でいり
香久山 ゆみ
でいり
「この遊園地、閉園になるんです」
現社長の決定で、と職員は不服そうに付け足した。
次の七不思議に向かう足取りがせかせか速いのは、厳冬の寒さのせいだろうか、それとも。歩調に合わせるように、職員の言葉もどんどん早口になる。ずいぶんこの遊園地への思い入れは強いようだ。
「前社長は本当に子どもが好きな人でした。子どもには未来があるから大切にしなければならないと、一代でこの遊園地を完成させました。往時はここも賑やかな声が絶えなかったのですが、最近は少子化の影響や巨大テーマパークの台頭により、来場者はピーク時に比べて半減以下に落ち込んでいます。確かに、来場者のない遊園地は、肉付きのない骨みたいなものかもしれないけれど、でも」
この遊園地はまだ死んでいないのだと、揺れる瞳が訴える。
「現社長は何も対策されていないんですか?」
水を向けてみる。
「現社長はお金のことばっかりで……」
もどかしそうな表情を浮かべる。
そんな話をしているうちに次のアトラクションに到着した。
「
お化け屋敷と同規模の敷地面積の四角い建屋。その四面は壁で覆われているが、一部分ガラス張りになった所から中を覗くと、アクリルや鏡を壁にした複雑な迷路構造が窺える。まあ、よくあるやつだ。
「で、ここの七不思議っていうのは一体……、っと失礼」
職員に断り、着信のあったスマホに応対する。
先程こちらへ向かうと電話で言っていた現社長が、いま遊園地の入口に到着したという連絡だった。
「話の途中で申し訳ない」
通話を切り、話の続きを促す。
「ええ。ええと、この、ミラーラビリンスの七不思議はですね。入ったが最後、出てこられないと言われています。永遠に迷宮を彷徨って朽ちてしまうのだと」
こんな風に入口に一歩踏み込むや迷宮に飲み込まれてしまうんです……。言いながら、職員は薄暗い入口の中に姿を消す。
俺も追いかけた方がいいのだろうか。
と、迷っていると、背後から声を掛けられた。
「探偵さん」
振り返ると、職員よりは年長であろう三十絡みの男性が立っている。
「社長です」と名乗られて意外な気がした。メールや電話でのやり取りから、もっと脂の乗った年配の男性を想像していたからだ。つい先程、拝金主義のような話を聞いたせいかもしれない。
「
社長がきょろりと周りを見回して尋ねる。
「ああ、職員さん――小戸毛さんなら、ちょうど今ミラーラビリンスの中に入っていきましたよ。七不思議の一つだと」
それを聞き、社長がちぇっと舌打ちをする。
「あいつ、逃げたな」
呟いてから、俺に頭を下げる。
「すみません。クリスマスの夜にわざわざお呼び立てして。恐らく、今日来ていただきたいと探偵さんにメールしたのは小戸毛だと思います。あいつには色々任せてますから」
「いや、構いません。どうせ予定もないですし」
と我ながらかなしい返事をする。
まあ実際問題、困るのは社長の方だろう。もともと社長はシーズンオフの日中に調査依頼しようとしていたのを、職員の小戸毛が勝手に閉園後の遊園地に俺を招き入れた。ご丁寧に園内の照明もすべて点灯しており、さらに俺のためだけにいくつかのアトラクションも動かした。電気代がいくら掛かるものか知らないが、集客が低迷しているこの遊園地にとっては大赤字に違いない。
はあ、と社長が諦めたように大きな溜め息を吐く。
「ところで、ここの七不思議は何て言ってました?」
気を取り直すように社長が顔を上げる。
「ひとたび迷宮に足を踏み入れると、出てこられなくなる。と」
俺の説明を聞き、ふっと小さく鼻で笑う。
「そりゃあ迷路ですからね。なかなか出てこられませんよ。小さい子どもなら、特に」
「……小戸毛さんを追いかけた方がいいですかね?」
「ふっ。いや、放っておいて大丈夫ですよ。迷子になって泣き出す子どもを迎えに行くのが彼の仕事ですから。それよりも探偵さんが迷子になってしまっては大変だ」
社長に促されて、出口の側のベンチで待つことにする。
「お二人ともお若いようですが、この遊園地は長いんですか?」
「いや、そうでもないですよ。私がこの遊園地の社長を継いだのは五年前です。……前社長は、私の叔父なのですが、二十年近く前に失踪したんです。その後も名義は叔父のままで、うちの両親が弁護士や外部業者に管理を委託して運営していました。叔父の生存を諦めて失踪宣告が成立して死亡扱いとなったのが五年前です」
「親御さんが相続されなかったのですか?」
「遺言書のようなものが残されていたんですよ。遊園地は私に引継ぐと。ほとんどメモ書きで、遺言書という表題もなかったけれど、要件を満たしていたので一応遺言書ということになりました。どのみち親も他の親族もこの遊園地を相続する気はありませんでしたが」
「大きな決断でしたね」
俺の相槌に、ふっと笑う。
「元々会社員をしていたんですが、ちょうどその頃上手くいっていなかったせいかもしれません。別にこの遊園地に然程の思い入れもなかったというのに、引き受けてしまった」
社長が肩を竦める。
「職員の小戸毛さんは、ずいぶんこの遊園地に思い入れがあるようですね」
「ああ。彼は、そうですね。高校卒業後からここで働いているので、年下ですが私よりもずいぶん先輩です」
「彼は前社長に心酔しているように見えましたが、前社長の失踪が二十年前ということは直接の接点はないんですね」
「……まあ、そうですね……。とはいえ全盛期には叔父自らCM出演していたこともありますし、この遊園地の創業者ですからね。憧れていてもおかしくないでしょう」
「幼い頃この遊園地を訪れた際に、前社長と出会っていたという可能性もありますね」
俺は先の七不思議で垣間見た、ピエロに手を引かれる幼い男の子を思い浮かべていた。幼い男の子は、間違いなく職員の小戸毛だろう。そして、丸鼻のとぼけた顔のピエロ。なんとなく見覚えがある気がしたが、前社長だったのではないか。そう思うが、ずいぶん昔に何度かテレビで見た気はするが、はっきりと思い出せない。CMのナレーションをしていたあの特徴的な声ならばはっきりと覚えているが、残念ながら俺は幽霊の声を訊くことはできない。ただ視えるだけだ。
「ああ、まあ、可能性はなくはないでしょうが……。探偵さん、小戸毛を疑っているんですか?」
社長が眉根を寄せて、声を強くする。
「あいつは真面目な職員です。少し思い入れが強過ぎるところはありますが、お客様に害を加えるような奴じゃありません」
「信頼されてるんですね」
と返すと、社長は照れくさそうに俯いた。
確かに小戸毛は遊園地に囚われた亡霊のようでもあるが、もちろん生身の人間だ。俺は幽霊とは話すことができないのだから。もしかしたら、思い入れの強さが七不思議の内いくつかを引き起こした可能性はあるが、いずれにせよ些細な怪異だ。
俺が今回の依頼を引き受けた理由である、二十年前の遊園地連続誘拐事件には関与しようもない。……少なくとも、加害者としては。
「……出てきませんね」
「……ええ……」
職員の小戸毛がミラーラビリンスに入ってもう二十分近く経つが、出てくる気配がない。
「けど、思い入れが強過ぎるのは少し心配してます」
社長がぽつりと溢す。
「え?」
「叔父は――、前社長は失踪したといいましたが、親族内では事件か事故かと取沙汰されました。けど、私はやはり失踪だと思います」
低い声で静かに話す。
「私もずいぶん叔父には可愛がってもらいましたが、ある頃からおかしくなりました」
どうおかしくなったのか。
社長は口を開きかけたが、続きを発することなく、そのままじっと俯いた。
俺もその隣で黙って夜空を見上げる。粉雪はいつの間にかやんでいる。もう二十年以上前の事件だ。無理に心の傷を抉ってまで追いかけることじゃない。
「あいつ、私のこと何か言っていましたか?」
悪口言っていたでしょう? と、話題を変えるように明るい声で言う。
「この遊園地を閉園されるとか」
「はい。お客様も来ないのに、いつまでも古いものを残していたって前に進みませんから。けど、小戸毛にとって思い入れのある遊園地を、後から来た私が壊そうっていうのだから、さぞ憤慨しているでしょうね。守銭奴だと思っているかも」
自虐的な笑みを溢す。
ライトアップされた夜の遊園地はとてもロマンティックではあるが、見ればいずれのアトラクションも年季の入ったものばかりだ。この遊園地を楽しんだ数十年間の人々の思いが詰まっている感じがする。
俺は先程職員が話していたことを隠すことなくそのまま伝える。
「小戸毛さん言っていました。現社長はお金のことばかりで、――」
社長が驚いた顔をする。
「ちょっと! もう! なんで誰も迎えに来ないんですか!!」
迷宮の出口から小戸毛が飛び出してくる。ふつう心配して迎えにくるでしょう! と、ぷりぷり怒っている。
「あほか。子どもじゃないんだから」
表情を戻した社長が小戸毛に向かって口角を上げる。
「ほんっとに、
だから簡単に閉園も決めちゃうんですよ、と声を高くする。
「探偵さんも! ついてきて七不思議解決してくれないとだめじゃないですかっ」
こっちにも火の粉が飛んできたので、矛先を変える。
「安仁社長。小戸毛さんにさっきの話はもうしたんですか?」
「いいえ、まだ。資金調達の目途が立たなかったので」
俺達の会話に、小戸毛がきょとんと不思議そうな顔をする。
「小戸毛」
社長が向き直る。
「この遊園地は取り壊す」
その言葉に、小戸毛の顔がぎゅっと渋くなる。
「それで、新しく作り直す。今を生きる人に合ったアミューズメント施設に」
社長は、遊園地の規模を縮小して、残りの敷地を美術館やプラネタリウムなどの文化複合施設にすること。老朽化して危険な物は取壊すが、観覧車など一部のアトラクションはそのまま残すこと。そのための資金繰りの準備ができたことなどを、簡単に説明する。
そうして、最後にこう付け足した。
「小戸毛。お前には新しいアミューズメントパークで、相棒として力を発揮してもらいたい」
少しの間があって、「はい」と小さく答えた小戸毛の声は震えていた。真っ赤な目からは、抑えようとしても抑え切れない喜びが溢れ出ている。
まるでつい先程社長が見せたのと同じ表情だ。
「小戸毛さん言っていました。現社長はお金のことばかりで、休みなく資金繰りに奔走して、体が心配です。と」
そう伝えた時、社長は驚いた顔をして、すぐに目を真っ赤にして涙ぐんだのだった。
「泣くなよ!」
安仁社長が小戸毛の肩を叩く。そういう社長もまた赤い目をしている。
「泣いてるわけないでしょ。社長こそ報連相が足りないんですよっ」
そう言って肩を叩き返している。
まるで兄弟だ。齢の近い二人は、何でも言い合える良い関係なのだろう。
野暮かと思って席を外し、トイレへ寄って戻ってきてもまだ感激し合っている。微笑ましい限りだ。
ふっと、視界の隅を何かが過ぎって、振り返る。
「ところで、一応俺もミラーラビリンスに入って調査しておきましょうか?」
感動中に水を差すようで悪いが、二人に向かって声を掛ける。
「いいえ、必要ありません。ここも、どうせ取り壊しますから」
社長がはっきりと答える。
だから、俺はいま視界の端で捉えたものについては見なかったことにした。
調度品も何もなく壁だけで成り立つ白い建屋は、まるで肉のない骨のようだ。その中をゆらゆらと歩くピエロは、もう生きていないものだ。放っておけば永遠に彷徨い続ける。生きている者が片を付けない限り。
「では、最後の七不思議の調査はどうしますか?」
もうやめておくのかと思ったが、「続けてください」と社長は答えた。職員も、静かに首肯する。
「最後は、時計台です」
皆で時計台を見上げる。山の上の遊園地、どこからでも見上げられる位置に聳え立つ三角屋根の建物。時刻は丑三つ時を指す。
「時計台には色々な噂があります。あそこからいつもピエロが見張っているとか、ローレライの歌が聞こえるとか、中には財宝があって海賊の骨が埋められてるとか」
山なのにね、と職員が軽く付け足したが、誰も笑わない。
「叔父が私に遊園地を引継ぐと書き残したのは、親族の中で唯一、私が時計台の中に入ったことがあるからではないかと思っています」
子どもの頃、叔父が遊園地に招待してくれた際に案内されたのだという。それを聞いて、職員は驚いた顔をした。
時計台には入口はないのだという。
でいり 香久山 ゆみ @kaguyamayumi
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