夏夢譚

老境に入った語り手の男は、ある夏の午後、縁側で風鈴の音を聞いているうちに、かつて過ごしたひと夏の記憶を思い出す。
それは、昭和の末期、彼がまだ地方役場に勤めていた頃のことだった。

向かいの古いアパートの二階に、毎週土曜の午後になると、ひとりの女が窓辺に現れた。名を芙美子と名乗るその女は、言葉少なで、何かを待つように暮らしていた。ある日、氷屋の前で声をかけられたことをきっかけに、ふたりはひと夏をゆっくりと共有するようになる。

寺の境内で揚羽蝶を見つめ、川べりで夜空に咲く花火を仰ぎながら、語り手は次第に芙美子の姿に惹かれていく。だが、彼女はつぶやく――「夢って、どこまで続くんでしょうね」と。
その言葉の通り、花火の翌朝、芙美子は跡形もなく姿を消していた。残されていたのは、小さなノートと、夢の…続きを読む