7. 太陽には手が届かない

 夢を見た。 札幌に早春の朝日が昇る夢だ。

 大学のキャンパス、雪景色。

 霞のかかった春の青空を、鮮やかなシルエットの鶴が舞う。あれはタンチョウ。


「ラ、ラ、ララララ、ラ、ラ」

 男性の歌声。私は驚いて後ろを振り返る。

 西堀征一郎教授だ。

「あ、西堀先生……小田原から帰ったんですか」

「いいや? ここが熱海シェルターに見えるかね。どう見ても北海道大学だろう」

 そう指摘されて、さっきまでの記憶がよみがえる。

 私はハルヒと一緒に自殺目的で外に出て、互いを助けるために、生き延びようとした。ダメだった。意識を失う前は、凍死しかけていたはずだ。

「あっ。私たちはどうなったんです。ハルヒちゃんは……」

「無事さ。ほら」

 そう言って征一郎氏は、キャンパスの敷地で踊り狂うハルヒを指さした。

「ああ。夢なんですね、これは。走馬灯だ」

 私は窓の外から天を見上げる。朝なのに、オーロラがまばゆく照っている。タンチョウがまだ生きているし。

 征一郎氏は苦笑した。

「まあ、近いものさ。研究者にとって、大学は夢の国だしね」


 彼は私の横に並んで、窓の外を眺めた。二人はまばゆい朝日に照らされる。

「それより君、と思って、ずっと待っていたんだって」

「その通りです。できる限り耐えましたが、12時間は長すぎました。この光景が見たかったです」

 私はしみじみと言う。だがそれを聞くと、教授はさも可笑おかしそうに、くっくっと笑った。

「馬鹿だなあ。こんな朝日が昇るわけないだろう。この氷河期は、なんだから」

「……ああ、そうか」

 今になって思い出す。頭が鈍くなって、10年前の常識で考えていた。本物の太陽が霧で見えないから、シェルターのフタ『天蓋』が、代わりに光っているのだ。

「とっくに夜は明けて、捜索隊が出ていた。君たちは助かったんだ」


「さて。僕から君に、とてもいいニュースと、少し悪いニュースがある。僕の独断で、とてもいいニュースから伝えよう」

 西堀教授はどんどん話を進める。ああ、娘にそっくり。どこか強引な感じ。

「別府シェルターの研究成果によれば、あそこの生態系は、完全に死んではいないらしい。湧き出る温泉の周りで、気候変動に適応した個体が生き残っているようだ」

 私は目を見開いた。考えてみれば、ありえる話だ。地熱は何も人類だけの専有物ではない。

「……もはや現在の技術では、太陽には手が届かない。簡単なのは、生物を適応させることの方だろう。僕はそれを提言しに、小田原の政府シェルターに行ったのだ」

 そう言って、西堀教授は窓の外を舞うタンチョウを指さした。

「それは、つまり……」

「君は来月から、極限環境での鳥類研究に従事する」

 彼はきっぱり言った。夢みたいな話だ。


「そして……少し悪いお知らせの方だが、聞くかね」

「聞きます」

 私はうきうきして尋ねた。彼は表情を曇らせる。

「今朝の熱海に帰るトロッコが、倒木で脱線した。僕は道中で投げ出されて、寒さに震えている」

 私の心は凍りつく。

 身に染みて感じた凍傷の恐怖。

 捜索隊は……私たちの救助に向かっている。

「そ、そんな。教授がいなくなったら、熱海シェルターは……」

 私ははっとして横を向き、彼に手を伸ばす。

「ああ、それともう一つ」

 私は空気を掴む。彼の声だけが響いた。

「オーロラの発生原理は、だ。では、お元気で」

 西堀征一郎教授は、そこにはもういなかった。


 私はぼろぼろと泣いた。口を突いて出てきたのは、あの歌。

「ラ、ラ、ララララ、ラ、ラ」

 西堀ハルヒが私に気づいて、踊るのをやめた。大声を張り上げて私を呼ぶ。

「先生! 札幌にオーロラを見に行こう!」

「いいえ! 別府にタンチョウを探しに行きます!」

 私は窓から乗り出して、大声で返事をした。ハルヒは満足げに笑って、また踊り出す。


 *


 私は跳ね起きる。熱海シェルターの医務室。

 こうしてはいられない。科学者には使命があるのだ。

 いつか、氷河期を倒して、『天蓋』の外に出る。生物を適応させる。

 西堀ハルヒと一緒に。


 私たちは、ネイティブダンサーだ。







***

 本作は、サカナクション『ネイティブダンサー』からインスピレーションを受けて執筆したものです。

 優れた創造性に、最大限の敬意を込めて。

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ネイティブダンサー わきの 未知 @Michi_Wakino

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