憧れの家

井澤文明

第1話

「この家、素敵ですよね。ずっと憧れてるんです」


 そう語るのは、██県██市の住宅街に住む主婦Aさん(38)。

 彼女が言う「憧れの家」は、閑静な住宅街の一角に佇む白壁の一軒家だ。手入れの行き届いた庭に大きな窓が特徴的で、通りかかる人々の目を引く。

 だが、その家にはある異変が付きまとっている。過去十数年間、この家に住んだ者は全員行方不明になっているのだ。


 この家が最後に売りに出されたのは約15年前。

 当時、新婚の夫婦が購入し、静かに新生活を始めた。しかし、半年も経たないうちに夫妻は忽然と姿を消した。玄関の鍵はかかったまま、荷物も家具もそのまま。だが、夫妻の姿はどこにもなかった。


 警察の捜査も行われたが、事件性は見当たらず、結局「自主的な失踪」として処理された。しかし、不可解な点は多い。銀行口座はその日を境に一切動かされておらず、近隣住民の証言では「前日まで普段通りの様子だった」とのことだった。その後も、この家には何度か新たな住人が入ったが、いずれも半年以内に行方不明となっている。


 また7年前、都内から越してきた30代の女性もこの家に住んでいた。社交的な性格で、近隣住民ともよく交流していたという。しかし、引っ越してから3ヶ月が過ぎた頃から、彼女の様子は変わり始めた。

「夕方になると、いつも窓辺に座って外を見ているんです。こちらが手を振ると、微笑みながら頷く。でも、なんだか心ここにあらずという感じでした」(近隣住民・Bさん)


 そんなある日、彼女はぽつりとこう漏らしたという。

「もうすぐ私も、家に受け入れられるんです」

 その数日後、彼女は忽然と姿を消した。部屋にはまだ食べかけの朝食が残され、テレビもつけっぱなしだった。捜索願が出されたが、現在に至るまで手がかりは見つかっていない。


 この家の奇妙な現象は、住人の失踪だけではない。

 誰も住んでいないはずの家の窓辺に、人影が映ることがあるのだ。

「夕方、ふと家を見ると、カーテンの向こうに誰かが立っている。でも、この家はもう何年も無人のはずですよね?」(近隣住民・Cさん)


 この現象に興味を持った心霊研究家のD氏が、無許可で家の前に定点カメラを設置したのは5年前のことだった。

 彼は「この家には何かある」と興奮気味に語っていたが、その翌日、彼自身が行方不明となった。D氏の遺したカメラには、以下のような映像が残されていた。


 午前1時頃、カメラの画角内にぼんやりとした人影が映る。

 午前2時、玄関のドアがゆっくりと開き、暗闇の奥から何者かが覗いているように見える。

 午前3時、カメラが突然倒れ、ノイズ音が響く。画面が乱れる中、「無数の目」がこちらをじっと見つめるような映像が映し出される。その直後、小さな囁き声が聞こえる。


「もっと……住んでほしい」


 D氏の失踪以降、この家には誰も近づかなくなった。現在も売り出されることなく、時間だけが過ぎている。

 だが、不思議なことに、この家に対する人々の反応は変わらない。


「ここ、素敵な家ですよね。住んでみたいなって思うんです」


 この言葉は、過去に住人が消えたことを知る人々の口からも漏れるという。まるで、この家そのものが「憧れ」を呼び起こしているかのように。

 次にこの家の扉を開けるのは、果たして誰なのだろうか。

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憧れの家 井澤文明 @neko_ramen

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