渡し船と七つの勘定

鬼に両腕を掴まれ、まるで壊れた人形のように引きずられていく鬼島の姿は、生前の彼の尊大さとはかけ離れた、惨めで滑稽なものだった。彼はなおも何かを叫び、呪詛の言葉を吐き、見えない何かに許しを乞うているようだったが、その声は二体の鬼の低い唸り声と、引きずられる身体が立てる鈍い音にかき消され、灰色の霧の中に虚しく吸い込まれていった。


死神は、その一部始終を、腕を組み、まるで対岸の火事でも眺めるかのように、無感動に見ていた。彼の淀んだ目には相変わらず何の感情も映っていないように見えたが、その薄い唇の端には、消えかかった染みのような、微かな皮肉の笑みが浮かんでいた。


やがて、鬼たちと鬼島は、霧の深い方へと進み、黒く淀んだ川岸へとたどり着いた。そこには、古びた木造の渡し船が一艘、静かに繋がれていた。船頭の姿はない。ただ、船底には得体の知れない黒い水が溜まり、不気味な静けさを湛えている。それは、生と死を隔てる三途の川の渡しだった。対岸は濃い霧に覆われ、何も見えない。川面からは、亡者たちのすすり泣きとも、ただの風の音ともつかぬ、陰鬱な響きが絶えず聞こえてくる。


鬼たちは、躊躇なく鬼島を船へと放り込んだ。ごとり、と鈍い音がして、鬼島は船底の汚水に叩きつけられる。


「ぐっ…う…やめ…やめろぉぉぉっ!」


最後の力を振り絞るように、鬼島は身を起こそうともがいたが、鬼の一体が無慈悲にその背を踏みつけた。もう一体の鬼は、重々しく船に乗り込み、岸を繋いでいた古びた舫い綱を、まるで枯れ枝でも折るかのように、ぶちりと引きちぎった。


ぎぃ、と軋む音を立てて、船はゆっくりと岸を離れ、黒い川面を滑り始めた。鬼島は、船の上で身を捩らせ、意味不明の絶叫を上げ続けている。その声は、恐怖、苦痛、そして理解を超えた何かに対する絶望に満ちていた。


死神は、遠ざかっていく船影を、ただ黙って見送っていた。鬼島の絶叫は、霧と川の響きの中に次第に溶け込み、弱々しくなっていく。やがて、船も、鬼も、そして鬼島の最後の叫びも、すべてが対岸の濃い霧の中へと完全に吸い込まれていった。後に残されたのは、いつもの灰色の静寂と、川面の不気味な響き、そして、死神の立つ、空虚な川岸だけだった。


死神は、ふう、と一つ、まるで埃を払うかのような、乾いた息をついた。


「ふむ、七人分の絶叫にしては、まだ足りない気もするがね」


彼は、誰に言うともなく呟いた。その声は、帳簿の数字を確認する会計係のように、淡々としていた。


「まあ、これからたっぷりと支払ってもらうことになるだろう。利子、というやつだよ。こちらの世界では、そういう勘定はごまかしがきかないんでね」


死神は、くつくつと、喉の奥で微かに笑った。それは嘲笑というよりも、定められた計算式の正しさを確認したときの、妙に納得したような、それでいて底意地の悪い響きを持っていた。彼は、懐から再びあの分厚い帳面を取り出すと、ぱらぱらとページをめくり始めた。次の「顧客」が、もうすぐこの灰色の舞台に現れるのだろう。彼の立つ灰色の狭間には、また新たな魂がやってくるのを待つ、永遠に続くかのような、退屈な時間がただ流れているだけだった。

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七つの絶叫と利子の川 銀狐 @zzzpinkcat009zzz

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