誰に何を言われようと私は彼と一緒にいられて幸せです

桜森よなが

翔君

「僕とまた付き合ってくれよ!」


 大学の帰り道、私は正門で待ち伏せしていた元カレに付きまとわれていた。


「無理」


「なんで、僕は君の恋人にはなれないのか」


「うーん、あなたは友達よりは上だけど、恋人だとはどうしても思えないかなぁ」


  昔は好きだったけど、今はもっといい人を知っちゃったし。


「私、今、翔君という超イケメンの彼氏がいるの、だから無理」


「そんな……」


 彼は口をだらしなく開けて、一瞬立ち止まったが、すぐに追いかけてきた。


「わ、わかった、せめてもう一夜だけ夢を見させてくれ!」


「そうしたら諦めてくれる?」


「ああ」


 その夜、私はホテルで彼と一緒に寝た。

 これは浮気になるのだろうか? ごめんね、翔君、一度寝てしまったけど、心までは許してないから。

 まぁでも翔君はすごく優しいから、一度浮気したぐらいで、怒ったりするような人じゃないか。



 しかし元カレは諦めてくれなかった。

 その次の日も、大学から帰るとき、私に付きまとってきたのだ。


「よりをもどそう」

「はぁ……無理だって言ったでしょう?」

「昨夜、僕と寝てくれたじゃないか、ということは僕のことが好きってことだろ?」


 あんたがそうしたら諦めるって言ったからなんだけど。

 しまったな、あれは一夜の過ちだった。こいつと寝るんじゃなかった。


「なぁ、来週の日曜、デートしないか? 一緒に行きたいところがあるんだ」

「その日は翔君と私の家で過ごすからダメ」

「そんなにその翔とかいう奴が好きなのか?」

「うん、大好き」

「そうか……わかった」


 と言って、意外にもあっさりと彼は帰っていった。

 少し不思議に思ったけど、付きまとわれなくなったんだし、まぁいっか、と思った。


 しかし、それはよくなかったのだ。


 日曜日、私が家で翔君と幸せな一日を過ごしていると、インターホンが鳴った。

 モニターを見ると、元カレだった。


「帰って」


 と通話ボタンを押して言うが、彼はそこから離れようとしなかった。


「開けてくれ、直美!」


 大声でそう叫び、何度もドアを叩いてくるので、しかたなく私は玄関に行き、ドアを開けてしまった。


「いい加減にして!」


 と私が言った瞬間、元カレがズボンのポケットから折り畳み式のナイフを取り出し、その刃を私に見せつけるように出してきた。


「ひっ!」


 と私が思わず尻もちをついてしまうと、その隙に、彼は部屋の中に侵入していってしまう。


 私を刺すわけじゃないのか。


 ほっと一息つくが、ハッとして安堵している場合じゃないと立ち上がる。


「勝手に部屋に入らないで、なにするつもり!?」


「君の彼氏はどこだ?」


「は? それを聞いてどうするの」


「殺すんだよ、その翔とかいう奴を、そいつさえいなくなれば君はきっと僕のことを見てくれる」


 とか言って彼はトイレや洗面所のドアを開けていく。


「何を言って……あなたじゃ翔君を殺せないわ」


「僕はたしかに非力だけど、こちらには刃物があるんだぞ?」


 と言って彼はリビングへ行く。


 そしてそこにもいないのを確認すると、その隣の部屋のドアを開けた。


「ちょっとそこは入らないで!」


 と言ったが、もう既に遅く、彼は部屋に入ってしまった。


 そこの光景を見て、彼は唖然とした。


「何だ、この変な部屋は……」


 変な部屋って失礼ね。


 アニメキャラの抱き枕とか人形とかポスターとかがたくさんあるだけじゃない。


「なんだよ、このキャラは!」


 と元カレがある抱き枕を指差す。


天宮あまみやかける君だよ、私の大好きなアニメ、ダンスの王子様のキャラ」


「は? これが直美の言っていた、好きな人、なのか?」


「うん」


「二次元の男じゃないか!」


「それがなに? 私は彼を愛しているし、彼も私を愛してくれているわ」


「狂っている、君にとっては愛だとしてもこれは狂愛とでもいうべきものだ」


「好きな人の好きな人を殺そうとしたあなたに狂っているとか言われたくないんだけど」


「どうしよう、アニメキャラなら、殺せないじゃないか……」


 と元カレは頭を抱えた後、虚ろな瞳で私を見た。


「なぁ、僕と別れて、この二次元の男と過ごしている間、君は幸せでしたか?」


「ええ、すごい幸せだったわ」


「だが、この男は現実にいないじゃないか、おかしいよ」


「いるじゃない、ここに」


 と私は抱き枕を抱きしめる。


「……そうか、ははははは」


 しばらく笑った後、彼は何かを決意した顔になった。


「わかった、この世界で君と結ばれるのは諦めることにするよ、だから先にあの世で待ってるね」

 

 と元カレは喉にナイフの刃を向ける。


「またね、大好き」


 と言って喉を刺して、彼は血を噴き出しながら倒れた。


「はぁ?」


 なにあいつ。勝手に人の部屋で死んで。あぁもう床が血だらけじゃない。


「やっぱ三次元の男はだめね、二次元最高、もう私、一生三次元の男なんて愛さないわ」


 私は翔君の抱き枕を抱きしめる。


「翔君、愛してる」


 そう囁くと、俺も愛してるよ、て翔君は言ってくれた。


「うふふ、幸せ、うふふふふふふふ!」

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誰に何を言われようと私は彼と一緒にいられて幸せです 桜森よなが @yoshinosomei

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