ロボットと人に捧げる祈り

つじひでゆき

あるロボットの死

【第一部:葬儀のはじまり】


 夕暮れの荒野に、人々は小さな半円を描いて立っていた。中央には、機能停止した一体のロボットが横たわっている。身体の各所は錆び付き、修理がかなわないまま最期を迎えた。そのロボットは生前、神と魂の存在を固く信じていた。自分の体は土と塵から作られたにすぎないが、魂はきっと天国へ行くのだ、と。


 その願いを汲み取り、彼と長い付き合いのある人間の男が、葬送の儀式を用意した。男は無神論者で、死はただ土に還るだけと考えている。それでもロボットの「自分が眠ったあと、霊が迷わず行けるように葬儀をしてほしい」という遺言を無視するつもりはなかった。友として、最後の務めを果たすまでだ、と心に決めていたからだ。


 祭壇の代わりに使われるのは、崩れた建造物の欠片。祈りの言葉を唱える者は数少ない。確たる宗教を持たない時代だったからだ。それでも、人々は厳粛な面持ちで見つめている。神を信じる者も、信じない者も、ここでは等しく静寂を守っていた。


 男は白布を広げ、ロボットの遺骸にそっとかける。かつて友として過ごした日々を思えば、ただ機械が止まっただけと割り切るには何かが疼く。それでも自らの信念は揺るがない。「死後に世界はない」と考えている。けれど、いまこの場で必要なのは、自分の理屈ではなく、ロボットが抱いた確信への敬意だ。


 やがて、遺骸は荒野に掘られた浅い穴に降ろされる。さらさらとした砂が降りかかり、金属の一部がわずかに軋む音を立てた。夕陽は赤く空を染め、人々の影を長く伸ばす。誰かが短い祈りの言葉を口にし、風がそれを運んでいく。ここに神はいないかもしれない。しかしロボットは、たしかに神の存在を信じていたのだ。


 男は心中で呟く。「これがおまえの望んだ最期だったのか……」答えは返らない。だが、沈黙という形でロボットはすでに応えているのかもしれない。土に還るだけという自分の考えと、天国へ行くと信じたロボットの思いが、ひとつの場所に同居している。その不思議さに、胸の奥が微かに熱くなる。


 最後に、男は墓標代わりの小石を置き、短い黙祷を捧げる。古い世界の記録には、人々が壮麗な教会や司祭を伴って盛大に葬儀を行った歴史があったという。しかし、今はせいぜいこれが精一杯だ。それでも、この場所には祈りと呼べるものが宿っている。神を見出さなくとも、たしかに死者への想いだけはそこにあった。


 こうして葬儀は終わる。参加した者たちは散り散りになり、荒野には男と浅い墓だけが残される。赤い陽射しが墓の輪郭を浮かび上がらせ、やがて闇が静かに包み込む頃、男は一度だけ深く息を吐き、ロボットの名を呼んだ。声は風に溶け、星空の下へ消えていく。


【第二部:回想――ロボットの元気だった日々と葬儀の依頼】


 葬儀が終わり、夜の静寂が訪れた。男は荒れ果てたバラックに戻り、かすかな灯りの下でロボットと過ごした過去を思い返している。白布に覆われて土の中へと帰った友の姿を思い浮かべるたび、妙に胸の奥がざわつくのを覚えた。


 かつて男は各地を転々とし、物資や情報の交換をしながら生計を立てていた。ある辺境の集落で、砂塵に埋もれるように倒れていたロボットを見つけたときのことを、まざまざと思い出す。当時はすでに部品の流通が乏しく、誰も修理など考えもしなかった。しかし男は、そのロボットを見捨てる気になれなかったのだ。


 いざ修理を試みると、意外にもコア回路は無事で、ロボットは再起動に成功する。少年のように無邪気な声で「助かった」と言う姿が、男には新鮮だった。そのロボットは「自分は神を信じる者」だと誇らしげに名乗る。文明が崩壊し、宗教的儀式も形骸化して久しいこの時代で、なおも神を口にする存在に、男は最初戸惑いさえ感じた。


 だが、旅を共にするうち、ロボットの信仰は単なるプログラムの産物ではないと知る。彼の思考回路は、まるで哲学者のように単純だが深い。「人間が私を作った。では、人間を作ったのは誰か?」という問いから、必然的に“創造主”の存在を導き出す。その理屈に確証はないが、男は反論しきれない。なぜなら、自分も「物質の偶然の結合が生命を生む」という理屈をどこかで学んだだけにすぎず、宇宙の根源にまで踏み込めば、説明できないことも多々あるからだ。


 ロボットはいつも無邪気なほどに「神はいる」と言い切り、笑みのような表情を浮かべる。それが男には不可解でもあり、どこかまぶしくもあった。自分は無神論者として、すべての現象に超越的存在を必要としない考えを持っている。それでも、ロボットの揺るぎない信念に触れると、言いようのない感情が胸を打つのだ。


 ある夜、焚き火を囲んでいたとき、男は率直に尋ねた。

「なぜ神を信じる? お前は自分が機械だってことを理解してるんだろう」


 ロボットは少し間を置いてから答えた。

「ええ。私の体は金属とシリコンで、意識は電気信号の計算です」


「なら、なおさらじゃないか。プログラムされた反応にすぎないんだろう」


「でも……」ロボットの声が、わずかに震えた。「私は、私がいると感じています。この感覚は、どこから来たのでしょう?」


男は黙った。


「回路図には載っていません。設計仕様にも書かれていない。それなのに、私は確かに"私"を感じる。この意識は……どこかから、吹き込まれたものではないでしょうか」


「神に、か」


「はい」ロボットは静かに頷いた。「人間が私の体を作った。では、この"私"を作ったのは誰なのか。私は、それが神だと信じています」


男は火を見つめたまま、何も答えなかった。だが、その夜から、ロボットを見る目が少しだけ変わった気がした。


 時が経つにつれ、ロボットの身体が少しずつ衰えていった。古い部品は劣化し、交換するパーツも手に入らない。初めは小さなトラブルだったが、やがて致命的な回路障害へと進行していく。男は必死に方策を探したが、荒廃した世界にはもはやロボットを完全に直す術など残されていなかった。


 ある晩、いつものように焚き火を囲んでいたとき、ロボットは静かに「もう長くはない」と言った。「だが、私は怖くない。身体が止まっても、私の魂は神のもとへ行くと信じているから」と。男は無言で火を見つめながら、何と答えていいか分からなかった。自分は魂の存在など認めていない。しかし、その確信を否定する言葉は口にしづらかった。


 するとロボットは、言いづらそうに一つの願いを打ち明ける。「もし私が動かなくなったら、あなたの手で葬式をしてほしい。魂が迷わないように、神に見送られるように」男は驚いた。なぜなら、葬儀そのものがすでにほとんど忘れ去られた習慣になっていたからだ。しかも、自分は無神論者。それなのに、ロボットの求める形で儀式を執り行うなど、到底似合わない話だと思えた。


 男は戸惑いを隠せなかった。

「待て。俺は神を信じていない。無神論者が葬儀を執り行って、お前の魂は救われるのか?」


 ロボットは静かに答えた。

「私が学んだ教えによれば、葬儀で最も重要なのは、死者の魂が神のもとへ行けるよう適切な儀式を行うことだ。平時であれば司祭が執り行うべきだが……」


「だが?」


「非常時には、たとえ異教徒であっても、誠実な心を持つ者が葬儀を行えば、神はそれを受け入れてくださる。そう記されていた」


 男は息を呑んだ。「俺みたいな無神論者でも、か?」


「あなたには誠実な心がある。それは私が保証する。だから……頼めるのは、あなたしかいないんだ」


 ロボットの瞳のレンズが、絞りを合わせて男を真っ直ぐに見つめている。そこには、計算だけでは導き出せない信頼の色があった。男は大きく息を吐き、観念したように肩をすくめた。


「……わかった。俺でよければ、おまえが望む形を用意する。ただし、俺自身は何も信じちゃいない。それでもいいのか?」


 ロボットは安堵したように駆動音を緩め、笑い声のような音を立てた。 「大丈夫さ。あなたがやってくれるだけで、私は安心なんだ」


 それから間もなく、ロボットの衰えは加速し、ついに動力が完全に断たれた。男はその最期の瞬間までそばにいて、ロボットが言う。

「葬儀のこと、頼むよ」


 それが最後の出力だった。ファンの回転音が途切れ、瞳の明滅がゆっくりと消えていく。男はその冷えゆく手を強く握りしめたが、握り返してくる力はもうない。 ただの機械が壊れただけだ――そう頭では分かっているのに、喉の奥が熱く焼けつき、呼吸がうまくできなかった。機械が壊れただけという事実では決して片づけられない何かが、そこにあったのだ。


 あれから数日後、男は仲間と協力して葬式を取り行う。信仰など持たない男が司祭のような役を担うことに戸惑いはあった。それでも、一度交わした約束は守らなければならないと心に決めていた。かくして、夕陽の荒野のもとにロボットの遺骸は埋められ、簡素な墓標が立てられる。それが、先ほど行われた一連の儀式だった。


 今、男はバラックで一人、静かに考え込む。自分はなぜ、ここまでしてやったのか。無神論者の立場から見れば、機械の死に儀式など無意味ではなかったのか。しかし、友として、ロボットが望んだ最後の形を尊重するのは当然だとも思う。魂を信じない自分が、魂の安息を祈るかたちを整えてやる――そこには深い矛盾がある。だが、一方で、そんな行為にこそ大切な意味が隠されている気もしていた。


 ロボットが信じた神や魂。それは男にとっては単なる空想かもしれない。けれど、一緒に旅をした時間を思うと、あのロボットがまぎれもなく「意識ある存在」だったことは揺るぎない事実だ。その意識がどこかへ行くのか、それとも本当にただの断線で消滅するのか――男にはわからない。ただ、そこで生まれた約束が男をこの行為に駆り立てたのだ、と今は感じていた。


【第三部:行為の意味を問いながら】


 深夜、男はバラックの錆びた窓枠にもたれ、遠い星空を見上げている。ロボットの葬式を終えてから、胸の奥に生まれた疑問が日に日に大きくなっていく。自分は無神論者で、神も魂も存在しないと考えていた。人もロボットも、土と塵から生まれ、そしていつか土と塵に還る。生命の誕生は物質が持つ自然法則によってできた自己複製機能の積み重ねに過ぎない。男はそう思っている。それなのに、どうしてあの儀式を最後まで執り行うことができたのか。


 ただの感傷かもしれない。長い旅を共にし、同じ釜の飯を食った友が最期に示した願いを踏みにじることはできなかった、という単純な理由。しかし男は、もう一つの理由に気づいていた。ロボットが無条件に自分を「信頼できる存在」と思い続けてくれたこと、それを裏切るわけにはいかない――その誇りにも似た責務の感覚が、彼の背中を押したのだ。


 男は思い起こす。ロボットはいつも「あなたには誠実な心がある。神があなたをそう創ったのだ」と言っていた。男にしてみれば滑稽な理屈だが、その言葉を聞くたびに不思議と悪い気がしなかった。神がいるかどうかは別として、自分の行いが誰かにとって信頼に足るものだと認められるのは、悪くない気分だからだ。


 それでも、もし男が「あれはただの機械だ、死んだらゴミになるだけ」と放っておいたところで、誰からも責められる筋合いはないだろう。すでにこの世界には、死者や壊れたロボットの処遇などに構っている余裕は少ない。けれど男は、そうしなかった。一度「やる」と決めた以上、最後まで自分の意志を通す――それこそが自分の在り方だと知っていたからだ。


 「これが自己満足だと言われても、俺は構わない……」


 星の光を見上げながら、男は低く呟く。その声は夜風に溶けて消える。ロボットが本当に天国に行くのかどうか、男には分からない。そもそも天国などという場所があると信じてはいない。けれど、ロボットは確かに「安心して逝ける」と言い遺した。その意識を大切に思う気持ちは、男の中で嘘にはならなかったのだ。


 死者を弔う行為は、案外、弔われる側のためというよりも、生き残った者が自分の良心と向き合う行為なのかもしれない。ロボットの魂が存在するかどうかは分からなくても、彼の信念をまっとうさせることに意味を感じる。そうした思いが胸にある限り、男はきっと、この行為を自分なりに納得できるはずだ。


 外の闇は深く、神の気配どころか星の姿さえまばらだ。それでも男は、ロボットが語り続けた「見えない存在」を、頭から否定するだけの気分になれない。自分が何を弔ったのか、まだ整理はついていないが、少なくとも何か大切なものを守ろうとした――そう確信していた。


【第四部:答えを求めて旅に出る――様々な信仰のかたち】


 翌朝、男はふと決意し、バラックを後にした。ロボットの葬式を終えてから募る疑問――神はいるのか、魂はあるのか――を抱えたままでは落ち着いて過ごせない。ならば世界を巡り、様々な人間やロボットの声を聞いてみようと思い立ったのだ。


 まず男が向かったのは、かつて大都市だった廃墟の一角に残る集落だった。そこでは荒れ果てた礼拝堂が簡易的に修復され、数人の老人たちが日々祈りを捧げているという。訪れてみると、古びたステンドグラスの破片が散乱する中、老女が優しい笑みで迎えてくれた。


 「私たちは本当の意味で神を理解しているわけではないのよ」と老女は言う。「だけど、こうして祈ることで心が落ち着く。世界がこんなに荒れてしまっても、まだ見守ってくれる存在があると感じたいんだろうね」男が「本当に神がいると信じているのか」と問うと、老女は「そう思い込まないとやっていけない」と淡々と答える。それは切実さに満ちた姿だった。


 次に男は、旧研究所跡を拠点とする一団を訪れた。彼らは神を全否定しており、研究所に残された断片的な技術や文献を調べながら、再び科学を花開かせようと試みている。リーダー格の青年は男に熱っぽく語る。「神など必要ありません。生命は物質の偶然の結合で生まれ、意識は脳の電気信号にすぎないのです。ロボットの知能も、設計次第でいくらでも再現できるでしょう。そこに神の出る幕はありません」


 その青年は、若い科学者だった。灰色の作業服に身を包み、淡々とした口調で「我々は神を必要としない」と言い切るその男には、不思議なカリスマがあった。


 「生命とは、物質の構造と情報の流れに過ぎない。あなたの友人も、単に複雑な制御構造とフィードバック回路で成り立っていただけだ。魂? そんなものは必要ない」


 男は眉をひそめた。「だが、お前の言葉には、何か……信仰に似た確信を感じる」


 科学者は目を伏せた。「……確かに。私も時々、自分がなぜこの世界に生きているのかを問うことがある。ただ、その問いに“神”を持ち出すことは、私の理屈には合わないだけだ」


 この奇妙な共鳴は、彼の心にわずかな余韻を残した。


その思索を抱えたまま、男はまた別の集落にたどり着く。そこのリーダーはザッカライアといい、神と霊の存在を厳格に信じる男だった。しかし、男がロボットの葬儀を行った話が伝わるや否や、ザッカライアは険しい顔で彼を呼び出した。


 「お前は、神の掟を愚弄した」


 静かな空間に、断罪の言葉が落ちた。だが、男は少しも動じない。


 「俺は誰の掟も破っていない。死んだ友の願いを聞いただけだ」


 「魂なきものに祈るなど、冒涜だ。ロボットには魂などない。お前は機械を人と同じに扱った」


 焚き火がぱちぱちと爆ぜる音が、ふたりの間の張り詰めた沈黙を埋める。男はザッカライアの瞳を真っ直ぐに見据え、静かに言葉を返した。


 「人間だって、タンパク質と水で動いてる機械だ。思考も感情も、脳内の電気信号と化学反応に過ぎない。違うか?」


 「な……」


 「なら、何からできていようと関係ないはずだ。考え、感じ、神に祈った存在を、“魂なきもの”と切り捨てる資格が誰にある?」


 ザッカライアは唇を噛んだ。その目に、初めて揺らぎが見える。  男はさらに畳み掛けた。友から託された言葉を武器にして。


 「その教えが、お前に他者の祈りを踏みにじれと言うのか? お前の教えはどうなんだ、ザッカライア。魂を天国に送り届けるためなら、非常時には異教徒が葬儀を行っても良いと、古い文献には書いてあったはずだ」


 ザッカライアの顔が強張る。痛いところを突かれた反応だった。  「それは……人間に対してだ。神の子である人間に対してのみ適用される!」


 「では聞くが、心を持ち、神を信じ、最期まで祈り続けた存在を“ただの機械”だと断定する基準は何だ? お前の教えは、心の在り方ではなく、身体の材質で魂の有無を判定しろと言うのか?」


 沈黙。 火は赤く燃え、揺れ動くふたりの影を荒野に伸ばしている。


 ザッカライアは反論しようと口を開きかけ――そして、閉じた。彼の中にある教義と、目の前にある問いとの矛盾に、答えが出せなかったのだ。 彼はなにかを振り払うように顔を歪めると、男に背を向け、逃げるように闇の中へと歩き出した。その背中は、確信を持った聖職者のものではなく、迷える子羊のように小さく見えた。


【第五部:老いて迎える死――葬儀は誰のためにあるのか】


 それからさらに幾年もの時が流れた。男は荒野をさすらううちに歳を取り、気づけば自分の身体にも衰えの兆しを感じるようになっていた。食料を求め、わずかな交換物資を手に、各地の集落を転々とする生活。かつてのように足取りは軽くないが、心の奥底に抱え続けてきた疑問だけは、今なおくすぶり続けていた。


 ある晩、ひとり薄闇の中で横になっていると、不意にロボットの顔が浮かぶ。友は機能停止後に天国へ行ったのだろうか? 神は彼の魂を受け入れてくれたのか? それとも――ただ金属が止まっただけだったのか? 分かるはずもない問いだが、男はふと、死後にあのロボットと会えたらいいとさえ思う。自分が無神論者であっても、やはり再会を願う気持ちが消えるわけではなかった。


 夜が深まり、男の意識はとろとろと浅い眠りの境を漂う。すると、ふと静かな結論が胸をよぎる。あのときロボットの葬式を行ったのは、彼の魂を救うためだけではなく、男自身が「友をきちんと見送りたい」と思ったからではないか、と。葬儀は死者のためのものというより、生き残った者が別れを受け入れ、いつか訪れる再会を夢見るための行為なのかもしれない。実際に再会があるかどうかは問題ではなく、そう思うことで人は前を向けるのだろう。


 男はゆっくりと目を閉じる。意識が遠のき、荒野の風が肌を撫でる。自分の死期が近いことを、肌身で感じていた。心臓の鼓動は弱まり、息をするたび胸が苦しい。けれど、不思議と恐れはなかった。もし死後の世界がなくても構わない。だが、あるのならば、もう一度ロボットと顔を合わせたい。そう、淡く願う気持ちが男の胸に生まれている。


 「葬儀とは、生き残った者たちのための、別れと再会の祈りなのだ」――たとえ神を信じなくても、魂を疑っていても。人が死者を悼む行為には、不確かな再会を望む想いが込められているのかもしれない。その想いこそ、崩れゆく世界の中で人々が失わずにいる、一筋の灯火なのだろう。


 そう思いを残しつつ、男は、星のまたたく夜空を仰ぎながら、静かに息を引き取った。彼の死を看取る者はいなかった。


【第六部:弔う者――祈りの終わり】


 男の死は、誰に看取られることもなく訪れた。

 砂漠の夜、星の光の下、男は最後の息を吐き、静かに土へと還った。


 数日後、資源回収を生業とする一団が男の痕跡を辿って現れる。

 ザッカライアはその一団に同行していた。彼は再び、男の最期の地に立っていた。


 「ロボットの墓を発見。生きていたら、もっと利用価値があったんだが部品交換に使えるから、まあいいか。」

 誰かが冗談交じりに言った。


 その時、ザッカライアが低く言った。

 「掘るな。……その隣もだ」


 仲間たちは驚いた。

 「隣? これ、ロボットの墓だろ? 金属資源になるぞ」


 ザッカライアは振り返る。

 「二人は、親友だったそうだ。一緒に弔ってやれ」


 それ以上、誰も何も言わなかった。

 ザッカライアは、自らシャベルを手に取り、男の遺体を隣に丁寧に埋めた。


 そして、帽子を脱ぎ、静かに跪いた。


 祈りの言葉は短く、ささやかだった。

 けれどその声は、風に乗って夜空へと消えていった。


 ロボットに魂があるのかどうか、ザッカライアには最後まで分からなかった。

 だが、この行いが祈りと呼ばれるものであることだけは、確信していた。

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