偽中華大英傑列伝~王梵編~
影咲シオリ
第1話 王梵伝
「王梵だ。王梵が来たぞ」
瞬く間に市中に知れ渡るその知らせ。
王梵来たる。
王朝は末期の状況、もはや中央政府に中華大陸を治める力はなく、各地に群雄が割拠し、無法者が跋扈する時代。
長江下流域で名をはせた一人の男、王梵。
独立しながらも平和を維持していた地方都市にその男が現れたのだ。
見張りの男はわが目を疑った。
数千頭の軍馬によって引かれているのは、大伽藍。まさに移動宮殿としか表現できない。その周囲をほぼ同数、数千人の騎兵が取り囲んでいた。
王梵軍の兵卒の一人が城壁の外から大声で告げる。
「王梵様の命令だ。市民すべてを広場に集めさせよ」
人々はそれに従うしかなかった。門は開かれ、広場には市中の人間が群れをなし、ただ一人の男の登場を待った。
豪華絢爛な鎧をまとったその男。身の丈は優に2メートルを超える。
その手に握られしは、巨大な青龍偃月刀。
「我は天下の大英傑・王梵であーーる」
男の放つ覇気に人々は頭を地面に擦り付けて土下座するしかなかった。
王梵はおもむろに舞を踊り始める。
青龍偃月刀がまるで本物の龍のように天を舞う。
無骨な男が舞うその姿は意外にも美しくあった。
しかし、その体から放たれる覇気は突風と化し、市内の建物を次々と破壊していく。
「ははぁ。お静まりを、お静まりを」
市中から黄金や食料その他あらゆる貢物が集められる。
王梵は冷たい眼差しでただそれらを見下ろしていた。
部下たちは貢物をせっせと大伽藍の中へと運び込む。
「まだ、舞が足りぬか」
その言葉に市民は絶望した。
その時、一人の見目麗しい踊り子が立ち上がり、王梵の前に歩み出た。
「さすがは天下無双の大豪傑である王梵様であります。しかし、私も舞に関して少々誇るところがございます。どうでしょう、私と勝負をしてはいただけませんか?」
「ほう、勝負とな」
「私には王梵様の望むものが分かります。貴方が勝てばそれを与えましょう。ただし、私が勝てば貢物をすべて返していただきたい」
「承知。我に二言なし」
王梵と踊り子は、相対し舞を披露した。性質は違えども、甲乙つけがたき美しさ。それだけではない。踊り子は王梵の生み出す突風を巧みに相殺し、街への被害を防いだ。互いの技は拮抗し、10分、20分と時がたつ。
永遠と思える時間が過ぎ、とうとう勝負は終わりの時を迎えた。
「嗚呼」
踊り子はいよいよ力尽き、地面に倒れ伏した。
「よい暇つぶしになった。さて、その方の言葉に偽りのあるやなしや、確かめさせてもらおうか」
「王梵様。あなたほどの天下無双のものが、なぜ人々の前で舞を舞うのか。それが答えであります」
王梵は眉を上げ、あからさまに動揺している。
「実は私は踊り子であると同時に、盗人でもあるのです。大英傑・王梵の大伽藍、その最深部の寝室まで私は忍び込みました。そこで私は見てしまったのです」
一同唾をのむ
「一度も使用されていない、黄金の布団を、でございます」
王梵は怒りでその顔を真っ赤に染め上げていた。
「私は理解しました。王梵様の舞い、それは求愛のダンスであると」
どよめく群衆と王梵の兵士たち。
王梵は青龍偃月刀を振り下ろす。
だが、首の皮一枚で、刃は動きを止める。
「ぐぬぬぬぬ」
王梵、見た目ゆえに粗野な人間とも思われがちだが、天下の英雄。
怒りに任せて女を斬ったとあらば、末代の恥。
「盗人は処刑するのが法ではあるが、その舞に免じて一度は許そう」
「いえ、お待ちください。私は王梵様の望むものを与えると申しました」
踊り子は立ち上がり、言葉をつづけた。
「王梵様の舞いはまさに天下無双の舞い。しかしそれ故に孤高。誰かと並び立つことはできません」
王梵は真剣なまなざしで娘を見つめる。
「王梵様にふさわしい女性を見つけたいのであれば、必要なのは天下無双の舞いではありません。ペア・ダンスです」
「ペア・ダンスとな」
「はい」
王梵はすべてを理解した。己の行いを振り返り、恥じた。
そうか、自分が目指すべきものはそれであったか
「シャル・ウィ・ダンス?」
「ええ、喜んで」
こうして市内の人々を巻き込んだ、大宴会が始まった。
この日、市民も兵もなかった。
互いの手を取り、わだかまりを忘れて踊り明かした。
「女よ、わが妃になってはくれぬか」
踊り子はここで取り出したる黄金のイエス/ノー・マクラ。
「NOです!」
滔々と東する水果てしなく、長江に消えし英雄数知れず
栄華を極めた王梵もやがては滅びゆく運命である
今ではその名を知るものも少ない
偽中華大英傑列伝~王梵編~ 影咲シオリ @shiwori_world_end
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