第15話 天狼星
飯島が集中治療室に入れられると病院内はようやく一息
数日後――
「大河くん、運ぶの手伝ってくれる?」
看護師から声を掛けられた。
「はい」
大河が返事をすると、
「私も手伝います」
昴もすぐにやってきた。
看護師と大河達はシーツや毛布などが載せられているカートを押して廊下を歩いていた。
「失礼しま……」
看護師が声を掛けて病室のドアを開けようとした時――。
突然、病室から誰かが飛び出してきて看護師にぶつかった。
「きゃ!」
看護師が倒れる。
飛び出してきた人物はそのまま走り去った。
「大丈……!?」
「大丈夫ですか!?」
看護師に掛けた大河の声に昴の声が被さる。
大河はその声に振り返った。
昴が病室のベッドで咳をしている人に声を掛けていた。
「ああ、すまん……」
そう言って顔を上げたのは飯島だった。
飯島が大河を見て目を見張る。
「お前達はプレアデスだったのか……!?」
飯島が凝視しているのは大河だった。
「プレアデス……?」
大河は思わず呟いてからハッとした。
確か前に昴ちゃんが言ってた……。
大河が昴を見ると視線が合った。
昴の表情からして何か心当たりがあるようだった。
飯島は大河の方を見て『プレアデス』と言った。
そして昴の兄と大河は北野に兄弟かと言われたくらいからよく似ていた。
〝お前達はプレアデスだったのか……〟
飯島はトラやオオカミを復活させた研究に関わっていた。
そして昴の兄は飯島を憎んでいた。
プレアデスというのはトラやオオカミの研究と何か関係があるのだろう。
夕方――
「昴ちゃん、外、見にいかない?」
まだ日が暮れるまで少し時間がある。大河は昴を誘ってみた。
ダイヤモンドダストが見られるかは怪しいが他に人に聞かれずに話せそうなところが無い。
「うん」
昴は頷いて
「えっと……星のささやきって言ってたっけ? ダイヤモンドダストのこと」
「天使のささやきだよ」
昴が答える。
「あ、そっか」
昴は星が好きだから間違えてしまった。
「星のささやきは
「へぇ……」
星のささやきという言葉もあったのか……。
「じゃあ、星のささやきが聞けるかな」
「どうかな? 星のささやきは
「え、そうなの……?」
凍裂って何度の時だったっ――。
「星のささやきが聞こえるほど寒いと飛んでる小鳥が凍死して落ちてくるんだって」
ごん!
大河は思わず足を滑らせてドアに頭をぶつけた。
「だ、大丈夫!?」
「う、うん、平気。ありがと」
大河は平静を装いながら答えた。
「そこまで寒いと顔を出して歩けないって言ってたよ」
昴が言った。
「へ、へぇ……」
星のささやきというより死のささやきだな……。
大河はドアを押して開いた。
開けっ放しだと室内が冷えてしまうので外に出る。
「見えないね」
大河が言った。
まぁ今の時期では少なくとも夕方にダイヤモンドダストを見るのは無理だろう。
ここ、東京だし……。氷河期だけど……。
「そうだね」
昴が頷く。
「あの人、大河くんの知り合い?」
昴が言った。
「うん、顔見知り程度だけど……橋田って人が飯島博士ならウィルスのこと分かるかもしれないって言ってたから会いに行ったんだ」
大河が答えた。
「そうなんだ……」
「あの……飯島博士を襲ったのは昴ちゃんのお兄さんみたいなんだけど、理由知ってる?」
大河は昴の顔色を伺いながら訊ねた。
「…………」
「あ、ごめん、知らないなら……」
大河が慌てて発言を取り消そうとすると、
「……この前、話したこと覚えてる?」
昴が言った。
「成長が早いって言う話?」
大河がそう言うと昴が頷いた。
「昔、シリウス計画っていうのがあったの。ダイアウルフやスミロドンを作ってた会社がやってたの」
シリウスは星の名前だがバイオテクノロジーの企業が天文分野にまで手を出したりしないだろう。
ていうか、プレアデスじゃないのか……。
「自分の子供が天才だったら良いとか、スポーツ万能でオリンピック選手になれたら良いとか、誰でも考えるでしょ」
なるほど……。
バイオテクノロジーのスタートアップ企業と、普通より成長が早く力が強くて足が速い少女。
つまり、そういうことか……。
「最初のダイアウルフは四十五個の受精卵のうちの三個だけが生まれてきた」
昴が言った。
ロムルス、レムス、カリーシである。
人間のデザイナーズベイビーもそれと同じくらいか、下手をしたらもっと生まれることが出来なかった子供達がいただろう。
仮に生まれてきたとしても、商品として売りたいなら生まれるだけではダメだ。
依頼人の希望に添えるくらい運動能力や知能が高くなければならない。
生まれさえすればいいというのなら人工授精の技術がダイアウルフを作り始めるよりも前からあったし、母親が子供を産めなくても代理母と言う手段もあった。
その子供達が確実に生まれるようになるまでには多くの犠牲があっただろう。
「確実に子供を渡すためには余分に作る必要があったの。親が引き取る子供は一人だから毎回一人か二人は残った」
「一人か二人?」
「二十人くらい作っても産まれてくるのは二、三人だから」
「一人の子供に代理母が二十人もいたの?」
大半は流産してしまうとは言え一人の子供を産むために二十人も雇うのはかなり非効率では――。
「人工子宮だよ」
「…………」
「
「うん」
「マンモスを復活させるための代理母に絶滅危惧種のアジアゾウを使うわけにはいかないから並行して人工子宮の研究もされてたの」
人工子宮とか、SFの世界だな……。
「スタートアップ企業がダイアウルフの研究を始めた頃には人工子宮自体は既にあって、ヒツジとかは人工子宮で作られてたんだよ」
「へぇ……」
大河が知らなかっただけで、大河の世界にも人工子宮はあったらしい。
「どんな感じなのかな」
大河が何気なく言うと、
「かなりグロいから耐性のない人は見ない方がいいって聞いたよ」
昴が淡々と答えた。
つまり剥き出しの臓器とかが見える状態なのか……?
胎児でも内臓は体表の内側にあるはずだとは思うのだが……。
「マンモスの研究のお陰でアジアゾウの人工子宮の研究が進んだんだって」
皮肉にも。
絶滅した動物を
アジアゾウは妊娠期間が二十二ヶ月もあることもあって数を増やすのは簡単ではなかったのだが、ゾウの人工子宮の研究が進んだらしい。
「アジアゾウを増やす研究には資金が付かなかったから絶滅しちゃったけど」
昴が言った。
こっちの世界のアジアゾウは絶滅してるのか……。
意味ねぇ……。
てか、絶滅したマンモスには金を出すのに現生のアジアゾウには出さなかったっていうのはどういう心理なんだ……。
「引き取られずに残った子供達はプレアデスって呼ばれて、大きくなった子供にはプレアデス集団の星の名前が付けられてるの」
それで昴なのか……。
おそらく日本人が企業に依頼して作られ、親に引き取られずに残ったのが昴なのだろう。
「昴ちゃんのお兄さん……ダイアウルフ作った企業の研究者を憎んでるみたいなこと言ってたけど、お兄さんもプレアデス?」
「お兄ちゃん達は依頼者がいたわけじゃないの。いきなり作った子供を売るわけにはいかないでしょ」
子供を売る……。
それもオーダーメイドで作った子供を売っていたのだ。
運動能力にしろ知能にしろ希望通りに高く出来たかどうかは生まれてからある程度、成長するまでは分からない。
ちゃんと希望通りに作れる技術が確立するまでに作られたのが昴の兄達らしい。
達ってことはお兄さんは一人じゃないってことか……。
昴の頃で生まれることが出来たのが二十人に一人か二人なら、兄の頃はもっと少なかっただろう。
それに生まれてきたものの、五体満足ではなかったりした子供達は一体どうなったのか……。
世間には知られていない存在なのだ。
産まれなかったことにして処分したとしてもバレる心配はなかっただろう。
そりゃ、皆殺しにしたくもなるよな……。
何人の研究者が関わっていたのか知らないが、おそらく産まれなかった子供や産まれなかったことにされた子供の人数には遠く及ばないに違いない。
プレアデスを作った人達はそれくらい罪深いことをしたのだ。
殺されても文句が言えないような――。
人喰いトラや人喰いオオカミを放っただけでも十分罪深いけどな……。
「確か、俺がこっちに来たとき昴ちゃんのお兄さんが澪支と喧嘩してたけどあれは? 企業と何か関係あるの?」
「分からないの。澪支君も大河君と同じ世界から来たんでしょ」
同じかどうかは分からないがこの世界ではないはずだ。
「それならプレアデスとは関係ないと思うんだけど……」
昴は本当に分からないらしかった。
ただのカツアゲか何かだったのか……?
「シリウス計画ってことはお兄さんの名前はシリウスの和名?」
「ううん、お兄ちゃんは……ケイって言って……」
その時、救急車のサイレンが近付いてきた。
少し早いが病人ということもある。
大河と昴はすぐに手伝えるように待機した。
翌日の午後――
大河達は休憩室で医師達にお茶を配っていた。
「あのクマ……」
北野が中田と話している声が聞こえてきた。
クマ……?
例のホラアナグマのことだろうか……?
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