庭を掘ったら骨が出てきた

烏川 ハル

庭を掘ったら骨が出てきた

   

「ワン! ワン、ワン!」

 いつもは大人しい愛犬が、私の手綱リードを振り払い、いきなり走り出した。

「待ちなさい、タロ!」

 と呼びかけても、止まろうとせず……。

 他所よその家の敷地に、飛び込んでしまった。


 夕方の散歩中に起きた出来事だ。

 ちょうど梅雨の時期であり、昨日までは数日間、雨が降り続いていた。

 犬の散歩に出られるのも久しぶりだから、タロにしてみれば運動不足だったり、ストレスが溜まっていたりしたのだろう。それで嬉しくて走り出したのでは……。

 そんな悠長なことも考えながら、私はタロを追いかける。

 タロが駆け込んだのは、うちから何軒か離れたご近所さんの一つ。門にあったはずの表札は既に剥がされていたけれど、場所的に、高橋さんの家なのは間違いなかった。


 高橋さんというのは三十歳くらいの夫婦で、まだ子供はいなかったようだ。

 旦那さんの方には会ったことないが、奥さんの方は、犬の散歩中に何度か見かけていた。笑顔で挨拶はするけれど、特にタロを構ったりはしなかったから、犬が好きなタイプではなかったのだろう。

 そんな高橋さんの奥さんも、少し前から姿を見なくなり……。続いて、旦那さんの方も引っ越してしまった。その際、近所への挨拶回りは旦那さん一人だったため、

「家の中から何度も、夫婦喧嘩の声が聞こえていたものねえ」

「奥さんは離婚して、実家にでも帰ったのではないかしら」

 などと、近所では噂になっていた。


――――――――――――


 そんなわけで現在、高橋さんのところは空き家だ。

 誰か住んでいる家の庭に入り込むよりはマシだが、自分の家ではない以上、一応これも不法侵入に相当するのだろう。

「すいません。失礼します」

 誰にともなく一言、断りを入れてから、そこの敷地に足を踏み入れた。

 空き家とはいえ、二階建ての家屋はきちんと戸締りされているらしい。タロはその建物をぐるりと回って、裏庭の方へ向かったようだ。

 私もそちらへ行ってみると……。


 高橋さんの家の裏庭は、何もないところだった。結構な広さがあるのに、一面の土の庭。例えば家庭菜園を作るとか、綺麗な花々を植えるとかみたいな有効活用はせず、所々に雑草が少し生えている程度だ。

 昨日までの雨の影響で、少しぬかるんだ場所もある。そうでないところも、地面の土は湿って柔らかくなっているらしく……。

「ワン! ワン!」

 興奮したような声を上げながら、タロは一生懸命、地面を掘っていた。


 そもそも犬には「掘る」という習性があるが、それは野生の本能みたいなもの。ペットとして飼われるようになった犬には、あまり受け継がれていないのかもしれない。

 少なくともタロの場合、その習性を強く感じさせたのは、一歳未満の子犬だった頃だけ。当時は何度か、うちの庭や公園など、土の大地を掘って遊んでいたけれど、いつのまにか全くしなくなった。似たような仕草を見せることはあっても、それは「掘る」というより「地面を掻く」という程度に過ぎなくなっていた。


 そんなタロが地面を――しかもわざわざ他人様ひとさまの家の庭に侵入して――掘るなんて……。

 一体そこに何が埋まっているのか。よほどタロの気を引くような――遠くからでも匂いで引き寄せられるような――強烈なものが埋まっているのだろうか。

 そう思った瞬間、私の頭に浮かんできた絵が一つ。

 それは骨だった。


――――――――――――


 高橋さんの奥さんが離婚して、実家に帰ったという噂。

 そんなゴシップ話に混じって、もっと不穏な噂も聞いたことがあったのだ。

「実家に帰ったどころか、旦那さんに殺されて、裏庭に埋められたのかも」


 あくまでも「聞いたことがある」という程度だ。それほど広く流布している噂ではないし、私も「馬鹿馬鹿しい話」と笑い飛ばしたくらいだが……。

 こうして高橋さんの裏庭を真剣に掘るタロの姿。それを見せつけられると「あながち笑い話では済まないのかもしれない」と思えてくる。


 ちょっと考え込んでしまう私だが、タロの一声で現実に引き戻された。

「ワン!」

 私の気を引いたのを確かめてから、自分が掘った穴に頭を突っ込むタロ。掘り出した戦利品の一つを咥えて、自慢気に私に差し出してみせた。

 パッと見た感じでは、十数センチの細長い棒だ。

 しかし、よく見れば……。


 茶色く汚れた骨。

 両端には、腐りかけた肉らしき、柔らかそうな代物しろものも付着している。

 骨を模した犬用玩具とは明らかに違う、生々しい本物の骨だった。


――――――――――――


「……!」

 私は驚きのあまり絶句。ここに来た目的も忘れて、タロをその場に残したまま、慌てて自宅へと帰宅した。

 両親に報告すると、父も母もびっくり。二人を連れて、高橋さんの家の裏庭へ、タロが待つ場所へ戻れば……。


「ワン!」

 自分だけ残されていた間に、タロはさらに少し、穴を掘り進めていたらしい。

 穴は明らかに大きくなっていたし、その周囲には、似たような骨が何本か散らかっていた。

 いや、穴の周囲だけではない。タロの体越しに覗き込めば、穴の中にも無数の骨が見えたのだ!


「きゃあああっ!」

 母は悲鳴を上げるが、父は冷静だった。

「二人とも、落ち着いてよく見ろ! こんなに大きさの揃った骨がたくさん……。それに、両端の食べ残し。どう見ても人骨ではないだろう?」

 口元に笑みすら浮かべながら、父が披露したエピソードは……。

「私は何度も目撃しているぞ。高橋さんの旦那さんが、フライドチキンのファストフードの大袋を抱えて帰宅するところを。あの人、よっぽどフライドチキンが好きだったんだろうなあ」


――――――――――――


「じゃあ、これ……。ただの生ゴミなの?」

 先ほどの悲鳴なんて、どこへやら。母は「泣いたカラスがもう笑う」みたいな勢いで、あっさり我に返ると、無邪気な声で父に尋ねていた。

「うん、そうだろう。公共の土地や他人の敷地に捨てたら不法投棄かもしれんが、自分の庭なら問題もないだろうし……」

「でも、もう高橋さん、出てっちゃったのよねえ。今はここ、高橋さんの土地じゃないし……。このままにしておくと、次に越してくる人の迷惑になるんじゃないかしら?」


 母は妙な点を気にしているが、まだ具体的に「次に越してくる人」が決まっているわけではなかった。そういう人がいるのであれば、実際の引っ越しの前に、近隣への顔見せだったり挨拶回りだったりがあるだろうから。

 だから私は、母の言葉を「気の回し過ぎ」と思ったけれど、父は母に賛成だったらしく……。


「うむ。空き家の管理会社なり、不動産屋なりに連絡しておいた方がいいかもしれん」

「その管理会社とか不動産屋って、どこだかわかる? うちがお世話になってるところと同じかしら?」

「いや、同じとは限らないし、どこだろうな?」

「じゃあ、もう面倒だから警察に通報して、そちらに一任しましょうか? 私たち三人とも、これを人骨と誤解したことにして……。空き家の裏庭から人骨が出た、ってことになったら、お巡りさんも色々調べてくれるだろうし、然るべき会社にも連絡してくれるわよね?」


――――――――――――


 庭に生ゴミを埋めた程度の話で、わざわざ警察の手を煩わせるなんて……。

 私は呆れてしまうほどだったが、結果的にはこれが正解だった。


 きちんと警察が調べたところ、たくさんのフライドチキンの骨の下に、本当に人骨も埋まっていたのだ!

 もちろん、高橋さんと無関係なはずもなかった。それは高橋さんの奥さんの骨であり、犯人は高橋さんの旦那さんだった。


「そういえば『木を隠すなら森の中』とか『手紙を隠すなら手紙の中』とか言うからなあ。人骨を隠すなら、フライドチキンの骨に紛れ込ませる……。そんな発想もあるのか」

「あなた、知ってるかしら? ヨーロッパの古典的なミステリ小説には『死体を隠すなら死体の中』という話もあるそうよ。お偉い軍人さんがプライベートな殺人を隠すために、部下に無謀な戦争をさせて死体の山を築く……みたいな」

 近所で起きた殺人事件で、被害者も加害者も顔見知り。私たち自身も第一発見者みたいな立場だったというのに、父も母もまるで他人事ひとごとな口調で、この件について振り返っていた。

 私はとても他人事ひとごととは思えず、特に「近所で起きた殺人事件」というだけでも恐怖を感じるのだが……。

 それよりも、ふと思い出したら怖くなるのが、以前に聞いた噂。「高橋さんの奥さんは旦那さんに殺されて、裏庭に埋められた」と言い出したのは誰なのだろう、と。

 当てずっぽうが偶然真実だったとしたら、その勘の鋭さが怖いし、そうではなくあらかじめ真相を知っていたのだとしたら、真相を知るような立場だったということになり、それはそれで怖い。

 どちらにせよ、そんな人が、何食わぬ顔で近所付き合いする中に潜んでいるなんて……。




(「庭を掘ったら骨が出てきた」完)

   

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庭を掘ったら骨が出てきた 烏川 ハル @haru_karasugawa

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