「作品を捧げよ!」

古博かん

KAC20251 ひなまつり

「ピヨ」

「ぴよぴよ」

「Pipiyo piyo」


 二〇二五年三月三日は、昼から大変な騒ぎとなった。

 なぜなら、突然、空から大量のピヨたちが降ってきたからだ。


 気象庁もどうしたものかと頭を抱えているに違いない、すごくすごいざっくりとした「今後のゲリラピヨに十分にご注意ください」という、何をどう注意したら良いのか分からない迷予報をSNS速報で流したくらいだ。

 今後予定されている記者会見も、ぐだぐだになる予感しかしない。


 日本国内そこらじゅうにピヨたちが落ちてきて、路上も田畑も庭先にも溢れかえっている。

 踏むなと言われても無理な状況だが、誤って踏むととてつもない罪悪感に苛まれ、目の前で縦横無尽に歩き回るピヨの体積に対して大きすぎるグレーチングの溝に、次々と吸い込まれていくピヨたちを、慌てて救出に走る消防隊員たちと地元の青年団がパニックになりながら、虫取り網をひっきりなしに側溝に振り下ろしては、大量のピヨたちを十把一絡ジッパヒトカラげに掬い上げていく。


 中には、野良お猫様や御野犬様、各種御野鳥様々にそっと咥えられて拉致されるピヨたちも続出し、日常が音を立てて崩れていく光景を目の当たりにした人々の恐怖は黄昏と共にピークに達した。


 夜になっても、悪夢のようにピヨたちが降ってくる。

 積もり積もって窓の外でピヨ、ぴよぴよ、Pipiyo piyoと鳴き続けている。

 午後七時から開始された気象庁職員による緊急記者会見は紛糾した。


「なぜ突然、空からピヨが降ってきたのですか」

「原因の究明は、まだですか」

「なぜ、ピヨたちが降ってくることを予め予測できなかったのですか」


 矢継ぎ早の質問ばかりが飛び交い、不躾ぶしつけなほどのフラッシュがかれる中、困り果てた様子でモゴモゴしていた会見担当者は、とうとう堪えきれずに声を荒げた。


「そんなこと、分かるわけないじゃないですか! ピヨは、そもそも気象ではありません!」


 誠に、ごもっともな逆ギレだ。

 日本国内において、気象用語は次の十五種に分類される——すなわち、快晴、晴れ、薄曇り、曇り、煙霧、砂じん嵐、地ふぶき、霧、霧雨、雨、みぞれ、雪、あられ、ひょう、雷——以上。

 当然、ピヨは含まれていない。


 しかし、ふり続けるピヨたち。

 三日三晩降り続いたゲリラピヨによって、日本全国未曾有みぞうのピヨ災害に見舞われることとなった。

 交通インフラは滞り、昼夜問わず鳴き続ける大合唱を聞き続けた人々は、一人、また一人と心身の不調を訴え、医療機関までパンク状態。

 ピヨ後、一週間経つ頃には、とうとう非常事態宣言が出され、不要不急の外出は極力控える終わりの見えない自粛期間が始まった。


 吸っても履いても減らないピヨ。

 飼うべきか食うべきか……迷う中、人々が外出自粛を余儀なくされたひと月の間に、ピヨたちは野山や国立公園をつつき回しながら瞬く間に成長し、どんどんと物理的に大きくなっていった。

 やがて、その一歩は大地を揺るがし、その一声は鳴り止まぬ落雷の如くとどろいた。

 続々と成長するピヨたちの大行進はやまず、それどころか日増しに激しくなっていった。


 恐るべき速さで急成長するピヨたちは、そうこうするうちに、凄まじい勢いで先祖がえりを始めた。

 そこらじゅうに響き渡る咆哮ほうこう

 巨大化した体躯が、行きすぎた近未来文明を蹂躙じゅうりんしながら闊歩かっぽする光景は、往年のレジェンド映画の再現さながらであった。


「シン・ピヨラ?」

「ピヨシックパーク?」

「そういや、ピヨの先祖って恐竜だったか」


「日本\(^o^)/オワタ」


 誰彼となく、SNSにさざなみのように寄せて返す呟き。

 すっかりと現実逃避した人々は、己の生存確認の場を仮想空間に求めるようになった。


 中には、「育ちきる前に焼きピヨにして食べたらいいじゃない!」と果敢に現実に立ち向かい腕をふるう猛者もさも現れる。

 巷で人気のB級グルメからピヨシュラン一流レストランに至るまで、狂気のようにピヨグルメを追求する人々を、誰からとなく美食家ハンターと呼ぶようになった。


 狩りに出かけて、楽しく力尽きる者が続出する中、至極真面目に平安祈願に勤しむ方々が、目立たぬ場所でピヨたちをたたりとみなしてしずめるべくまつり始め、そして、いよいよ本領を発揮し始める。


 最終手段アルティメット・ウェポン、究極に困った時の神頼みだ。


 まつりだ、今こそピヨをあがめて祀れ!


「かけまくもかしこき ピヨなみのおおトリ

かくかくよむよむの三の月に

あらはれたまひし うんえいのかたたち

もろもろのまがごと つみけがれ あらむをば

はらへたまひ きよめたまへと まをすことを

きこしめせと かしこみかしこみ まをす」


 意訳:

 偉大なトリさん、三月に現れるカクヨム運営さん。

 何したか知らんけど、とりあえず助けて。


 寝食を忘れて狩りに明け暮れて、力尽きていく美食家たち。

 SNSでらん限りを呟く諸君。

 そして、不眠不休で祈り続ける、その道の人々。

 あ、忘れてた。存在感が経年劣化したセロファン以下の公僕様方。


 とにかく狂瀾怒濤きょうらんどとうに陥った日本列島にも、一縷の希望は残されていた。


 一心不乱に祈り続けて早三日、その時は唐突に訪れた。


 晴れ渡る空一面にうっすらと引かれたヴェールのような雲、そこに逆半円状に現れた虹色の彩光——彩雲、否、気象用語的に正しくは「環天頂かんてんちょうアーク」の神々しい輝きと共に、天より響き渡った声。


「皆の者、鎮まれーい」


 まるまるでっぷりとした魅惑のわがままボディから、目一杯広げた可愛らしい両翼、そして立派な冠羽かんうをそば立てて現れた巨大な、ほぼ球体の飛影に人々は恐れおののいた。


「あ、あれは……まさか!」


 そう、そのまさか。

 あれは紛れもない、かくかくよむよむのおおトリ。


 そう、すなわち、トリの降臨!


 この未曾有の天ピヨ地異を鎮めるべく、ご祈祷は遂に成就した。

 人々は神々しく輝くおおトリ様を前に一人、また一人とこうべを垂れる。


「あはれ、人々よ。この災厄を逃れる道は、ただ一つ……筆を取れ。すなわち、作品を捧げよ! すべからく、丹精込めた作品を、ピヨに捧げよ!」


 あれ、そこ一人称ピヨなの?

 まあ、おおトリ様もトリなわけで、鳥っぽく鳴くこともままあるだろう。

 人々はこの際、細かいことは気にせず、一人、また一人と各々の心臓にそっと筆を添えて合唱する——すなわち「作品ハートを捧げよ!」と。


 こうして、人類の存亡をかけた年度末さいごの戦いが幕を開けたのだった。

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