二十三・〆
帰り道、空が少しずつ赤く染まり始めていた。しかし三十分も経たないうちに、日は沈んで真っ暗になってしまうだろう。
俺は折角だから忍逆と一緒に帰ったらどうかと提案したのだが、そもそも帰り道が違うらしかったので、仕方なく忍逆とは別れて裏崎と帰路についた。
信号待ちの横断歩道の白線の上に、俺と裏崎の影が並んで伸びている。
何も言わずに歩いている時間が、最近やけに心地いい。
ふとしたときに、どこかの校舎のガラスの反射や、風に揺れる街路樹を見て、あのときのことを思い出す。
人の意識は、想像以上に静かに、確かに、過去に繋がっている。
「お前さぁ、今思えば……全部変わったよな」
裏崎が不意に、そんなことを言った。
俺は「何が?」と訊き返す代わりに、歩幅を少しだけ合わせる。
「普通の日常が一番ありがてぇって、やっとわかった……って言うと、なんか説教臭ぇな」
「いや、俺もちょっと思ったよ」
「そりゃよかった」
裏崎はそれだけ言って、照れ隠しみたいにイヤホンを片耳に押し込む。
別れ道の角まで来たとき、風が少しだけ強くなった。
その風に乗って、どこからかたこ焼きの匂いが漂ってくる。
ついこの間、あそこで三人で笑い合ってた時間のことを、思い出す。
「じゃあ、俺道こっちだから。また月曜な」裏崎が手を振った。
「うん。また月曜日」俺も手を振る。「忍逆のこと、頼んでもいいかな。二人ともお似合いだよ」
「よせよ、すげぇ恥ずかしい」裏崎は吹き出して顔を逸らす。「……でも、ありがとな……あ、でもだからって深令ともこれまでと変わらず仲良くしてくれよ。なんか変な気を利かせて深令と距離取ることなんかないんだからな」
「それはわかってる。応援してるよ。大学受験頑張ろう」
「気が早ぇ……とも言えねぇか」もう三年生まですぐそこだ。裏崎も俺や忍逆と同じく北天司大学を狙っていると知って、三人で受験勉強に励むという計画も成立しかかっている。
「とにかくじゃあな」
そうしてお互い別れて、自分ひとりの帰路についた。
空はさっきよりももう薄暗くなっている。
街灯も点き始めて、薄暗い道路を照らす。
世界は壊れたり、ねじれたりもするけど。
それでも、ちゃんと歩いていける。
たとえ何かを失ったとしても。
何かを信じる気持ちがあるなら、またきっと。
俺はポケットに入れていた、使い終えた護符の紙片を、そっと取り出して、薄紫の空、街灯の光にかざしてみた。
もう力は残ってない。ただの紙切れだ。
だけど、今の俺には、十分過ぎるくらいの意味を持っている気がした。
俺たちがこの先もずっと。
近いところでは大学受験。
そしてずっと先の未来へ。
歩いていく理由としては。
もう、それで十分だった。
ミッドウィンター・ゴーストガール 氷喰数舞 @slsweep0775
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