大蛇とマキが墓

笹谷ゆきじ

マキの墓

 時は戦国末の頃。備後の国には、なお毛利の威勢が轟いていた。

 その山ひとつ越えた奥に、小さな村があった──。


 出雲との境にそびえる比婆山ひばやま猿政山さるまさやま──

 その谷間に広がるこの村では、平安の昔より良質な砂鉄が採れ、たたら製鉄の煙が絶えることはなかった。


 やがてそれらを求め、長船や伯耆から、多くの行商人が訪れた。


 村の男たちは朝な夕なに炭に火をくべ、長い時間をかけて炉の火を見張る。

 顔を爛れさせ、片目を失う者すらいたが、彼らはそれを恥じなかった。

 いや、誇りにさえしていた。


 いかに気味悪がられようとも、美しい玉鋼はその荒れた手から生まれ、村を富み栄えさせている事に変わりはなかったからである。



 さて、そんな村にも美しい娘がいた。


 名をマキといい、裕福な鉄山師の娘であった。

外で働く娘たちは皆一様に黒く日焼けするものであるが、マキだけは雪を映したように白い肌を保ち、一人まばゆい存在であった。


 村の男や行商人たちは、こぞってマキに求婚した。


 ある者は西陣の反物、またある者は土佐の珊瑚を手にしてはマキに見せびらかしたりもしたが、当のマキは「想い人がいる」の一点張りで、全て袖にした。


 振られた男たちは悔し紛れに、竹取のかぐや姫にでもなったつもりでいるのだろう、小さな村で褒めそやされて良い気にでもなっているのだ、よく見れば大した事は無い、たかが田舎娘じゃ、などと吹聴した。


──これに最も焦りを抱いたのが、マキの両親である。


 娘が数々の求婚を断ってしまった手前、妙な噂が広まる前に、早々に良い縁を見つけて嫁入りさせてしまいたかった。


──想い人とは、一体どこの誰なのか。

 マキ本人にも問いただした。


 だが、マキは頑として口を割らなかった。


 このままでは埒が明かない。乳母にマキを見張れよと命じ、マキの寝所で番をさせる事にした。



 明くる晩、庭に白い狩衣を纏った男が現れた。


 この村ではまず見かけない、雅やかな白皙はくせきの貴公子である。


 男が庭で篠笛を吹くと、マキは部屋から出て、嬉しそうに男の元へと歩み寄る。

 手を取り合ったふたりは、しばし見つめ合い、何やら二言三言ほど言葉を交わした。


 やがてマキは、ためらうことなく男を部屋へ招き──褥へと迎えた。


 番をしていた乳母は息を呑みながら、ひとり心を騒がせた。


──あの男は、都人に違いない。


 村の男たちとは比べものにならない美しさと気品だ。

 もしや、あれは帝か院のご落胤らくいんではなかろうか。

 かつてこの地には、後鳥羽院がお通りになったとか、平家の落人が逃れてきたとか、そういう話もある。


──ともなれば、一大事。

 マキは、晴れて宮様になられるかもしれぬ。

 何としてでも、正体を突き止めねばなるまい──。


 男がマキと床を共にし、眠ったところを見計らうと、乳母はその男の袖先に糸を通した針を縫い付けた。



 霧が立ち込める中、日の出と共に乳母は家を出て、糸を辿った。


──やがて、石黒山の麓へと辿り着いた。


 羊歯しだの葉の生い茂る中、湿った土に足を取られながら歩を進めると、森脇の黒石山の洞の中まで糸が続いていた。




 洞の中に、男の姿はない。


 じめじめとした洞じゅうに、鉄の臭いと、肉が腐ったような臭いがたち込め、むっ、と鼻を突いた。


 歩を進めるたびに、草履の裏に、にちゃにちゃと粘っこい泥がへばりつく。


 足に、柔らかく冷たい何かが、ぶつかった。


───白い大蛇が死んでいた───薄暗い洞の中でもぼんやりと光りを放つように青白く、てらてらとした鱗に、胴は太く女の腕ほどある。


 放り投げられた絹の帯のように力を失った大蛇の尾の先に──きらりと、裁縫針が刺さっていた。


 針が刺さったその傷口は、赤黒く爛れていた。

鉄気かなけにあたったのだ。


 乳母は恐怖に駆られ、必死に足を運びながら逃げ出し、自分の見た事すべてをマキの両親に打ち明けた。


 蛇は古来より神の遣いか、祟りを成すものである。死なせてしまったとあれば、我が家に、マキの身に何が起こるか分かったものではない。


 マキの両親は青ざめ、隣の旅籠に泊まっているという行者を呼んだ。


 行者は顔を伏せ、その白い蛇は只の蛇ではなかろう、錆びた鉄釘を家じゅうの戸に打て、とだけ言い残した。



 やがて、マキは懐妊した。


 父親が誰か分からない子を身籠ったとなれば、好奇の目に晒されるかも知れない。


 人目から避けさせる為、両親はマキを匿い、部屋の戸には錆びた鉄釘をびっしり打ち込んだ。


 つわりはひどく、山のものも川のものも受けつけず、やがて鰐鮫わにざめの肉しか食わなくなった。


 やがて産み月が来たが、その苦しみもまた尋常ではなかった。


 手拭いを噛みながら陣痛に耐えるマキの顔は唇まで青白く、汗は雨のように垂れ、のたうち回る姿はさながら大蛇のようであった。


───おびただしい出血の末、マキは子を産んだ。


 マキは震える身体を起こして、その姿を見ようとした。

 ひと目、腹を痛めて産んだ赤子を見たいという、母としての本能に従って。


───子は、想い人によく似た、玉のような子だろうか。


 それは裏切られた。


 産んだのは──たらいいっぱいもある、蛇の子だった。


 マキは声も上げず気を失い、そのまま帰らぬ人となった。


 両親は愛娘の死を悲しんだ。

だがそれ以上に、この事が外に知られるのが何より恐ろしかった。

 産婆には金を握らせ、他言しないようにと固く誓わせた。


 その後、マキは手厚く葬られた。村にいた僧や行者が、大音声で経を上げ、懇ろに弔った。


 墓は現代にも残っているという。


 では、蛇の子らはどうなったのであろうか。


 川に流されたという話もあるが──あるいは今も、この谷のどこかで、その子孫が静かに息づいているのかもしれない。


 その行方は未だ謎であるが、近年、村の西隣ではタカチホヘビという、極めて希少の小型ヘビが採集されたとの事である。

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