家族写真

口羽龍

家族写真

 それは1月の下旬の事だ。ここは東京の郊外。ここは本山(もとやま)家。父、敏行(としゆき)、母、花江(はなえ)、娘、波子(なみこ)の3人家族だ。波子は今年で10歳になる小学生だ。友達が多くて、ごく平凡な生活を送っている。


 ある朝、花江は泣いている。どうしてだろう。敏行と波子はやって来た。花江に何があったんだろう。どうやら、写真を見て泣いているようだ。その理由が聞きたいな。


「ママ、どうしたの?」


 すると、花江は顔を上げた。やはり花江は泣いているようだ。


「写真を見ていて、泣いてしまってね」


 敏行は花江が持っているものを見た。それは古い家族写真だ。どうやら、花江は家族写真を見て泣いているようだ。


「えっ!?」

「これは、家族写真?」


 波子も驚いた。これは、花江の両親だろうか?


「うん。父さんと母さんと、あと双子の妹と撮った写真」


 それを聞いて、敏行は驚いた。花江には双子の妹がいたとは。敏行は全く聞いた事がなかった。どうして今まで秘密にしていたんだろうか? 何か、言いたくない過去があったんだろうか?


「双子の妹? ママ、双子の妹がいたの?」


 だが、花江は下を向いた。何か、悲しい出来事があったようだ。それを言おうとすると、唇が震えてくる。あまり言いたくない事のようだ。


「うん。この1週間後に死んじゃったんだけどね」


 それを聞いて、敏行は驚いた。1週間後に亡くなったとは、何があったんだろうか?


「そんな・・・。どうして?」

「その日は平成7年1月17日。敏ちゃん、何があったか、わかるよね」


 それを聞いて、敏行はある出来事を思い浮かべた。阪神・淡路大震災だ。平成7年1月17日の午前5時46分に起こった大地震だ。それ以来、神戸市では地震が起こった1月17日の午前5時46分に黙とうが行われる。そして、ルミナリエが行われる。


「阪神・淡路大震災?」


 波子は何の事かわからない。阪神・淡路大震災の事を知らないようだ。こんな事が起こったとは。


「うん。あの時はとても大変だった。まるで地獄絵のようだった」


 三江は泣きながら、あの日の事を思い出した。




 1月17日の朝は、大きな揺れで目を覚ました。時は午前5時46分。こんな時間に、こんな大きな揺れで起きるとは思わなかった。


「な、何だ?」


 花江と両親、そして双子の妹の三江(みえ)は驚いている。こんな大きな揺れを経験したことがない。神戸でこんな事が起こるなんて。


「地震?」


 揺れる部屋を見て、花江と三江はおびえていた。家はどうなってしまうんだろう。このまま崩れてしまうのでは?


「揺れてる! 怖いよー!」

「じっとして!」


 母は注意している。今動くと、物が倒れてくるかもしれない。だから、何かに身を隠して。


 だが、三江は箪笥の下敷きになった。


「うわーーーっ!」


 三江は声を上げたが、時すでに遅かった。箪笥の下敷きになって、全く身動きが取れない。


「三江!」


 と、揺れが収まった。もう動いてもいいが、余震に気をつけよう。家財道具が崩れてくるかもしれない。慎重に逃げよう。


「収まった・・・」

「三江、大丈夫か?」


 父は箪笥をどかそうとするが、なかなかどかない。タンスが重いようだ。


「動かない・・・」


 と、煙の匂いがする。母は煙の方向を見た。すると、ダイニングで火事が起きている。火は徐々に大きくなっていく。


「か、火事?」


 それを聞いて、3人は驚いた。早く三江を助けて、逃げないと。だが、その間にも延焼していく。早く救出しないと。


 だが、三江は絶望していた。どうしたんだろう。まだ助かるかもしれないのに。


「逃げて!」


 3人は戸惑っている。みんなで逃げて、みんなで生き延びよう。これからも一緒に生きるんだ。誰かが死ぬなんて、絶対に許さないから。


 だが、その間にも延焼していく。早く逃げないと、みんな死んでしまう。状況を見て、3人は思った。早く逃げよう。そして、私たちだけでもいいから生き延びよう。三江には申し訳ないけど、救助を待とう。


「わ、わかった・・・」

「姉ちゃん・・・」


 3人は逃げようとした。だが、三江の声を聞いて、花江は振り向いた。何か言いたい事があるんだろうか?


「何?」

「もし、私が先に逝くようなことがあったら、私の分も生きてね」


 花江は戸惑っている。だが、そう言ってくれたのだから、三江の分まで生きないと。三江の分も幸せにならないと。


「う、うん・・・」

「花江、早く行くぞ!」


 3人は三江を残して逃げていった。三江は救助を待つ事になった。


 3人は外に出て、救助を待った。だが、あちこちで火災が起きていて、消防が回らない。どうすればいいんだろう。全くわからない。


「くそっ、消防はまだか」


 父は焦っていた。中には三江がいるのに。早く来てほしい。このままでは死んでしまうよ。


「他の所が火災で、なかなかこっちに回らないのよ」

「そんな・・・」


 父は絶望した。ここまで一生懸命育ててきたのに、こんな事で死ぬなんて、ごめんだ。もっと生きたいのに。成長した姿が見たいのに。早く来てくれよ。


「三江ー!」


 父は叫んだ。だが、三江の声は聞こえない。その間にも、火は大きくなり、家は全焼している。それを見て、父は肩を落とした。


「聞こえない・・・」

「もうダメだ・・・」


 母もあきらめた。早く来なかったから、こうなったんだ。だけど、消防は責められない。あちこちで火災が起きているのだから。


「三江・・・。ごめん・・・」


 父は泣き出した。ほどなくして、母と花江も泣きだした。こんな事で永遠の別れになるなんて。信じられない。もっと生きてほしかったよ。


 と、母が父の頭を撫でた。父は顔を上げた。


「パパは悪くないよ」


 母は慰めようとしているようだ。だが、父は泣き止まない。


「どうして三江がこんな目に・・・」


 だが、花江はそれをじっと見ている。三江の残した最後の言葉を思い出した。もし、私が先に逝くようなことがあったら、私の分も生きてね、だ。


「どうしたの?」

「三江が生きられなかった分も、生きないと」


 それを聞いて、父は花江を抱きしめた。そうだな。突然の永遠の別れはつらいけど、三江が生きられなかった分も生きて、三江の分も幸せにならないと。


「そうだな・・・」


 翌日、三江は黒焦げになった姿で発見されたという。それを見て、3人は泣き崩れた。




 その話を聞いて、2人も泣いていた。こんな過去があったのか。とてもつらかっただろうな。結婚して、幸せな家庭を築いた今、三江の分も幸せになっているんだろうか?


「そうだったんだ・・・」


 と、敏行は思い出した。今年であれからもう30年だ。もう一度、あの日の事を考えてみよう。あの日、様々な人が支援をして、神戸は復興に向かっていった。その記憶を、後世に語り継いでいこう。


「今年でもう30年なんだね」

「ああ」


 花江は顔を上げ、天井を見た。今頃三江は、天国で自分を見ているんだろうか? 幸せな家庭を見て、どう思っているんだろう。自分もこんな家庭を築きたかったと思っているんだろうか?


「もう一度、思い出してほしい。あの日、こんな事が起こったんだと」

「そうだね」


 阪神・淡路大震災から30年が経った。それを知っている人は、どれだけいるんだろう。阪神・淡路大震災を知らない人、経験していない人が年々増えている。だけど、忘れないでほしい。平成7年1月17日の出来事を。

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家族写真 口羽龍 @ryo_kuchiba

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