Turning into tears

葉方萌生

第1話

 雨が、止まなかった。

 11月になっても、先月の中旬ぐらいからずっと降り続いていて、朝は冷え込むし、洗濯物もそろそろ日差しを浴びたいと泣いている。

 そして私も、止まない雨にのまれるように、ここ最近はずっと憂鬱な気持ちでいた。

 部屋のカーテンを開けて外の様子を見ると、今日はいつもに増して激しい雨が道路を跳ねて、どんよりとした重たい空気を漂わせている。


 つい、いつもの癖で徐にスマホの画面を開く。


 LINEの通知が相変わらず「0」なのを確認して溜息をつく。念のため、「木戸隆きどたかし」とのチャットを開いてみるが、3日前に送ったメッセージは未だ「既読」がついていない。


「何なのよ……」


 音沙汰のないメッセージ一覧をぼんやりと見つめては、スマホを握りしめたままベッドに身体をうずめた。

 不安な気持ちと、焦りと、それから「彼は忙しいから仕方ない」という諦めにも似た思いがない交ぜになって、気持ちが悪い。あれこれ考えるのに疲れてしまい、いつのまにか眠っていた。



 ブッブー、ブー 


「ん……」


 不意に、マナーモードにしていた電話のバイブレーション音がして、はたと目を覚ます。時計を見ると午後9時7分。どうやら3時間も眠っていたようだ。窓の外からはまだ雨の降りしきる音が聞こえている。

 握りしめたままだったスマホの画面を見て、あっと息を呑んだ。

 表示された名前は、恋焦がれていた彼のものだった。

 ドキドキとした動悸が、脈打つように激しくなる。

 恐る恐る通話ボタンを押して、痛いぐらいにスマホを耳に押し当てた。


「もしもし」


『……もしもし、沙雪?』


 電話の相手は紛れもなく、彼だった。


『あのさ……実は話したいことがある』


「……うん」


 分かってる。最近の彼の様子や、“話したいことがある”という台詞から、彼が今から何を言おうとしているのか。シュンっと脳に電流が走ったみたいに、十分すぎるくらい、分かってしまった。


『俺たち、別れよう』


 予想してはいたものの、実際にその言葉を突きつけられると、胸に重しがのしかかるように苦しい。それなのに、私はなぜか彼にすがる気にはなれなかった。

 スマホを耳から離し、一人放心状態になって、数十分前と同じようにベッドに身を沈めた。

 雨はまだ、降り続いていた。




 翌朝目を覚ますと、昨晩の出来事が生々しい痛みと共に襲い掛かって来て吐きそうになる。

 力なくカーテンを開けると、昨日までの雨とはうって変わって、今日は雲一つない快晴だった。まったく皮肉な天気だ。これじゃ、落ちる涙を雨で流すこともできない。


「ははっ……」


 神様っていじわるね。きっと傷ついた私のことを見て、“バカみたい”って笑ってるんだ。

 それから気づいたことが一つだけある。


「本当に辛い時って、案外泣けないのね」




 

 あれから1か月が過ぎ、12月になった。

 彼に振られてから、ずっと晴れの日が続いている。そんな気持ちの良い天気のおかげか、私はあの日から一度も泣いていない。

 今日は久しぶりに街へ出かけてショッピングをする予定だ。いつまでも立ち止まってくよくよしてたら時間がもったいないものね。

 そう言い聞かせて街まで歩いた。

 街はすっかりクリスマスムードが漂っていて、一人で歩くには少しばかり気が引けた。


「わ、このコート可愛い」


 とある店のショーウィンドウに飾られたベージュのコートが目に止まる。立ち止まってふと看板を見ると、そこは一年前に彼と一緒に訪れた店だった。


「……まあ、こういうこともあるよね」


 一度思い出してしまうと、胸にじわりと広がってゆく痛み。

 私はショーウィンドウに映る自分の姿を見た。この1か月、強がって振られたことなんて気にも留めていないかのように前向きな姿勢でいたはずなのに、そこに映る自分はひどく弱々しかった。気づかないうちに顎や二の腕の余計な肉が削げ落ちて、痩せこけている。痩せられるのは嬉しいけれど、心がずっと、満たされない。

 “知らない自分”を見つめながら、もう一つ、ショーウィンドウに映っていたものに視線を這わせる。ひゅっと風が吹いて、彼と別れる前から手入れのできていない髪の毛が頬に張り付いた。


「雪……」

 

 今年初めての雪が、ちらちらと舞い降りていた。

 こういうの、風花かざばなっていうんだっけ。

 晴れているのに、まばらに降って来る雪。

 肌に触れるとちょっと冷たくて、心に染みるようで……。

 

 気がつくと涙が頬を伝っていた。

 大切な人を失ってから初めての涙。


「美容室に、行こう」


 それから、美味しいものをたくさん食べよう。

 今より太ってしまうかもしれないけど、不健康な見た目をしているよりずっといい。


「またね。大好きだったよ」


 ショーウィンドウに映る風花が、私の心を溶かしていった。

                                     



FIN


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