タバコをポイ捨てしただけなのに
キリン
ポイ捨てダメ、絶対
ムシャクシャしていた。
ムシャクシャしていたから、今日の帰り道はいつもよりたばこをふかしまくっていた。
「クソッタレ、なーにが新人研修だよ」
どいつもこいつも舐めたガキだ。なんで面接で落とされなかったのか疑問に思うぐらいには、礼儀もスキルも空っぽ……あんな若造を新しく雇うぐらいなら、俺への給料を上げて労働意欲を上げたほうが効率的だろうが。
「提出期限守らなかったのはあいつらだってのに、俺の監督責任だぁ? 冗談じゃねぇ、どうせパワハラだって言われるんだったら首絞めてるっつの」
コンビニで買った一缶972円の酒を流し込んでいたせいなのか、自分でもびっくりするぐらいには言動が過激になっていく。
まぁ不幸中の幸いか、定時をガン無視して何時間も残業をさせられていたせいで周囲には人がいない……1人でブツブツと物騒なことを言うには、もってこいの深夜帯である。
「……クソが」
なんでこんなことになってんだろうなぁ、と。
アルコールにやられた頭を掻き毟り、咥えていたタバコをすでに吸いきっていたことに気づいてから、そう思った。
俺は悔しくなって、全部嫌になって、まだほのかに赤く光る吸い殻をぶん投げ、深夜の住宅街のど真ん中で叫んだ。
「クソッタレぇ! なにがSDGsだ、なにがポイ捨て禁止だ! この世の中、もうすでにゴミまみれクソまみれみたいなもんだろ!」
悪態をつきながら、次のタバコを吸っては投げ、吸っては投げながら、俺は煙たい家路を怒り狂いながら辿った。
……翌日、俺は二日酔いに苛まれながら起きた。
いつも通りにスーツを着て、いつも通りに冴えない朝食を食って、いつも通りにタバコとライターを胸ポケットに入れて……家を出る。
そして、しばらく歩いた先で俺は、何やら人だかりができているのに気づく。──そして、その奥にある轟轟とした炎に包まれたいくつもの民家を。
「……え」
何台もの消防車が、消防隊員が、ぶっといホースで水をばらまきながら火の中に突っ込んでいく。悲鳴が聞こえる、気が軋む音が聞こえる。
俺は知っている。っていうか、覚えている。
ここで俺は昨日、吸った煙草の吸い殻を……そこら中の家に放り投げまくった。
酔っていたけど、覚えている。確か、その吸い殻にはまだ火が残っていて……それで、それで。
ああ、俺は。
振り返って、煙が昇っている瞬間を見てしまって。
「──」
気がついたら俺は、携帯電話を取り出していた。
かける先は会社だ。はいもしもしと対応に出てきた女性の声に、こう言い放つ。
「風邪引いたんで、休みます。有給取らせてください……」
返事を待たずに、俺は電話を落とした。
そのまま崩れ落ち、自分の口を塞いだ。
バレてない、まだバレてない。
誰にも見られていない、誰にも言ってはいけない。
楽になろうとしてはいけない。
(……ああ、そうか)
俺は、今この瞬間。いいや分かっていて逃げてしまったあの瞬間に。
自分の人生を、ポイ捨てしてしまったんだ。
分かっても、嘆いてももう遅い。
黒焦げになった人の形をした何かを抱えた消防隊員が業火の中から出てきた瞬間、俺は自分の人生が黒焦げになっていることを悟ったのだった。
タバコをポイ捨てしただけなのに キリン @nyu_kirin
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