MATCH
花火大会についてきてくれるとは思わなかったから、驚いた。
俺がムラの家に出入りし始めた当初は、「こんちは」と挨拶してもそそくさ自室へ逃げていったのに。いつの間にか、顔を合わせるとぺこりと挨拶してくれるし、近くに寄っても逃げなくなった。まるで猫みたいだ。
本当に。かわいいなと思う。
俺に視線を合わせてくれる奴なんて、ムラかマチちゃんの兄妹しかいないから。
血なまぐさくてロクデモない仕事をしている。けど、ムラのお蔭でやっと足を洗えそうだ。
兄貴のムラと違って、マチちゃんは独自の世界を持っている。俺や、ムラの仕事のことにはこれっぽっちも気付いていないらしい。余程ムラが大切にしてきたのだろう。だからこそ、ゆっくりでも俺みたいなのを受け入れてくれる。ふつうの奴なら、俺を知るほど離れていく。
そんな彼女の様子を眺めるのは楽しい。
料理中や無防備にしている時など、ついじっと見入ってしまう。あまりに近付きすぎると、過保護な
兄妹だけあって、ふとした様子がよく似ている。面影、表情や仕草。寝顔や調理など、ムラはけっして見せないであろう姿を、マチちゃんから感じることができる。
「
そう言った人がいた。
しかし、それは嘘だと知った。
堅気の世界が楽なのは、はなからそこで生きる人間に対してだけだ。けっして俺みたいな者を受け入れようとはしない。本当に足を洗うことが正しいのか、迷いを生じる程に。
でも、このうちに来た時だけは幸せを感じる。
この兄妹を見ていると、家族というものに憧れる。
けれど、俺が堅気になったら、ムラは俺から離れていくのではないか。マチちゃんにそうするみたいに。大切にしているくせに、ムラはマチちゃんには近付かない。彼の抱える面倒事に巻き込まないためだ。
けど。もしも俺とマチちゃんが結婚したら、ムラとも家族になる。
そんな夢想をする。どうしたって届かないものに手を伸ばし続けるよりも……。いや、きっとそんなことムラは許さないだろう。
花火が上がる。
誰も花火なんて見ていない。斜め後ろにちんまり立つマチちゃんは、人混みに居心地悪そうにしている。ムラは、変な輩に囲まれていないか、周囲に気を配っている。俺はそんなムラの様子を盗み見る。
ドンドンと絶え間なく打ち上がる花火の爆音は、そんな思惑さえ掻き消してくれる。
ドン!
一際大きな花火が上がって、続けざまに無数の花火が打ち上がる。
ドンドンドンと夜空に咲いた花火が、闇夜を嘘みたいに明るく照らした。
猫と花火 香久山 ゆみ @kaguyamayumi
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