ショートショートvol.9『死後の世界』

広瀬 斐鳥

『死後の世界』

 なぜだ。

 テレビ画面に繰り返し流れる、血まみれのショッピングモールの映像。無差別に銃で撃たれた犠牲者たちの痛ましい最期を報じるアナウンサーが、ついに娘の名前を読み上げた。

 ああ、なんてことだ。あの子を一人にするべきじゃなかった。どうにかすることはできなかったのか。

 こうなったらもう、俺は生きていけない。




 ——死後の世界というものが、本当にあるとは思っていなかった。

 来てしまえば意外とあっけないもので、いくつか質問に答えた上で、白い金属でできたゲートを通るだけだ。係員の男の人の目つきはなんだかいやな感じがしたけれど、気にしないことにする。

 ゲートの向こうは生前の世界とあまり変わらず、普通に見える街並みを、普通に見える人々がぞろぞろと歩いていた。大通りには食料品店や服屋が立ち並び、談笑する人の姿も目立つ。死後の世界があったとしても、もっと酷いところだと思っていた私は拍子抜けしてしまった。

 ただ、嬉しいことに、ここでは身体が思うように動く。あの時は血だまりの中で身動き一つできなかった。体じゅうを銃で撃ち抜かれる痛みを思い出して、つい顔をしかめてしまう。

 服装は死んでしまった時と同じだが、幸いなことに血は付いていないし、銃弾で空いた穴もない。がちゃがちゃと余計な荷物を思い切って捨ててしまうと、途端に身軽になった。

 私はちょうど目の前を歩いていた白髪の老人を呼び止めて、ここはどこかと尋ねてみることにした。


「あの、すみません」


 こちらを向いた老人は、あごに立派な髭を生やしていた。髪の色と同じく真っ白だ。


「なんだね、おじょうちゃん」


「ここはどこなんでしょうか」


「ああ、なるほど。君は新しく来たんだね」


 私は頷いて、ここは地獄なのか、それとも天国なのかと尋ねた。それを聞いた老人は諭すような声色で言う。


「死後の世界に天国も地獄もないよ。死んだ者は分け隔てなくこの世界にやって来て、ここで暮らすんだ」


「ずっとこの世界で生きていくということですか」


「いや、そういうわけでもない。ここでは物理的に死ぬことはないが、現世の人々から忘れ去られたときに存在が消えるのだよ」


 そう言って、老人は道を歩く人々を指差した。


「あれはどれも、政財界の大物や名のある芸術家だよ。いや、『だった』と言うべきか」


「つまり有名人だった人が長生きする、ということですか」


「その通りだ」老人は骨ばった手で私の肩を叩く。


「それに、歳を取るほど多くの人と知り合うことになるし、功績を積み重ねて現世の人々の記憶に留まることができる。つまり、老人の方がこの世界では長生きすると言えるね」


 死んだ時の姿でしかいられないのが残念だが。そう言って老人は笑った。たしかに言われてみれば、街を歩く人の多くは年老いていた。


「だが、裏を返せば若者はこの世界にはあまりいられないということだ。君くらいの年だと数年じゃないかな」


 老人は同情するような口調だが、どうだろう。あんな壮絶な最期を迎えたんだから、私はもう少し長生きする気もする。皮肉なことだ。


 老人はそれからも私のことをいくつか尋ねてきた。こちらから呼び止めたのにすっかりペースを握られている。当たりさわりなく答えていたが、最後の質問はずばり死因についてだった。


「ところで君は、どうして亡くなったんだい」


 私は少し口ごもったが、素直に答えることにした。


「銃で撃たれたんです」


「銃だって? それは痛ましい」老人は眉を八の字にする。


「そういえば昨日から今日にかけて、たくさんの人がここに来たよ。みんな君と同じように銃で撃たれたと言っていた」


 あの時、ショッピングモールにいた人たちだろうか。聞けば、ここから少し歩いたところに張られた白いテントに集まっているらしい。行くあてもないし、後で訪ねてみよう。


「あなたはどうして死んでしまったんですか」


 質問されてばっかりなので、私も訊いてみた。


「肺の病気だよ。暴漢に刺されたこともあったんだが、死にきれなくてね」


 そのとき、遠くから老人を呼ぶ声がした。


「閣下! これからボウリングにでも行きましょう」


 老人は立派な髭を震わせ、おう、と答える。この世界ではそんなこともできるのか。


「われ死するとも自由は死せん、だよ」


 高笑いする老人の言葉の意味はよく分からなかったけど、彼は餞別代わりにこっちの世界のお金をくれた。私はお礼を言って、白いテントに向かうことにした。

 

 道すがら、貰ったお金で紺色のチュニックと淡い黄色のパンプスを買った。試着室でそのまま着替えさせてもらい、着ていた服をゴミ箱に捨てる。死んでしまった時の服なんか着られたもんじゃない。


 奇妙なほどきれいに舗装された、死後の世界の歩道を歩きながら、私は父のことを考えた。あの真面目という言葉が服を着ているような性格の父のことだ。私の死を知れば、きっと思い詰めて後を追ってきてしまうだろう。

 父は昔からどうにも過干渉で、私が興味の向いたことは一切させてくれなかった。それに耐えかねて実家を出るときも「ネットをやり過ぎるな」とか「変な友達とは付き合うな」とか余計なことばかり言ってうるさかったな。こっちでもガミガミと言われるのかと思うと、げんなりする。


 道をしばらく行くと、大きな白いテントがあった。どうやら、ここにショッピングモールで撃たれた人々が集まっているらしい。

 入口に着くと中年の女性が駆け寄ってきた。


「あなたもショッピングモールの事件で?」


「そうなんです」私が答えると、女性は憐れむような眼差しを向けてきた。


「さ、入って入って」


 私は促されるままにテントの中に入る。

 テントの中には多くの人がいて、車座になって自分が死んだ時の状況を語り合っていた。なんだ、みんな意外と明るいじゃないか。

 私もその輪に加わり、それぞれの話を聞いてみることにする。


「服を選んでたら急に押し入ってきて、何も言わずに銃を撃ち始めて」

「ものすごい銃声でしたね。ずっと鳴り止まなかった」

「足を撃たれて。隠れようとしたら、執拗に追いかけてきて」

「めちゃくちゃに乱射してた。たぶん二十人か、三十人は撃ってたわ」

「いや、たぶんもっと撃ったと思います」

「一階から入ってきて、どんどん上のフロアに上がっていったんだよな」

「俺は三階の靴屋で試着してるところを撃たれた」

「犯人の姿を見た人は?」

「真っ黒なコートに覆面を被っていて、どんな奴だったかは分からない。でも小柄な奴だったな」

「なんでこんな、むごいことを」


 私はみんなの話を聞きながら、たまに口を挟んだりして、会話に加わった。

 そして最後に、私の左に座っていた中年の女性が全員に尋ねた。


「犯人はどうなったのか、知ってる人はいる?」


 そう、ここにいる多くの人々はその場で撃たれて死んでしまったので、結局、犯人がどうなったのかを知らないのだ。

 ところが、向かい側に座っていた少年が声を上げた。


「お巡りさんがパンパンってして、血がいっぱい出てたよ」


 どうやらあの少年は、最期の現場に居合わせていたらしい。となると、流れ弾にでも当たったんだろうか。あんなに小さい子が犠牲になるとは。運が悪かったとしか言いようがない。

 中年の女性は少年の話を聞いて鼻息を荒くする。


「ああそう、犯人も撃たれたのね。いい気味。でもどうなのかしら。警察って犯人が怪我したら、とりあえず治療しちゃうじゃない。回復を待って裁判にかけてって、そんなんじゃ気が済まないわ」


 女性は体をわなわなと震わせる。それもそうだ。自分を撃ち殺した犯人が平然と生きている。普通ならそんな不条理は受け入れられないはずだ。


「あれ、あなたはさっき来たのよね。犯人はどうなったのか、詳しく知らない?」


 中年の女性は、私も今しがた来たばかりだということを思い出したのか、こちらに向き直って言う。その眼光の鋭さに少しどきっとしてしまったけど、私は落ち着いて答えた。


「大丈夫ですよ。苦しんで病院で死にました」


 怒りで震える女性の拳に自分の手を重ねて、やさしく笑いかける。彼女は少しは溜飲が下がったのか、唇を固く結んだまま、小さくうなずいた。

 さて、ちょっとした興味でここに来てしまったが、ぼちぼち失礼するとしよう。

 そろそろ、父が追いかけてくる頃だろうから。





——薄暗い部屋。ロープで首を吊った男の死体を、テレビの明かりが照らしている。


『昨日、市内のショッピングモールで発生した銃乱射事件についてのニュースです。無差別に発射された約三百発の銃弾によって死者三十一名、重軽傷者五十三名を出したこの事件は、史上最悪の大量殺人事件となりました。犯人の女は、現場に駆け付けた警官隊の銃撃により意識不明の重体となっていましたが、本日未明、搬送先の病院で死亡しました。女の自宅からは手製の弾丸や爆弾が見つかっており、ダークウェブを通じて知り合った人物から入手したものと見られています。警察は引き続き捜査を進めるとともに……』


「僕は、こんな酷いことをした犯人を、絶対に忘れません」


 銃撃によって幼い息子を失ったという男性が、リポーターのインタビューに答えた。


(終)

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ショートショートvol.9『死後の世界』 広瀬 斐鳥 @hirose_hitori

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