第七話

 通された薄暗い部屋には窓が一つ、あるだけだった。その向こう側には三人の男女の姿が見える。


「もっと近づいて構わないよ。あの、茶髪でショートカットの女が、今回の容疑者だ」


 示された人に、視線を向ける。


「え……?」


 ちづるが呆然と声を漏らした。


「……岡野さん、本当にあの人が容疑者なんですか?」


「そうだが……。やはり違うか」


 違うもなにも。


 目の前にいる女性は、丸顔で茶髪のショートカットという出で立ちだ。最大の特徴である顔の傷もない。


 私たちが遭遇したあの女とは別人なのは一目瞭然だ。


「一応、変装の可能性も含めて君たちに確認してもらったんだ」


「でも輪郭からして違いますよ。私たちが見たのはきれいな卵形。あの人は丸顔。目元のほくろもありません」


「ほくろくらい、メイクで簡単に作り出せません?」


 今まで口を閉じていた刑事さんが口を開いた。


 名前は……なんだっけ?


 忘れた。


「爛れた口元っていうインパクト大きい細工して、その上で目元のほくろまで演出します?」


 普通は襲いかかってくる鎌に視線がいく。そんな中で印象に残るのは大きな傷と長い髪だ。ほくろだなんて地味な細工して、何になるんだ。


「美夜くんは相変わらず賢いね。その指摘はもっともだ。だとすると、彼女が連続殺人の容疑者、という線は薄まるな……」


「そうですね。そもそも、彼女が認めているのは最初の殺人事件への関与だけですから」


 警察官たちは考え込んでしまった。私たちのことはおいてけぼりだ。


「あの……あたしたち、これから用事があるので帰って良いですか?」


「ああ。すまない。協力、感謝するよ」


 車で送ろうか、と岡野さんは続けたけれど、それに首を横に振る。


「バスを使うので大丈夫です。モールに買い物に行く予定で」


 車で三十分はかかる場所だ。お仕事中の人に送ってもらうなんて、申し訳ない。それに、今ここを出ればちょうど良い時間に、バス停に着けるだろう。


「そうか、モールに……。気を付けて行くんだよ。世の中、色々物騒だから」


 厳しい表情を浮かべた岡野さんは、私たちに念を押すように言った。


 一市民に対して、ずいぶんと面倒見の良いお兄さんだ。


「分かってますよ。じゃあ、私たちこれで」


「失礼します」


「待ってくれ、美夜くん」


 ちづると連れだって部屋を出ようとした私の背中に、声がかかる。足を止めて振り返れば、岡野さんが眉を八の字に寄せていた。


 普段は鋭い目には力がなく、その視線はコンクリートの床に注がれている。


「何か?」


「……桜音くんは、元気だろうか」


 絞り出すように発せられたその問いに、私はこう返すしかなかった。


「ええ。元気ですよ」

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ないものねだり レベッカ @13466611

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