第16話 気候変動
「あの……クマっていうのは例のアナグマのことですか?」
アナグマじゃないだろ……。
大河は心の中で突っ込んだ。
アナグマはタヌキみたいな見た目のイタチ(科の動物)である。
「病院の外で死んでたヤツならアナグマじゃなくてホラアナグマだ」
中田が答えると、
「いや、ホラアナグマじゃなかったそうだ」
北野が訂正した。
「他にも氷河期に絶滅したクマがいたんですか?」
大河が訊ねる。
「それは分からんがホラアナグマのDNAとは一致しなかったそうだ」
「じゃあ、あのクマは……」
「白かったし、大きさから言っても現生のクマならホッキョクグマだろうな」
「どこかの動物園から逃げ出したってことですか?」
動物園は普通、多くても二頭くらいしか飼ってないから一頭は殺されたのならもうこれ以上はいないか、いたとしても一頭だ。
その個体が
「そう言う話は聞いてないが……」
「ホッキョクグマは生息範囲を広げてるからな」
「えっ!?」
大河は、北野と中田の言葉に驚いて声を上げた。
「なんだ?」
「ホッキョクグマって絶滅しかけてたんじゃ……」
「昔はな。氷河期が来て以来、徐々に数が回復して今では生息域が広がってるんだ」
「寒くなったくらいでそんなに増えるものなんですか?」
餌が増えたって事か……?
寒い地域で暮らしていたのだから餌も当然、寒いところにいる動植物だったはずだ。
大河のいた世界では温暖化の影響で餌や北極圏の氷が少なくなってしまっていたが、ここでは逆に氷は厚くなっているし、寒い地域の動植物も増えている。
「それもあるが……」
「ただ、気温が低くなっただけじゃないから」
北野と
地球の気温が変化するということは季候も変わるということである。
それまで雨が降らなかった地域に大雨が降るようになったり、逆に雨の多かった地域に雨が降らなくなったりする。
季候や気温が変われば植生も変わる。
それまで作っていた農作物が育たなくなったりする。
そう言う変化で世界規模の食糧危機が起き、飢饉で大勢の人が亡くなった。
それで人口が激減したのである。
人が住んでいる地域が減り、自然に戻ったことで人間による環境圧(動植物が生きていくのにマイナス要因となるもの)が大幅に下がった。
氷河期になったので大河がいた世界の温暖化前と同じになったわけではないにしても野生環境が増えることで動植物が増えたのである。
北極で暮らしていたホッキョクグマにとっては氷河期になったことで住みやすい環境になり生息数が一気に増えたらしい。
「でも、日本にホッキョクグマはいませんよね?」
「日本まで来たって話はまだ聞いてないが……」
「あいつら泳げるからな」
そういえばそうだった……。
ヒグマも多少は泳げるものの、津軽海峡(二十~五十キロメートル)を渡ってくるのは難しいから本州にはいなかったのである。
といっても、ヒグマも三万年くらい前までは本州にも生息していたのが絶滅したくらいなので泳いで渡ってこれたとしても生きていけるかどうかは微妙という話だった(大河の世界では)。
しかしホッキョクグマは数十キロから数百キロくらいは泳いで移動できるらしいから津軽海峡くらいは余裕なのだ。
ホッキョクグマの中には千キロ以上も移動した個体もいるらしい。
千キロ以上移動したクマは流氷に乗ったりもしたかもしれないが、どちらにしろ今は流氷がいくらでもあり、海峡はどこも海面が下がった影響で狭まっている。
つまり野生のホッキョクグマが生息域を広げて日本に到達するのはそれほど難しくない環境なのである。
「ホッキョクグマって人間を食べるんですか?」
澪支の問いに。
「主食はアザラシだからな」
北野が答えた。
大河のいた世界では北極圏のホッキョクグマは人を襲っていた。
日本でヒグマやツキノワグマの被害が報道されていた頃、カナダやアラスカではホッキョクグマに襲われた人の被害が報道されていたのである。
クマはどこにいてもヒトを襲うものらしい。
パンダ以外のクマは肉食獣みたいなものだからな……。
そのパンダも草食とはいえ肉を食う(こともある)のである。
ただ、太平洋側から来たのではない限り、上陸したのがどこであろうと東京に辿り着く前にどこかの町で被害が出て報道されたはずだ。
そんな話をしているうちに休憩時間が終わった。
夕方――
大河は食堂で夕食を作る手伝いをしていた。
外を見ようと振り返って窓がないことを思い出した。
「大河君、昴ちゃん、夕食食べちゃって」
調理師さんの言葉に大河と昴は夕食のトレイを持ってテーブルに向かった。
「大河君、よく壁の方見るけど時間気にしてるの?」
昴が不思議そうに聞いてきた。
「いや、つい、外を見ようとして窓の方を……」
大河が答える。
「……あ、そっか。窓って壁に付いてるんだったね」
昴は窓を見たことがない(窓もというべきか)。
室内にも窓はない。
トラやオオカミが室内に侵入してきたときに他の部屋にまで入られるのを防ぐためである。
博物館や水族館の展示室などのようなどうしてもガラス張りである必要がある部屋にはあるのだが(展示ケースや水槽を窓というかは別として)。
「そういえば澪支は窓の方を見ようとしたりしないから俺だけ変わってると思われてるかもね」
大河が言った。
澪支も大河と同じく他所の世界から来たのだが何年も暮らしているせいか窓のない暮らしに慣れているようだ。
「変わってるのは私も同じだよ」
昴が言った。
「人より足が速いとか力が強いとか?」
それと、おそらく知能も高いだろう。
他人より優れた能力を持っている子供を望んだ親が運動能力だけでいいと考えたりするとは思えない。
スポーツにも戦術や戦略は必要なのだから計算能力だって高いに越したことはない。
何より、可能ならオリンピックで金メダルとノーベル賞を同時に取れることを望むだろう。オーダーメイドの子供を作る親なら。
「……寿命、他の人より短いかもって。お兄ちゃんが」
「え……?」
「人並みの寿命があるかどうかまでは確認してなかったって……」
人並みの寿命と言ったら先進国なら日本は八十歳以上。
アメリカは一番平均寿命が短い州でも七十歳以上だったはずだ。
何人もの人間の寿命を確認できるほどの時間は掛けていなかったのだろう。
親だって子供の能力を自慢したかっただけなら長寿までは望まなかったかもしれない。
ほんの少し親より長く生きればそれでいいなら平均寿命より短くても問題ない。
「そういうの、分からないよ……」
「ごめん! 忘れて……!」
昴が慌てたように言った。
「そうじゃなくて……」
大河は小学生の時のことを思い出しながら話し始めた。
「小学校のとき、クラスメイトが学校休んだんだ。無断で……」
最初は学級日誌書くのが嫌だからじゃないかとか、算数で当てられるのが嫌だからじゃないかとか、みんな冗談を言っていた。
「けど、午後には先生達が騒ぎ出した。家族とも連絡が取れないって……」
「…………」
「事故だった。家族全員……。だから誰も学校に連絡してこなくてすぐには分からなかった」
大河の言葉に昴は痛ましそうに目を伏せた。
「健康な小学生でも事故である日突然死んじゃうんだから寿命が短いとか長いとか、関係ないんじゃないかな」
「大河君……」
「寿命のないものなんてないと思うよ」
大河の言葉に、
「じゃあ、機械の方がいいのかな」
昴が言った。
「機械はもっと寿命が短いんじゃないかな」
「え……」
「だって、電車でも車でも、人間より長く動いてるのある?」
「博物館とかに……」
「動いてないなら
大河の言葉に昴が『なるほど』というように頷く。
「スマホも自動車もすぐに新しい方が出るだろ」
「それは人間が次々に新しいモデルを作るからでしょ」
「新しいモデルが出たら旧型の部品は作られなくなる。故障したら直せなくなるけど、だからって新しいものを開発するのをやめたら技術の進歩は止まるし」
大河は外に目を向けようとして窓がないことを思い出した。
「前に、SNSで日本は
「確かに、いつもどこかでビルの取り壊しや建設があるね」
「――俺は好きなんだ。ほんの数ヶ月でいつも見てる街並みが変わるの」
「生き物みたいだよね」
昴が言った。
「そう。この町は生きてるって思える。無くなったものを残念に思うこともあるけど……生き物に
変わり続けるということは進み続けているという事である。
捨てたのではない。変化しただけだ。東京は東京のままで――。
「だから、外を見る
昴の言葉にハッとした。
確かに、単に時間や天気を知りたいと言うより、街を見たくて無意識に窓の方を向いていたのかもしれない。
その時、どやどやと人が食堂に入ってきた。
「あ、急がなきゃ」
昴が慌てて食べ始める。
大河も急いで食事をかき込んだ。
大河は食堂で食事を出すのを手伝いながら、ふと、昴との話を思い出していた。
昴ちゃんがプレアデスで昴ちゃんのお兄さん――ケイがシリウスか……。
星の名前の計画から生まれた子供達。
なのに、寿命は星より遙かに短い。もしかしたら普通の人よりも。
おそらくケイは昴以上に短命の可能性があるのだろう。
兄弟達が早死にしたのを見てきたのかもしれない。
クローンヒツジは普通より寿命が短いと言われていたし(シリウスやプレアデスはクローンではないはずだが)、能力の発現を優先させていたのなら寿命のことは後回しだったはずだ。
けど――。
俺とケイが似てることは関係あるのだろうか?
というか『ケイ』はどういう字を書くのだろう――。
光の彼方のパンドラ 月夜野すみれ @tsukiyonosumire
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