第六話
6
――上代町殺人事件の犯人、逮捕。
このニュースが飛び込んできたのは、学校に復帰して三日目、木曜日の事だった。
新聞の一面を飾ったし、当然、私やちづるにも連絡が入る。
そして今日、私は県の警察署に来ていた。あくまでも捕まったのは、一件目の殺人事件の容疑者。だからその後の事件との関連を捜査するために、顔の確認が必要なんだとか。
お母さんは反対したけど、押し通した。ちづるも一緒だし、きっと平気。
自動ドアを抜けて受け付けを済ませると、病院で会った刑事さんと、もう一人。知った顔の刑事さんが出迎えてくれた。
「岡野さん?」
「久しぶりだね、美夜くん。今回は災難だったね。命が助かって、本当に良かったよ。怪我は、まだ痛むかな?」
岡野さんは形の良い眉をひそめて、私の右腕に視線を向けた。
「まだ、少し。あまり動かせなくて……」
「そうかい……。大変な時に、悪いね。早く良くなるように願っているよ。千堂さんも、来てくれてありがとう」
「い、いえ……」
「それじゃあ、行こうか」
私たちは、揃って歩きだした。
こっそりとちづるが耳打ちしてくる。
「ね、岡野さん? とはどんな関係なの?」
「どんなって、別に。中学生の時に事件に巻き込まれて、そのときの担当刑事さん」
大きな報道はされてない小さな事件だ。世間からみたらなんて事ないような……。
左手の指先が、じくりと痛んだ。呼吸が、苦しくなる。
おかしいな。もう、痛くないはずなのに。
隣ではちづるが、岡野さんの背中に熱い視線を送っている。
「ちょーカッコいい。スマートな感じがとくに良い。ちづるくんって、呼んでくれないかな?」
「あんたそんなに年上好きだっけ?」
「え、岡野さん、いくつ?」
「会った当時で、三十代前半って言ってた」
「まだ素敵なお兄さんじゃない!」
そうかな。
まあ、たしかに整った顔してるし、面倒見が良いところがあるみたいで、当時はとてもお世話になった。素敵な人だとは思う。お兄さんかは置いといて。
「あー、聞こえてるからな。二人とも」
扉の前で足を止めた岡野さんが、咳払いをしながら振り返った。
耳、赤くなってる。
「照れてます? 女子高校生からのお兄さん呼び、そんなに嬉しいですか?」
「美夜くんは包み隠さなくなったね。素直で結構。ところで、この向こう側に容疑者がいる。正確には、隣の取調室だが……。準備は良いかい?」
呼吸が浅くなる。口の中がカラカラだ。
私とちづるの手が、どちらともなく繋がれた。ギュッと力強く握る手は、冷たく震えている。鋭く光る先端が、異様な臭いが、歪み爛れた顔が、フラッシュバックする。
大丈夫。大丈夫。ここは、安全だから。警察が、守ってくれるから。怖くない。
ふぅと息を吐き出した。
「お願いします」
私の言葉に、岡野さんは真剣な表情で頷いた。
灰色のドアが、ゆっくりと開かれる。二人の警察官に続いて、私たちも部屋の中に足を踏み入れた。
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