの教室の趣旨なんですよ」
亜紀「じゃ、何? 手に職欲しい人がパソコンスキルを手に入れるための教室じゃないのね? あの小娘のための教室なのね?」
裕梨恵「そうですね」
亜紀「とんだ忖度だな!」
裕梨恵「しょうがないですよ、お役所仕事はそういうものです。あなたが手に職つけたいとパソコン習うように、お役所仕事は出世のために忖度を身に着けるようなものです」
亜紀「にしては、さっき、だいぶ野次を飛ばしてたけど」
裕梨恵「野次はそうですね、心の声的な? 生徒に混ざれば言いたい放題的な?」
亜紀「生徒私一人しかいないけどね」
裕梨恵「ははははは」
亜紀「いや、笑ってる場合じゃねぇよ」
裕梨恵「私も市の土木部長の娘なんですよ」
亜紀「はい?」
裕梨恵「だから、野次くらいはアリかな、的な?」
亜紀「何がアリなのよ?」
裕梨恵「市議会議員と市の土木部長だったらね、どっちが上かとかね、マウントとれるかとかね、いろいろ考えたらね、市議会議員の娘に対して、土木部長の娘は野次くらいは飛ばせるかな、と」
亜紀「うんうん」
裕梨恵「衛生課長の娘は、ほら、ダメじゃないですか、ほら」
亜紀「何がダメなんだよ? お前、うちの親父バカにすんなよ」
裕梨恵「黙ってろ、衛生課長!」
亜紀「いや、父親の職業でマウントの取り合いをするな! このパソコン教室で偉いのは、パソコン講師のあいつでも、あいつを雇って主催しているお前でもなく、習いに来ている私だ」
裕梨恵「でも、受講無料でしょ?」
亜紀「そりゃそうだろ、ハローワークだから」
裕梨恵「タダでスキルを手に入れようとするその性根が……」
亜紀「お前、それ、ハローワーク職員として一番言っちゃいけないやつだろ!」
裕梨恵「すみません、本音が」
亜紀「いいから、早く、あいつをどうにかしろ!」
裕梨恵「もうね、あの、一人でどうにかしようというあの健気さが、涙を誘って……」
亜紀「いいよ、もう、(舞に)おい!」
舞「えーと、えーと」
亜紀「出来ねぇなら、もう、すっこめよ、てめぇ!」
舞「えーと、亜紀さん? 柏木亜紀さんですよね?」
亜紀「そ、そうだよ」
舞「私からケンジを奪った柏木亜紀さんですよね?」
亜紀「ケンジ?」
舞「私、ケンジと付き合ってたんです。そしたら、『他に好きな人が出来た』って。急にフラれたんです。それからすぐ、ケンジをある女に獲られたことがわかって。その女の名前が、柏木亜紀」
亜紀「ケンジじゃなくて、ケンイチでしょ?」
舞「そうでした。ケンイチでした」
亜紀「そこ大事だろ! 間違うなよ!」
舞「ケンイチを奪った女、それが、柏木亜紀」
亜紀「だって、もう5年前の話でしょ?」
舞「そう、私が12歳の時。同い年の彼氏、ケンイチを獲られた……」
裕梨恵「(亜紀に)12歳を奪ったんですか?」
亜紀「だって、私も14歳だったから、全然アリじゃないか!」
裕梨恵「この、ド変態!」
亜紀「うるせえ!」
舞「このパソコン教室、亜紀さん1人しか受講してないのって、不思議に思いませんか?」
亜紀「た、確かに……」
舞「そして、あなたに恨みを持つ私と1対1。偶然にしては出来過ぎてるとは思いませんか?」
亜紀「ま、まさか……」
舞「そう、全てはあなたに復讐するために仕組んだこと。この5年間の恨みを晴らすために」
亜紀「ちょ、ちょっと待って!」
舞「地獄の責め苦を味わわせてあげますよ」
亜紀「い、いやぁ!」
舞「みたいなことだったら面白いなぁ、と今、思ったところでした」
亜紀「は?」
舞「すみません、間を持たせるために、私の妄想を発表しました」
亜紀「全部、嘘?」
舞「ケンイチを獲られたのは本当です。でも、パソコン教室に亜紀さん1人しか来てなくて、ここでたまたま私とあなたが会ったのは本当に偶然です」
裕梨恵「ハローワークもひとりの小娘の復讐のために、そこまで忖度できませんからね。……あ、ちなみに、私がここで働いているのは、土木部長である父の忖度ではないことを付け加えておきます」
亜紀「それは、どうでもいいよ」
裕梨恵「一応、言っとかないと。変な勘繰りされたら、たまったもんじゃない」
亜紀「(舞に)で、パソコン教室はどうにか進みそうなの?」
舞「今の妄想話に一生懸命で、全然進みそうにありませんよ」
亜紀「このポンコツが!」
舞「で、ケンイチは元気なんですか?」
亜紀「てか、とっくに別れたわよ。……無駄話せずに、手を動かす」
舞「はい」
裕梨恵「(舞のパソコンに近寄り)ここ、こうすればいいんじゃない?」
舞「なるほど!」
亜紀「(裕梨恵に)じゃ、あんたが講師すれば早いじゃない」
裕梨恵「いやいや、私もそんなに詳しくなくて。ケンイチに教えてもらったことですから」
亜紀・舞「ケンイチ?」
裕梨恵「あ。お2人のおっしゃるケンイチとたぶん、同じ人物だと思いますが、パソコンに詳しい、ケンイチと私は今、つきあっております」
舞「確かに、ケンイチはエンジニアを目指していた」
亜紀「お前、17歳と付き合ってるのかよ! お前の年はいくつだよ!」
裕梨恵「21です。21と17は、そんなにおかしくないかと」
亜紀「このド変態!」
舞「でも、いくらケンイチでも、こんな吐き気がするくらいケバい女と付き合うかしら?」
亜紀「(舞に)お前、ここぞという時にすごい毒を吐くな」
裕梨恵「それはですね、『私の父に頼んで、いい就職先を見つけてあげる』と釣りました」
亜紀「忖度か!」
裕梨恵「だって、しょうがない、ジャニーズ系なんだから、ケンイチが」
亜紀「はぁ、もうなんなの、ここに来てもうすぐ20分、私は怒鳴ってばかりで、何もスキルを身に付けていない」
裕梨恵「もう、そんな空気じゃないでしょ」
亜紀「うるせぇ! 主催のお前がパソコン教室をやる空気にしろ!」
裕梨恵「いや、(舞を指して)こんな彼女でも、パソコンのスキルは大丈夫ですから。もう、任せてください」
亜紀「そう?」
舞「すみません、大変お待たせいたしました。もう、大丈夫です。わからない箇所もわかったので、これでパソコン教室、進められます」
亜紀「もう終わっちゃうかと思ったよ」
裕梨恵「まだ始まってもいませんでしたね」
亜紀「いや、キッズリターンみたく言おうとして言えてないやつ」
裕梨恵「(舞に)では、お願いいたします」
舞「……まず、電源スイッチを入れてください」
【糸冬】
女たちのパソコン教室 ダイスケ @daisuke1980
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます