二人称小説
深海くじら🐋充電中🔌
全1話
けたたましい金切り音を上げかけた目覚ましは、しかし一瞬で鳴りを潜めた。いつもの朝と同じ。無意識のきみが伸ばした手で止めたから。
きっかり三十分後、きみは妹に叩き起こされる。少しだけ栗毛の入ったショートボブの妹は寸分の隙も無いブレザー姿で、肩にはアルトサックスのケースを提げている。もはや出かける準備は万端だ。
「いつまで寝てんのお兄ちゃん! 今朝も朝練サボったでしょ! キャプテンに叱られたって知らないよ。あたしはもう行くからね」
乱暴に閉じられたドアの向こうで、いってきますの妹の声が聞こえる。のそのそと身体を起こしたきみは、短く刈り込まれた頭を掻きながら枕元の時計を睨み、いつものように悪態をついてる。
授業中、きみは睡くてたまらない。そりゃそうだよ。ゆうべもあんなに遅くまでスマホに向かって小説を書いていたのだから。
きみの書く小説の主役はいつも男子高校生。野球部に入っているところまできみとおんなじだ。ヒロインの属性もいつも同じで、茶髪がかったショートカットのひとつ年下。違うのは、「義理の」がついてるところだけ。
古文のおじいちゃん先生の音読は、子守唄にはぴったりだ。重力に耐えかねて頭を垂れたきみは、ほどなく寝息を立てはじめる。
愉しげな同心円がそこここで渦潮をつくっている教室の片隅で、きみは今日も独り弁当箱を開く。妹が早起きして用意してくれた手づくりの、なんてことはなく、普通に母親が昨夜のおかずをばたばたと詰め込んだだけの弁当を、きみはもそもそ口に運ぶ。きみの隣で開け放された窓の外には、春真っ盛りの薫風がそよいでいるが、そんなのきみには関係ない。クラスメイトのさざめきも芳しい自然の息吹も、きみの思考を妨げたりしない。ただきみは、真上の階で友だちと語らっているはずの血縁のことだけを想い、創作の妄想を膨らませている。今日はどんなふうにして悦ばせてやろうか。
きみの書く小説、キャラの造形はいつも一緒だけど、内容は毎回違う。ラッキースケベがてんこ盛りのラブコメもあれば、身体の自由を奪われて想像上の親友に寝取られるのを目の当たりにするのもあるし、ただただ凌辱するだけってときもある。ふたりして宇宙人にアブダクトされて生殖の観察素材にされる、なんてのもあったっけ。
そういえば、きみがゆうべ書いていた小説の書き出しはこんなだったね。
寝坊している
もちろん、今も。
部員みんなが見ている前だっていうのに、主将の叱責はまったく終わる気配がない。トラックを流してる陸上部の女子たちも、立ちん坊のきみを見て笑っている。
ヤル気があるのかって言われてもねえ。背番号ももらえてないきみが正直に、朝練出たらレギュラーのなれるんですかって聞き返したら、それこそ説教は止まらなくなってしまう。むろん賢明なきみは、そんなことはしない。ただ黙って、頭の中で妄想の続きを巡らせているだけ。
部活の早朝練習に行くのに焦っているヒロインはなぜか制服の下に着るものを全部付け忘れていた、とか、肩から提げてる楽器ケースの中味は手錠と荒縄と目隠しのセットに差し替わっていた、とか。
いずれにしたって、きみのヤル気のすべては小説執筆に集中してるんだもんね。今のきみの願いはひとつだけ。ああ、早く帰って続きを書きたい。
廊下できみは、パジャマ姿の妹とすれ違う。風呂上がりなのか髪の先が少し濡れている。物語の中ならバスタオル一枚のはずなのにね。
ほんのり上気した開襟の合わせ目を、きみは思わずガン見してしまう。
「なに見てんのバーカ。明日はちゃんと自分で起きてってよね。怒られてばっかだと、あたしが笑われるんだから」
今日も悪し様に罵ってもらえた。ありがたや。そんなふうにきみは感じてる。ほら、後ろ姿を追う目尻が満足げに下がっているよ。
昏い常夜灯の部屋で、掛け布団にくるまったきみの顔は青白い光に照らされている。たぷたぷとすべる滑らかなタップの連続。どうやら調子がいいみたいだね。クライマックスで我慢できなくなったときのためのティッシュボックスだって、ちゃんとすぐ手の届くところに用意してある。準備はすべて万端だね。
と、きみは顔を上げた。思い詰めたような表情に決意を秘めた瞳が張り付いている。身体を起こしベッドから降りたきみは、部屋の隅に立てかけてある素振り用のバットをとった。打席に向かうが如くきつくグリップを握りしめたきみは、練習でさえ見せたことの無い完璧なフォームで体重の乗ったスイングを振り下ろした。
「ひとのこと、ずぅーーーっと上から目線でごちゃごちゃと。うるせえんだよ、てめえは!」
フルスイングが見事にジャストミート。
吹っ飛んだところに真上からの第二波だ。こんどは大根切り。きみがこんなに速く動けるなんて、驚きだよ。
「まだ言うかぁ!」
ぼくはきみに撲さ
二人称小説 深海くじら🐋充電中🔌 @bathyscaphe
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