後編 対決、姉弟子対愛弟子
「どうじゃ
一千もの骸骨武者を従えて、
「なあに、どうやら姉ちゃんはおいらと一戦まじえねえと、気が済まねえんだろ?」
制多はまるで動じず、辺りを見渡す。
そこへ、誰とは知らぬ若い男の声がかかった。
「姉上! 子供一人に、なんと大人げない」
滝夜叉姫の背後で、青白い炎が柱となって燃え立った。
可憐な唇をきっつと結び、振り返る滝夜叉姫の目の前で、青炎の中から鎧をまとった若武者が姿を現す。手には黒光りする五尺余りの
「止めるな!
呼ばれた若武者は
「止めはしませんが……子供一人相手に、一千の兵をぶつけるとは」
「ふんっ、どちらが弟子にふさわしいか、死力を尽くすのは当たり前ではないか」
「いやあ、おいらは別に構わねえけど?」
当の制多は、やる気満々なのが火に油だ。
「ならばせめて、これを貸しましょう」と、良門はぶんと鈍い風鳴りを轟かせ、手にした金砕棒を制多の前に投げてよこした。ずんと太い音をたて、制多の眼前の地に身の丈以上の鉄棒が刺さる。
「おいおい良門……そんなものを小童に渡したところで――?!」
やれやれとあきれる滝夜叉姫が見る前で、制多はやすやすと金砕棒を引き抜いて、軽々と片手で右に左に振り回してみせる。
「おお! こいつはいいや! 兄ちゃん、ありがとうな」
木の棒のように振り回しているが、重さニ十斤はある鋼の造りだ。子供はもとより、大人が片手で振れるものではない得物であった。
「なるほどこの子供……もう俺はなにも申しません。姉上、存分におやりなさい」
そう言い残して、良門は遠く姉の後ろへと身を下げる。道登も弟子の様子に目を細めると、良門に習い骸骨武者の作る輪の外へと飛び退いた。
青白い炎をまとう抜き身の妖刀を、滝夜叉姫が振りかざした。制多を斬れる間合いにないが、妖女は刀を振り払う。
ほとばしる青炎が滝夜叉姫の身体を包むと……姫の姿は、消えた。
同時に、四方八方から骨の弓兵が一斉に矢を放つ。矢は雨となって制多目掛けて降り注いだ。
しかし制多は、金砕棒を頭上に掲げ、風車のようにぐるぐると廻して射かけられた矢をことごとく跳ね飛ばしてしまった。
矢の雨が降り止むやいなや、制多を取り巻く円陣から、槍の穂先が腹を目掛けて突き出される。無数の切っ先が腹を貫こうとする寸前に、制多は金砕棒を足元に突き立て地を蹴ると、長物を支えに宙へと舞った。
身体を丸め、宙に浮くままでんぐり返って金砕棒を引き抜くと、落ちるに任せて鉄の得物でしたたかに地面を打つ。
もうもうと土煙が盛り上がり、からからと乾いた音をたてて骨が舞う。
風が吹き、煙が去ったそのあとには、砕かれた骨の骸があるばかり。
「うーん、五十かそこらってとこかなあ」と独り呟くと、制多は金砕棒を振り回しつつ骸骨武者の群れの中へと突っ込んだ。
「なにをしておる! 小童一人、やれ! やってしまえっ!」
いつの間にか遠く骸骨軍のうしろに現れていた滝夜叉姫が、悲鳴にも似た檄を飛ばした。声に従いわらわらカタカタと、
対する制多は、右に左に妖魔の刃をかわしつつ、ひたすら金砕棒を振り回して群れの中を駆け抜ける。
次々に骸骨どもは砕かれて、制多の走るうしろに骨が散らばり白い帯が長く引く。
制多の足は止まらない。四半刻とかからぬうちに、とうとう妖魔の武者たちは粉々に砕かれてしまった。
古戦場に残されたのは壊れた武具と、無数に散らばる骨ばかり――
「いやあ、いい汗かいたなあ!」と、満足げな制多の声が
砕けた骨の野をしゃりしゃりと踏みしめながら、歯がみする妖姫の前に道登が歩みを進めた。
「さあ、これで勝負はついたでしょう?」
「……まだじゃ……」
おや?――とする道登の前で……。
「まだっ、終わらぬのじゃーっ!」
つややかな黒髪を振り乱し、
身の丈四丈はあろうかという巨大な骸骨の化け物が現れた。見れば大骨の肩には、滝夜叉姫の姿があるではないか。
「そうれ、潰してしまえ!」
姫がひと声発すると、巨大な妖魔は大拳を振り上げて、制多目掛けて殴りかかった。ごおんと鐘突くような響きを鳴らし、制多は金砕棒で拳を受ける。続けざまに左から右からと、嵐のように骸骨の拳が制多を襲った。
これまで易々と骨を砕いてきた金砕棒だが、巨大な骨に傷ひとつつけることができない。制多はひたすら、拳を受け流すのみである。
さすがにたまらないと思ったのか、弟子はうしろに飛び退いた。
「どうじゃ、いかな良門の金砕棒といえど、この大骸骨は砕けまい!」
勝ち誇った滝夜叉姫の高らかな声に合わせて、
制多は――ここで初めて、構えをとった。
金砕棒を下段に構え、ひとつ大きく息を吸い込むと……ごおっと鋭く短い風鳴りが駆け、動かぬ制多の周りに土煙が巻き起こる。
身の内で練り上げた気を、金砕棒に流し込んでいるのだ。下に向けた金砕棒の先で、しだいに地面がひび割れてゆく。
「そんなこけおどしが、通じるものかっ!」
言うやいなや、大骸骨は巨大な両拳をひとまとめに握り締め、頭の上に振りかぶり、制多を叩き潰さんと骨の塊を打ち下ろした。
粉微塵に制多は砕かれたかと思いきや――地を穿つ雷の如き轟音を響かせて、跳ね上げられたのは大骸骨の両拳。
勢いついて骨の体を煽られて、肩に乗った滝夜叉姫もろとも仰け反り
逃すものかと、制多は地を蹴り飛び上がると、金砕棒を突き出した。
まるで柔らかな真綿に吸われてゆくように、金砕棒は易々と巨大な頭蓋の顎骨へと突き刺さる。
端を握る手元まで鉄棒が飲み込まれると――「やあっ!」と気合一発、制多は金砕棒をねじり上げ、巨大な髑髏を粉々に砕いてしまう。
ひらりと着地する制多のまわりに、ばらばらと乾いた音を鳴らして微塵となった骨が降る。いっしょにどさりと、滝夜叉姫も降ってきた。
ずうーんと野太い音を出し、頭を失くした妖魔の巨体が大地に伏す。
滝夜叉姫からの妖力を失った大骸骨はついに、動かなくなった。
「――終わった、終わったあ」
言いながら、制多は衣についた骨を払う。鎮まらないのは、滝夜叉姫だ。
「な、ななな、なんじゃーっ、その弟子はーっ!? 詐欺じゃペテンじゃインチキじゃーっ!」
「酷い言われようだなあ」と、呆れる制多の前で……。
「わぁぁぁぁぁんっ……」
滝夜叉姫はなす術をなくして崩折れると、ただひたすらに大泣きをした。
§
半刻ほどしてようやく泣きやみ、滝夜叉姫は落ち着きを取り戻した。膨れた面で、良門を見据えている。
「良門が、金砕棒など貸すから負けたのじゃ……」
そんなわけないでしょう――と言いながら、良門は崩折れたままの姉の傍らに膝をついてなぐさめる。
「姉上、もう諦めてください。今更復讐などして、なんの益があるのです」
「
「もう俺には家のことなんて……姉上と静かに暮らせれば、それで良いのです」
すがるような目で、滝夜叉姫は傍らに立つ法師を見上げた。
「道登お~……」
「滝姫様。もう妖術など捨てて、静かに暮らす道をお選びになったらいかがです? 仏門に入るというのも、良いかもしれませんよ」
慰めにならない慰めを、道登は春風に乗せるようにして姫君に言い聞かせる。
「イヤなのじゃ……弟子にして連れて行けい……」
再び滝のように涙を流し始める娘に対し、道登は「駄目」と一言、にべもない。
あまりの落ち込みように、制多が横から助けを出した。
「御師さん……おいらなんだか、姉ちゃんがかわいそうなんだけど」
連れて行ってあげようよ――と、弟子の目は語るのである。
滝夜叉姫は、こぼす涙で赤土を暗く染めながら訴えた。
「だいたい、我には行くところもなければ、良門のほかに頼る身もないのじゃ」
それを聞いた道登は、得たりとばかりに懐から一枚の白紙を取り出す。
「そういうことでしたら、私が一筆したためましょう。奥州の
そう口にして、さっそくすらすらと何やら紹介状らしきものをしたためる。長々とした書状を丁寧に折りたたむと、良門に向けてすいと手渡した。
師の姿に思い出し、制多も借り物を差し出す。
「そうだった兄ちゃん、この棒返すよ」
良門は金砕棒に触れると、そっと制多のほうへと押し返した。
「それには及ばん……名は制多、であったか。これはお主に、差し上げよう」
「本当かい!? 兄ちゃん! ありがとう」
おお、こりゃあいいなあ、いいねえ、やったねえ……などと言いながら、制多はそこら中を走り廻って新たな得物を振り回しては大風を起こし、地面を叩いては亀裂を刻み、窪みを穿つと忙しい。
制多のはつらつとした怪童ぶりを目にしながら、滝夜叉姫がすっと立ち上がった。
将門が討たれてより二百年余り、弟子の座も制多に埋められ、その童子に叩きのめされて……さすがの妖姫も諦めの気持ちを決めたのか。
「寺に行く、尼になる」と膨れた口で言うと、すんと鼻を鳴らして背を向けた。
「道登殿、世話になった」と良門は一礼をして、姉の肩を抱いて身を支えると、静かに二人、北を目指して歩き去った――
§
「行っちゃったねえ」
制多は、姉ちゃん大丈夫かなと、滝姫の行く末にしみじみと思いを馳せる。
「行ってくれましたねえ」
道登は、重荷を降ろせたことにしみじみと感じ入っていた。そんな師に「それにしても」と、弟子が訊く。
「そもそもなんで、滝の姉ちゃんはあんなに御師さんになついてたんだい?」
「なついて?」
いやいやいや……と、道登は大きく首を横に振る。
「初めてこの地で謀反の兵を挙げたときにお止めして、お諫めしたのですよ。命の危ういところもお救いして……それからどういうわけか、付きまとわれるようになりましてね」
なにやら懐かしむように、道登は制多に語った。
この顔だ、妖女とはいえ若い娘の心が転ぶのも無理はないなと、制多には思えるのだが……。
「仕方がないので、五十年ごとに稽古だけはつけましょうと、約束をしたのです」
どうやら男女の機微というものが、この仙人には通じぬらしい。
「御師さん、それはちょっと酷ってもんだよ」
あきれるばかりの、弟子である。しかし道登は、親切心ばかりであると、どうにも疑う様子がない。
仕方がないなとしながら、制多は滝夜叉姫への最後の疑問を口にした。
「おいらなんかよりよっぽど術がうまいのに、なんで弟子にしなかったんだい?」
弟子の言葉で真顔に戻った道登の答えは、明瞭であった。
「復讐のために術を学びたいという者を、弟子に取るわけにはいかないからです」
きっぱりとした口調で、師は弟子に語る。
「仙道を得ようとするのは、世の
仙人らしい言葉を聞き、そういえば、自分にはなにかを恨むとか羨むといった気持ちを持った覚えがないなと、十年ばかりの生を制多は想った。
「ま、寺で五十年も過ごせば邪気も抜けるかもしれません。そのときにならお前の妹弟子に加えても、よいかもしれませんね」
妹弟子ねえ――と首をひねる制多は滝姫に関して得心し、もう一つ抱えていた疑問を口にした。
「そういや御師さんは雲に乗れるのに、なんでいっつも歩いてばかりなの?」
足を止めて道登は、制多の前に膝をつき、切々と説き始める。
曰く――仙人とは。
世の理すべてから自由であることを目指して、仙道を得ている。それゆえに、勝手気ままに術を使い、理を乱すことを良しとしない。
自由であることと、無法であることは違うのだ。ゆえに、急を要する場合にのみ、最小限の術を使う。
雲に乗れば瞬時にして十万八千里を一跳びするのは造作も無い。しかし、あえてそうしないのが、自由を得た仙人のありようなのだ――と。
「――そうだ、お前もやってみますか、雲乗りの術。先ほど見せたものを、思いかえしてごらんなさい」
唐突だがいつものように、道登は制多に言った。
「お、おう……こうだったかな……?」
見よう見まねで印を結び、息を吐いて腕を薙ぐと――夏空にそびえる巨大な入道雲が、まるごと頭上に飛んできた。みるみる辺りは暗くなり雷鳴が轟く。重たい雨が滝のように降り注ぎ、坂東の地と制多をずぶ濡れにしてしまった。
荒野に一人道登のみが、一滴も濡れず涼しい顔で立っている。
「やれやれ、夕立の術を教えたわけではないのですが……」
こうして道登は制多を背中に背負いこむと、再び雲を呼び寄せ
<了>
流浪の賢人とその弟子、髑髏の兵団を討滅す まさつき @masatsuki
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