転生詐欺 ~俺とエルフ未亡人~

黒澤 主計

俺が、本物のフィルなら良かったのにな

 何度も何度も繰り返し、同じ夢を見る。


「うん。悪くないな」

 ニヤっと、口元が自然と緩んでくる。


 このフレーズ。良く出来てる。『同じ夢を繰り返し見続ける』って話。それでだんだん『俺』が何者なのかって気づいた。


 こういう風にすれば、きっと『あの婆さん』もコロリと騙されてくれるはず。

 ようやく、貧乏ともオサラバできそうだ。





 いい商売を思いついた。

 この世界ならではの、楽に金を稼げる方法。


「悪くないな」

 墓石を見下ろし、俺は計画を反芻する。


 この数年はずっと、墓地での清掃みたいな仕事を続けてきた。雑草をむしったり、鳥などが来て墓石を汚すことがあったら水洗いをしたり。

 そうやって小金を稼ぐだけの毎日を送り、さすがに辟易としていた。


 でも、そんな中で最高のアイデアが舞い降りた。

 全ては、この墓石を見つけたおかげだ。


『フィル』と名前の刻まれた墓。


 生没年を見る限り、葬られているのは六十二歳で死んだ男。


(俺にはさ、前世の記憶ってものがあって)


 これまでに何人か、酒の席などで語ってくる奴がいた。

 死ぬ前の自分はどんな人間だったか。生前の名前とか、一緒に暮らしていた家族の名前とか。そういうのをはっきり覚えているという。


 どうやら、それがこの世界での『普通』らしい。

『転生』っていうものがあって、前世の記憶を持つ奴がゴロゴロいる。


 こいつを利用すれば、きっと人生を逆転できる。





 ロズリーヌ。

 それが、今から会う老婆の名前。


 二十五年前、ロズリーヌは『フィル』という名の夫を亡くした。それからはずっと一人暮らしを続けていて、村の外れの一軒屋で寂しく過ごしているという。

 年齢はおそらく九十前後。そのくらいの年齢ならば、記憶だって曖昧なはず。


 だとしたら、付け入る隙がある。


 現在の俺の年齢も、ちょうど『二十五歳』。ロズリーヌの夫が死んだ年に生まれている。

 偶然にも、名前だって同じ『フィル』だ。


 だから、これから名乗り出てやればいい。

 俺が、あんたの死んだ夫だってな。


 ロズリーヌという婆さんは、きっと大喜びで俺を迎える。そして俺は相手に取り入り、貯め込んだ財産を合法的に手に入れられるという寸法だ。


 計画を練ってすぐ、ロズリーヌの住む一軒家へと向かっていった。


 夕暮れの時間に戸を叩き、「なんだい?」と声が返るのを聞く。


 戸口に出てきたのは、痩せ細った白髪の老婆だった。相手は俺が立っているのを見ると、皺だらけの顔を怪訝そうに歪めてみせた。


「ロズリーヌ。俺だよ、わかるか?」

 用意した一言を、俺はすぐに放ってやる。


「いきなりで驚くかもしれない。でも、今日やっと思い出したんだ。俺が、かつて君の夫だったこと。俺は、フィルの生まれ変わりなんだ」

 心底懐かしむように、情感を込めて訴えてやる。


「なあ、中に入れてくれないか?」

 考える暇なんて与えない。距離を詰め、老婆の家に入ろうとする。


 軽く身じろぎをし、ロズリーヌは無言で脇によける。俺はゆっくりと中に入っていき、「懐かしいな」と呟いてみせた。


「本当に、あなたなのね」

 老婆は消え入りそうな声を出し、しみじみと俺を見る。


「ああ、そうさ」


 答えてやると、彼女は深々と溜め息をついた。


「まったく、本当に戻ってくるなんて」


 そう言うなり、老婆は自分の顔に手を当てる。

 その直後に、全身が光ったように見えた。


「へ?」と俺は目を丸くする。


 皺だらけの老婆は姿を消し、スラリとした細見の女が出現する。


 透き通るような長い金髪と、染み一つない白い肌。

 そして、長く尖った形の耳。


「フィル。本当にあなたなのね?」


 美しいエルフの女へと姿を変え、ロズリーヌは微笑んでみせた。





 これはどう見ても、計画を間違った。


 年の行った婆さんだったら、頭も大分ぼんやりしている。適当に話を重ねていけば、夫の生まれ変わりだと騙せるはずだと。


 だが、ロズリーヌはエルフだった。


 人間で言えば、まだ二十代くらいの外見でしかない。この種族は長命なのが当たり前で、千年近くは生きるとされている。


「少しだけでも、あなたと同じ時を歩んでいたくて。ああして外に出る時だけは、歳を取った姿になっていたの」


 その日の内に、種明かしも行われる。

 近隣の人間から得た情報では、たしかに老婆が一人暮らしをしているとなっていた。だが、それはロズリーヌが一時的に姿を変えていたものに過ぎなかった。


 正直これは、まずい事態だ。

 エルフ族は知能も高い。魔法の力まで持っている。俺が適当な嘘をついても、きっとすぐに見抜かれる。


「とりあえず、ゆっくりしていって。ここは、あなたの家なんだから」

 だが、敵意はまったく感じなかった。

 ロズリーヌは、あっさりと俺を受け入れた。


 こいつの真意はなんなのだろう。


「仕事は今、どうしてるの? ウチには貯金もまあまああるけど、さすがに穀潰しの夫は嫌だからね」

 翌朝になると身元を聞かれる。


「手が空いてるなら手伝って。戻ってきたなら、庭仕事くらいやってよね」

 納屋の方を指差し、農具を持ってくるよう指示をした。


 なんなんだろうな、と思わずにいられない。

 俺が本当は偽者だって、本心では気づいているのか。


 でも、エルフとしての余裕だとかで、人間の浅知恵を笑っているのかもしれない。そうして適当にこき使ってやろうと腹の中では思っているのか。


「今日は、たくさん作ったから。あなたの好きだったジャガイモのスープ」


 そうかと思うと、甲斐甲斐しく家事をこなす。庭仕事を終えて戻ると、風呂もしっかりと湧かされていたし、寝室のベッドも綺麗にシーツが整えられていた。


 本当に、なんのつもりなんだろう。





 逃げるべきだ、と頭ではわかっている。

 長くいれば確実にボロが出る。


「フィル。その服、袖のところがほつれてる」


 しかし、彼女に引き止められてしまう。

 服を脱ぐように言われ、すぐに針と糸とで丁寧にほつれを修復される。


「あなたって本当に、こういうところがズボラなんだから」

 そう言って、にっこりと目を細めた。


 そんな彼女の顔を見ると、ついつい思ってしまう。

 もう一日くらい、ここにいてもいいんじゃないか。


 そして、出来れば問いかけたい。

 ロズリーヌの笑顔を見る度、感じずにいられないことがあった。


 どうして君は、そんなに寂しそうに笑うのか。





「今日は、市場に珍しい果物が入るみたい。甘いものとかは、あなたは好きじゃなかったと思うけど」

 変身はせず、ローブで顔を隠して出かけようとする。


 そしてまた、彼女は静かに微笑む。


 わずかに目を潤ませて。でも、そんなものを押し隠すように精一杯に笑顔を作って、明るく振る舞おうとする。


 心の中に、一体何を抱えているのか。


 本当に、俺を死んだ夫だと思っているのか。それとも気づかない振りをして、ただ寂しさを紛らわせようとしているだけなのか。


 気がつけば、いつも彼女のことを考えていた。





 俺は間違ってしまったのか。

 転生詐欺なんて、やるべきじゃなかった。


 ロズリーヌは死んだ夫を心から愛している。それを失った寂しさに堪えていた。そこに付け入ろうとするなんて、絶対にしてはいけないことだった。


 何を今更、と自分自身の甘さに笑えてくる。


 でも、どうにか償いたかった。

 彼女の心を踏みにじったこと。ぬか喜びをさせたこと。


「俺が、本物のフィルだったら良かったのにな」


 そうすれば、彼女に寂しい顔をさせずに済んだかもしれない。

 ロズリーヌを幸せにして、心から笑わせてやれたんじゃないのか。





 傍にいたい。

 いつの間にか、そう思うようになっていた。


 死んだフィルの代わりにはなれない。でも、寂しそうなあの笑顔を見ていたら、どうしても彼女を一人には出来なかった。


「ロズリーヌ。君とずっと一緒にいたい」

 ある夜に、衝動的にそう口にした。


「どうしたの? 急に」

 ロズリーヌは不思議そうに微笑み、また寂しそうな目をしてみせる。


 その表情を見ていたら、胸の中が熱くなった。


「もう一度、誓いの儀式をしないか? 今の俺は、昔とは別人なんだ。だから、改めて君と夫婦になりたい」


 もう、嘘かどうかなんて関係ない。

 彼女がとても大切で、彼女の寂しさを癒したい。


 ロズリーヌと離れて生きることなんて、もう想像もしたくなかった。





 それからの日々はずっと、夫婦として共に暮らした。


 少しずつだけれど、ロズリーヌの表情が柔らかくなる。あの寂しそうな目をする回数は減り、心から笑ってくれていると感じられる瞬間が増えた。


 良かった、とその度に何度も胸の奥が満たされる。


 でも、俺たちは人間とエルフ。寿命の長さに違いがある。

 彼女はいつまでも若々しい。


 それに対し、俺はどんどん歳を取っていく。


 五年が十年になり、二十年や三十年と時を経ると、違いが明確になってきた。


 ロズリーヌは出会った時と変わらないまま、美しい娘の姿をしている。

 一方で俺は、動く度に腰やら膝やらに痛みが走る。


 そんな俺を嫌がることなく、ロズリーヌは変わらず妻として接してくれた。





 やがて、俺の年齢は八十を越えた。

 かつてのフィルよりも、十八年は長く生きることが出来た。その分だけ、彼女を一人にせずに済んだことになる。


 でも、もう体が動かない。


「すまない、ロズリーヌ」


 手の平に、彼女の手の感触を覚える。優しく包み込まれているとわかった。


 ああ、またあの顔だ。

 寂しそうな笑顔。自分の気持ちを押し隠すように、精一杯に明るく振る舞う。


 幸せにしたいと願っていた。一人にさせたくないと思っていた。


 だけどまた、悲しい想いをさせてしまった。


「きっと、また」


 どうにか、その言葉だけを口にできた。


 ここで命が消えたって、きっと君の元に戻ってくる。

 絶対に、君を一人になんかさせない。





「ごめんなさい。フィル」


 ゆっくりと、彼の体温が消えていく。

 夫の手を握りしめ、私はただ謝罪だけを口にする。


「また、あなたの人生を使わせてしまった。私なんかのために、あなたはずっと悩んで」


 今度はただ、彼の死を看取ることしか出来なかった。


 もう、自由になって欲しいのに。

 それなのにまた、彼の優しさに甘えてしまった。


(すまない。ロズリーヌ)


 かつても、彼は最期にそう口にした。


 その時になって、彼をずっと苦しめていたのだと理解した。寿命の違う私のために、彼が悩み続けていたこと。私を一人にしてしまうと心配し、老いる自分を嫌っていたこと。


 だから、解放しようと思った。

 生まれ変わってもまた、私のために苦しまなくていいように。


 そして、魔法を使った。


 彼の命が終わる前に、記憶を全て消去した。


「それなのに、あなたは戻ってきてしまった」


 姿を見た瞬間に、あなただと気づいた。


 記憶がなくなっていても、あなたは私を探し当てた。理由なんか関係なしに、ずっと私を気にかけて、私の傍にいようとした。


(君を愛している。君とずっと一緒にいたい)


 以前のあなたも、そんな言葉を私にくれた。

 ひょうきんで、優しくて、変に真面目すぎる人。


 今でもはっきりと、あなたの微笑む顔が思い出せる。


(絶対に、君を一人になんかさせない)


(了)

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