芯まで愛している
いちじょうこうや
ー
これは室町の頃の話である。
小田一右衛門という男がいた。博多にて商いを生業としている家の長男として生まれ、家業に励んでいる男であった。
真面目な男である。しかし真面目な性格で商いに専念するあまり、成人してからも嫁を取らずに過ごしていた。
跡継ぎのこともある。心配した一右衛門の両親が商人仲間の娘と見合いを行った。娘は名前をお袖と言った。
お袖は一右衛門の三つ下であった。
「私は商いに集中しすぎてしまうことがあります。家のことをあなたにお任せしてしまうかもしれません」
同じく商家の娘であるお袖は微笑んだ。
「父母よりあなた様がとても真面目な方であるとお伺いしております。そんなあなた様からお家のことを任せてもらえるのは、とてもありがたいことでしょう」
見合いの席は滞りなく進み、元々両家の親が進めてきた縁談ということもあり、市右衛門とお袖は契りを結ぶこととなった。
さて結婚をするにあたり、小田の両親は験担ぎを兼ねて神仏習合の神社にて神事を行ってもらう手はずを整えた。占いたいことを書いた護摩木を入れ、火の燃え上がり方で吉凶を判断するものであった。
二人の結婚が問題ないかを護摩木に書き、火の燃え上がりを見た神主は口ごもっていた。
「これは…なんと言いますか…」
「結果がよろしくないのですか?」
小田の父から問われ、神主が頭を振った。
「お二人のご結婚が悪いわけではございません。しかし何かしらの情がいきすぎてしまった際。その際は二人とも破滅してしまうでしょう」
情がいきすぎるとの言葉に少しの不安を感じつつ、あくまでも験担ぎとして両家は結婚を進め、桜の綺麗な春の日。市右衛門とお袖は晴れて結ばれることとなった。
真面目な一右衛門とお袖はとても仲睦まじく、ますます小田家の商いは繁盛し、お袖は家のことをよくまとめ二人は商人仲間の間でも良き夫婦としても評判となっていた。
しかし、世の中とは無常である。
結婚から一年後のこと。お袖は病のために若くして儚くなってしまった。一右衛門はそれは深く悲しみに暮れ、一時は食事も喉を通らないほどであった。しかして四十九日の喪が明けた後は再び商いに精を出すくらいには悲しみから立ち直っているようであった。
二人の間には子がなく、お袖の家も含めて周りは市右衛門に再婚を勧めた。自身の親から勧められても頑なに頷きはしなかった。
「今はとてもそんな気持ちにはならないのです」
そう言い続け、一向に再婚することはなくお袖が亡くなって一年が経とうとする頃。
小田の家で面倒を見ていた三郎という少年がいた。三郎は親を亡くし身寄りがなかったところを小田の家で面倒を見るようになり、普段は雑用などを懸命にこなす少年である。
そんな三郎が主人である一右衛門がおかしいことに気がついた。
ある夜更け。一右衛門の部屋に灯りがついているのに三郎は気付いた。灯りをつけたまま寝ていたら一大事である。やましい気持ちは一切なく、戸を静かに少し開いてそっと覗き込む。
そこには一右衛門と亡くなったと聞いていたはずのお袖の着物を着た影が仲睦まじく寄り添っていたのであった。
二週間に一度、お袖の着物を着た何かが訪れることに三郎が気づいて三か月後。市右衛門の顔が明らかにやつれていた。喪に服している時のように食事が摂れないわけではない。食事はしっかりと摂っているのに、夜更けの逢瀬を重ねる度にやつれていく姿に両親も不安を覚えた。
三郎は一右衛門の両親に自分の見たものを伝えた。
最初は話半分で聞いていた両親が保管していたお袖の着物を確認すると、見合いの際に着ていた着物が一枚無くなっている。三郎の見たものが嘘ではないと知った両親は渋る一右衛門を連れ、祓いを行う僧侶の元へと連れて行った。
話を聞いた僧侶はこう語った。
「話を聞く限り、それはお袖さんの亡霊でしょう。一右衛門さんの想いか、お袖さんの想いのどちらがこの世に留めているかはわかりませんが…」
一右衛門は何も答えない。
「ご住職様。息子はどうにかならないのでしょうか」
「正直なところかなり危ない状態でございます。でもまだ間に合います」
「どうすればよいのでしょうか」
「今はっきりしているのはあと一回お袖さんの亡霊と会うと、一右衛門殿は命を失ってしまいます。まずは次の逢瀬を無事に越えることからです」
そう話して僧侶が短冊ほどの紙四枚に墨で文字と記号のようなものを記した。
「こちらを次の逢瀬の日に部屋の四隅にお貼りください。その日は決して朝まで札をはがしてはなりませぬ」
来たる日。店を閉めた後、一右衛門の部屋には四隅に札が貼られた。大事な主人のため、三郎が何度も剥がれないことを手で確かめ、部屋を退出する。逢瀬の際は一右衛門の部屋には灯りがともる。念のためにと三郎が寝ずの番として一時間に一度灯りがついていないことを見届け朝を迎えた。
夜中に一度も灯りはついていなかったため、主人が無事であるだろうと確信して三郎が一右衛門の部屋の戸を開ける。
開いたそこには一右衛門と、お袖の着物を着た人骨が部屋の中心に敷かれた布団の中に横になっていた。部屋の四隅に貼っていた札は一か所だけ剥がされていた。
三郎の叫びに一右衛門の部屋まで走ってきた両親も、部屋の中を見て同じく声を上げた。
部屋に置かれた文机には一通の手紙があった。
「拝啓 父上、母上、三郎へ。
お袖が始めて来た日、このまま逢瀬を重ねると我が身が遠くない内に死ぬことは分かっておりました。
それでも骨の姿でありながら会いに来てくれたお袖が私にとっては愛しくて愛しくてたまらなかったのです。きっとお袖がそうまでして来てくれたのは私が持っていた想いからでしょう。
彼女が自身の体の土台をさらけ出してまでも逢いに来てくれたのだから、私も自身の骨を見せるくらいであるのが礼儀でありましょう。
悔しいのが私は彼女と違い、自分の土台たる骨を完全に見せることができないことです。
私の骨まで見せたとき、お袖はそれでも私を愛してくれるでしょうか」
文を読んだ三郎は布団とそっとめくった。
そこには固く指を絡めた二人の体があった。一右衛門の手は皮が薄く、ほぼ骨の形が分かる状態であった。
三郎は両親に聞こえないよう呟いた。
「旦那様、奥様は旦那様の骨までも愛しておられますよ」
<終>
芯まで愛している いちじょうこうや @gekkan_info
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