仁義なきフェアリーテール
真野てん
第1話
瘴気漂う、深き森にたたずむ名もなき監獄。
この日、ひとりの
巨大な鉄格子が軋りをあげて重々しく開き、まるで刑務作業のように感慨もなくその男を娑婆へと吐き出すと、すぐさま元の位置へと戻っていった。
監獄前にひとり残された男は、数年ぶりとなる娑婆の空気を肺の底まで吸い込むと「相変わらず瘴気が不味い……」とつぶやいた。
身にまとう上下揃いの白スーツは収監前に着ていた私物である。
すこしブカついているように感じた。
どうやら服役中の激務に加え、最低限の栄養価しか保証されない獄中の食事では、かつての体型は維持できなかったと見える。
それをしてまたこの偉丈夫は「ダイエットにはちょうど良かったか」とうそぶくのだ。
しかしながら彼の背中には、虹色に輝く大振りの羽根が四枚。
眼光は鋭く、とてもたった今、刑期を終えたばかりの服役囚とは思えないほどに、その身の内側からあふれ出るほどの生命力にみなぎっている。
やがて男は、ふと世話になった監獄に小さく頭を下げると、新たな旅路への一歩を刻もうと長い脚を踏み出したのだった。
「ヒロノゥの兄貴!」
森の奥から自分を呼ぶ声が聞こえる。
誰かと振り向けば、そこには見知った顔が。最後に会ってから数年が経過したこともあり、一瞬誰か分からなかったのも本音だ。
「……マサか」
「はい。ご無沙汰しております。お勤めごくろうさんでした」
マサと呼ばれた妖精は、男を――ヒロノゥを「兄貴」と呼び慕い、深々と頭を下げる。
羽根の輝きはややくすんではいるものの、恰幅が良く、ヒロノゥよりも仕立てのいいスーツを着込んでいた。イモムシのようにずんぐりとした指には、いくつもの指輪がはまっている。
「車が用意してあります。ささ、遠慮せんと乗ってくんさいや」
案内されたのは二頭立ての
馬車はふたりを乗せて走り出す。
ガタゴトとした最悪の乗り心地だが、それもまたヒロノゥにとっては懐かしい。しかしマサの表情は冴えない。数年ぶりの再会だというのに会話もそれほど弾まない。
「……ずいぶんと羽振りがええようじゃの」
気を使ったヒロノゥは自分から口を開いた。
マサのくすんだ羽根を揶揄したのではなく、彼の懐具合を確認したのである。
「そ、そうですねっ。最近の妖精界は景気がええもんですけぇ、どこもそんなもんです。あ、兄貴ならすぐこれくらいは稼げまさぁ!」
「ほぉ。そんなに景気がええもんか。なにせ数年は娑婆の情報がないけぇ」
「まず人間のメスガキをカタにハメて、魔法少女っちゅう生物兵器に沈めます。そんならに
「まほうしょうじょ? ほぉん。いまはそういうシノギがあるんじゃの」
「へぇ。グッズ販売なんかも好調で――」
「マサ」
「は、はい……」
「ぬしゃあ、さっきから何をビクビクしとるんよ。なにを俺に隠しちょる」
「あ……」
さっきまで饒舌だったマサが再び貝のように口を閉ざす。
そしてヒロノゥが放つ、圧倒的な気迫に押されながらも、彼は何度か胸の内を言葉にしようと試みた。
険しい表情をしながらもそれを待つヒロノゥの優しさを感じてか、マサはいつしか顔をぐしゃぐしゃにして泣いていた。
「ず、ずみばせん、あじき……おれ、おれ……」
「なんなら、怒らんから言うてみぃや」
「おれ……おれぇ……姐さんとの間にこ、子供をつくっちまって……」
さすがのヒロノゥも絶句した。
かわいい弟分に子供が出来た。これ自体は喜ばしいことだ。しかしその相手がまさか自分の情婦だった
「すまねぇ! すまねぇ兄貴! おれはとんでもねえ、裏切りを!」
ふたりしかいない馬車のなかで、マサは大きな体を震わせて泣き叫んでいる。
まるで子供のようなぐずりようだ。
そのとき彼の懐からポロリと、小さなぬいぐるみが零れ落ちた。それはマサを妖精が持つイメージで最大化したファンシーなものだった。
ヒロノゥはそのぬいぐるみを拾い上げ、優しく語り掛ける。
「最近はこんなが流行っちょるのかよ」
「あ、兄貴……」
「お前の子供にも、たくさん買ってやらにゃいけんの」
「そ、それって、ゆ、許してくれるんですかっ」
「俺は監獄に入るまえに言うたぞ。マサ、お前にすべてを任せると。あんなもお前の必死さに惚れたんじゃろ。許すも許さんもないやないか」
「あ、兄貴ぃ……」
ヒロノゥはようやくかわいい弟分の笑顔を見た。
やっと娑婆の空気が吸えた――。
ファンシーなマサのぬいぐるみを見つめ、そんなことを感じている。
【予告編・仁義なきフェアリーテール 妖精大戦争】
「
ヒロノゥに迫る危機!
「往生せいやぁ、ヒロノゥ!」
「兄貴! 兄貴、逃げてください!」
「あんたぁ、あんたぁ~~~~~!」
新興勢力との戦いに明け暮れる古い妖精たちの生き様。
一体、誰が生き残るのか――。
「親分さん……わしゃぁ、スジを通しとるだけですけぇ……」
ヒロノゥが放つ
仁義なきフェアリーテール 真野てん @heberex
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