浮世の季節のこの良き日

うめもも さくら

春夏秋冬、時代も事情も移り変われど、巡り巡る

 春、一人の姫が美しい男のもとにとついでいった。

 不安な姫の心をほぐし、未来におびえる姫の今日こんにちを癒やし、うつむきながら顔をおおう姫の手を優しく取って、もとを歩いた美しい男。

 平穏な日々、二人で微笑ほほえんだ。

 不穏な時世じせい、二人は手を取り合った。

 激動げきどうの時代、二人は死んだ。

 姫はそののち、残された家と家族のために、浮き沈む時代の中、女だてらに駆け抜けたのさ。

 ただ姫君らしい幸福を求めず、美しい男の妻として生き抜いた、最期の瞬間までね。

 美しい男は天下無双などできるはずもなく、戦いの中、その身を散らしたよ。

 ただ戦人いくさびととしてではなく、一人の姫の夫としてちていった、最期まで妻を想いながらね。

 それでも姫は幸せだったよ。

 それでも美しい男は幸せだったさ。

 苦しい日々もあったけれど、二人は、自身の人生が幸福だった、と確固たる自信のもと断言できたもの。

 死する瞬間に悔いは残ったけれど、二人は、悔いが残るほどに幸せなものが多かった、と晴れやかな表情で語ったからね。

 きっと二人は知っていたんだろうね。


――この悔いの先に続いていく幸福みらいがあるとを。


 夏、一人の人間が声だけしか知らない相手に恋をした。

 平安の世でも、声しか知らない相手に恋をすることはあったよ。

 むしろ、平安やら江戸の世の方が多かっただろうね。

 御簾越みすごしの恋、御所車ごしょぐるまへだてた愛、嫁いだ後に初めて顔を合わせる夫婦だって少なくなかったからね。

 時代は巡るってことなのかねぇ。

 令和の時代じゃ、みずかこのんで、声だけしか知らない人間に恋をするって話じゃないか。

 しかも、それが自分の理想から外れると途端とたん、その恋情は増悪に打って変わる。

 勝手に恋をして、勝手にみついで、勝手に理想を押しつけておきながら。

 勝手に恋をするな!貢いだ金と時間を返せ!そんな人だと思わなかったから、もう見ないです!

 そんな聖人君主せいじんくんしゅ(笑)が世の中に溢れかえってるよ。

 あぁ、おろかであわれ……あぁ、いかにも人間らしいね。

 自身の傷は誰かにつけられた被害者のフリ。

 過去の自分が決断した結果、ともなった傷だっていうのにね。

 その傷は本当は成長のかてにできたのに。

 身勝手な持ち主のせいで、道連れのように他者に新たな傷をつくって、いつまで経っても、癒えることはない黒歴史に様変さまがわり。

 悲劇のヒロインは、いつだっているものさ。

 たいていは、かまってちゃん、だけどね。

 ひと相撲ずもうという名のダンスは楽しいものなのかね。

 まぁ、それもその人間が選んだ決断だ。


――せいぜい、閻魔様えんまさまにでも舌を抜かれておいで。


 秋、両思いの片思いをする幼馴染がいた。

 一人は自身を献身的けんしんてきに尽くしてるウェンディ、だと勘違いしているティンカーベル。

 一人は全てを理解していながら、まっすぐにゆがみ続けるピーターパン。

 この二人は、そろいもそろって自分勝手な共依存きょういぞんだって言ってしまえば、夢物語の登場人物に申し訳ないね。

 けれど、これははたから見たぶん

 渦中かちゅうにいる本人たちは真剣だ。

 本当に傷つき、本当に惑い、本当に恋をしている。

 そんな夢物語に水を差して、童話の結末を先に教えてしまうのは罪悪ざいあくだろう。

 大真面目で、一生懸命に恋をしている。

 自分が幸せになるために、必死に手を伸ばしている。

 そんな二人のほうが、としばっかりっただけのあたしより、よっぽど夢があって幸せだろう。


――真剣な二人を、嘲笑わらう権利も立場もない傍観者ぼうかんしゃさえずるのはやめておくよ。


 冬、人生9回目の男が出逢う。

 あの春に出逢った運命の人に。

 もう男は姫ではなかったけれど。

 もう美しい男は変わっていたけれど。

 姫だった男は幸せだろう。

 美しい男だった者は幸せだろう。

 布団の中で見続けた、最初の人生の悲劇のチャプターはもう終わり。

 その愛ゆえの禍事まがことは幸福となり、その約束から生まれたのろいは誓いとなる。

 その果てで、二人はまた夫婦となる。


――ただ、それだけの物語。


 さてさて、ここまでが今回あたしが見てきた人生ものがたりだ。

 どうだい?

 色トリどりの人生ものがたりばかりだろう?

 あんたのお眼鏡にかなう人間はいたかい?

 どうだい?

 切りトリたい人生ものがたりはあるかい?

 あんたの人生ものがたりはどうだい?

 どうだい?


――君は今、幸せ?


――トリかえっこしましょうか?


 あたしは、わらった――

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