憧れの人と結婚しましたが夫は離縁を望んでいるようです

矢口愛留


 私は、憧れていた人と結婚した。なのに。


「私は君を抱かない。すまなかった、スピカ」


 夫となったアークからそう言われた時、私の頭は真っ白になった。

 結婚初夜、ベッドの上に座り、固まる私。私に近づこうともせず、目を逸らしたまま告げる夫――。


「なぜですか……?」

「私は、君の夫として相応しくない。けれど、君と私との政略結婚はどうしても避けられなかった。……三年経ったら、離縁しよう」


 この国では、三年間、白い結婚を貫けば離縁が成立する。私は何か言おうと思うものの、口がはくはくと動くだけで、声にならない。


 引き留めもできず、私は彼が部屋から出て行くのを、眺めることしかできなかった。



 私には、デネという名の幼馴染みがいる。

 私がアークと出会ったきっかけも、デネだった。

 デネは騎士の家系で、騎士団の親善試合を観戦した際に出会ったのが、アークだった。


 アークは、国境に面した地を治める、トゥールズ辺境伯家の嫡男だ。

 辺境の地は、王国の防衛を一手に担っている。中には危険な仕事もある。そのため、トゥールズ辺境伯家の男児は武芸を磨く必要があり、騎士団に数年間、在籍することになっていた。


 アークとデネは、四つに分けられたトーナメントのひとつで、決勝まで勝ち進んだ。決勝戦を制したのは、デネだった。


「準決勝進出おめでとう、デネ」

「ああ、スピカ、見に来てくれたんだな。アーク、紹介するよ――」


 タイミングを見計らってデネに声をかけた私は、アークを紹介してもらった。

 鎧と兜を脱いだアークは、美丈夫だった。引き締まった体躯。彫刻のような美貌。見つめるのもはばかられる、芸術品のような容姿だった。

 私は、一瞬で恋に落ちた。彼に一目惚れをしたのだ。


「よろしく」

「よ、よろしくお願いいたします」


 挨拶を交わした後、私は恥ずかしくて、アークからさっと目を逸らした。彼の視線が私に向いていることに気づいてはいたが、私は、デネの方へ顔を向け、話に花を咲かせたのだった。



 しばらくして、私の嫁ぎ先がトゥールズ辺境伯家に決まったと言われた時には、驚いた。派閥の結束を固めるための、政略結婚だそうだ。

 私がアークと顔見知りであったため、顔合わせも婚約期間も最小限に、私は辺境伯家へ嫁いでいくことになった。

 政略結婚とはいえ、憧れの彼と結婚できることになった私は、喜んで辺境伯領へ向かったのである。


 なのに。

 私に待っていたのは、白い結婚だった。


 アークには、想い人がいるのだろうか。私はいつもデネの陰に隠れて、ろくに話したこともなかったのだ。私などと結婚させられて、さぞ迷惑だったことだろう。



 そうして思い悩む日々を送る私のもとに、ある日、デネが来訪した。


「よう、スピカ。久しぶり」

「ええ。デネも変わりなさそうね」


 私がデネと挨拶を交わすのを、夫は何も言わずじっと待っていた。私は無言の圧を感じて、一歩下がる。


「あの、お話があるのでしたら、私は退出しますわ」

「いや、いい。むしろ私の方こそ邪魔だろう。せっかくだから、君もデネと二人で過ごしたいのではないか?」

「いや、ちょっと待てよ」


 使用人を伴って部屋から出て行こうとするアークを制したのは、デネだった。


「幼馴染みとはいえ、夫人が男と二人になるのはまずいだろ」

「お前はそのために来たのではないのか?」

「は? どういう意味?」


 今日は結婚祝い渡しに来たんだけど、と手に持っていた包みをテーブルに置き、デネは続ける。


「お前ら、互いに一目惚れで好き合ってたろ? せっかく俺が取り持って、結婚の話を互いの家に持ってったのに、うまくいってないのか?」


「「え?」」


 お節介だったか、と頭を掻くデネを挟んで、私はアークと目を見合わせる。アークは私と同じように、瞠目していた。


「君が、私に、惚れていた……?」

「だって、貴方、私を抱かないって……?」



 デネが帰った後。

 私たちは、腰を据えて話し合った。


 アークは、私が彼に目もくれず、デネばかり見ていたから、デネを好きなのだと思っていたらしい。自分が身を引いて離縁したら、今度こそデネと結ばれると考えていたようだ。


「貴方は私の前ではいつも無言で、眉間に皺を寄せていたから……嫌われているのかと思っていました」

「それは、デネと話す君がいつも楽しそうで……、すまない、正直、嫉妬していた。君こそ、私の方を見向きもしなかっただろう」

「そ、それは、貴方の容姿が好みすぎて、直視できなくて」


 アークは耳を赤くして、好み、と小さい声で繰り返す。


「……と、言うことは……君はデネを愛していたわけではないんだな?」

「はい、まったく。それで……貴方は……」

「私が愛しているのは、ただ一人、君だけだ」


 憧れの人で、白い結婚の夫で。

 けれど私は、今も昔もずっと好いている人。


 そんな彼の好きな人は、どうやら私だったらしい。

 こうして、私たちの誤解は解けたのだった。


 私たちのもとに、コウノトリの降臨する日が来るのも、そう遠くない未来のことだろう。

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憧れの人と結婚しましたが夫は離縁を望んでいるようです 矢口愛留 @ido_yaguchi

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