生徒会室の侵入者

はくすや

帰るぞ

 生徒会室隣の書庫。空気は緊張していた。

 書棚におさまっていたと思われる書籍や書類が床に重ねられるようにおかれていた。それはまるで海岸で目にするテトラポットのように何冊かの束になっていて、紐で括られていたとしたらこれから資源ごみとして出す予定であるかのようだ。

「発見時のままなのね。興味深い」

 スマホ撮影しながら山縣杏菜やまがた あんなは言った。高等部二年生。彼女を含めた新聞部の部員が何人かに足を踏み入れている。その中にはデジカメを構える写真係もいた。

「早くしてください。昼休み中に片づけを始めたいので」

 吊り目を際立たせるのは生徒会書記松前理世まつまえ りよだった。

「わかったわ。概ね写真はとったから、何かなくなったものがないか確認しながら片づけを始めて下さい」

 現場を仕切っているのはなぜか新聞部の山縣やまがただった。

 生徒会室に侵入者があったと判明したのは昼休みに入ってすぐだった。

 生徒会役員は毎日生徒会室で昼食をとる。昼食をとりながら非公式の会議をしているのだ。

 鍵をあけて入った瞬間、何らかの違和感を覚えた生徒会役員たちはすぐに書庫に入った。重要な書類などは生徒会室隣の書庫におさめられており、この書庫には廊下側から入ることはできず、必ず生徒会室の中扉から入らなければならなかった。

 そして書庫に入った役員たちは、書棚におさめられている書籍や書類が床に積み上げられているのを発見したのだった。

 何者かが生徒会室に侵入した。

 騒ぎを聞きつけて真っ先に駆け付けたのは生徒会室隣に陣取る新聞部だ。

 彼らはまるで警察と鑑識であるかのようにふるまった。

「何かなくなったものがありますか? もし盗難にあたるなら学校を通じて警察に連絡してもらうことになります」

「これからひとつひとつ確認します」生徒会長の幡野沙織はたの さおりは言った。

 前髪ぱっつんのストレートの黒髪はクレオパトラを思わせる。間違いなく学園で屈指の美女だ。高等部二年生でありながら三年生にも支持者が多かった。その女神の指示に逆らうものは生徒会内部にはいない。たとえ理不尽と思われる指示であっても従うのだ。だから書記の松前は不本意ながら新聞部の傍若無人の振る舞いに目をつぶっていた。新聞部に「捜査権」を与えたのは生徒会長の幡野沙織だった。

 生徒会役員たちが書籍や書類を確認してはもとにあったところに戻す。新聞部はそれをいちいち撮影していた。

「にしても」松前があからさまに不満を口にした。「どうしてここに部外者がいるのです?」

「ボクのことを言っているのかい?」

 せわしなく動く生徒会役員たちを横目で見ながら書庫内を無遠慮に観察する男がいた。明石透あかし とおる。高等部二年生。がっしりとした体格からは想像もできないくらいの美貌の男。顔に似合わない破天荒な振る舞いに学校中が一目置いていた。いや、避けていた。触らぬ神に祟りなし。

「事件があれば探偵が必要になるではないか。だから来たのだよ」

「は?」松前がいきり立つ。

「今回だけは立ち合いを許可します」

 生徒会長幡野のひとことで松前は引き下がるのだった。

「こういう事例にはミステリ研が役に立つと思うよ」呑気に言ったのは新聞部山縣だった。

 新聞部に紛れてミステリー研究会の会員が何人かいたのには訳がある。新聞部の山縣はミステリ研の会員でもあり、たまたまミステリ研の会員たちが新聞部部室を訪れていたときに「事件」の知らせが入ったのだ。好奇心の塊であるミステリー研究会会長明石透が会員を引き連れてここに出しゃばったのは当然のなりゆきだった。

「何かなくなったものはありそうか? 舞子まいこ」明石は書類を整理しているショートボブの美少女に声をかけた。

「いいえ」舞子実里まいこ みのりはクールに答えた。「何も」

 高等部一年生の舞子実里は中等部時代生徒会に所属していて現会長の幡野沙織が中等部会長をしていたときの懐刀だった。そして今は明石のもとでミステリ研にいる。生徒会の事情にも詳しいミステリ研の人間だった。

 ミステリー研究会はマイナーな同好会だったが、あちこちに兼部している会員がいて、新聞部の山縣、元生徒会の舞子以外にも写真部の須磨入鹿すま いるかなどがいて、須磨もまたここで現場の撮影を行っていた。

 生徒会会長の幡野がミステリ研の介入を許したのは舞子がいたからだ。

「ただ――この書棚。こじ開けようとした跡がありますね」舞子は指摘した。

「鍵がかかった書棚には重要機密書類が入っています。触れないで下さい」松前が釘を刺した。

「本当に中には手が入っていないのか?」明石がその書棚に目を向ける。

 どうやら「犯人」はこの書棚を開けられなかったようだ。鍵の差込口周囲には何やら針金のようなものを突っ込んでできたような引っ掻き傷が多数あった。

「犯人は鍵をもっていなかったようだな」明石は言った。

「生徒会室の鍵は持っていたのに?」舞子が指摘する。

「そこがポイントだ」

「生徒会室の鍵はコピーが多数あります。部外者がさらにコピーすることも可能でしょうね」松前が舞子を睨んだ。

「私ではありませんよ」元生徒会の舞子は無表情のまま言った。

「なるほど――お前ならこの生徒会室に入ることはできたわけだな。しかし鍵のかかった書棚をあけることはできなかった……」

「ですから――私ではありません」舞子は顔色も変えずに答えた。

「犯人は現場に帰って来るものだ」

「そうですね、私も容疑者の一人ですね」

「身内であっても疑う。ミステリーの鉄則だ。そう怒るな、舞子」

「その書棚、ほんとうに開けられていないの?」山縣が口を挟んだ。

「確認した方が良いな」

 明石が言うので、松前が仕方なく書棚の鍵を取り出して開錠した。

 中は整然としていた。ファイルがぎっしりとつまっている。

「重要機密書類って、何が入っているんだ?」

「部・同好会の活動報告と決算報告書です。これをもとに部費の割り当て、そして部室の使用許可を与えます」

「ミステリー研究会にも部室をあてがってもらいたいものだな」明石が暢気に言った。

「ミステリ研は同好会ですから、共用の同好会室で十分だわ」松前が吐き捨てるように言った。

「本当になくなっているものはないのか?」明石が覗き込む。

「ありません!」松前は書棚から明石を引きはがした。

「こちらの書籍書類も紛失したものはなさそうですね」舞子が言った。「もとあった場所に収納していっていますが、ぴったりおさまりつつあります」

「さすがは元生徒会だな」明石は感心したように言った。

「逆に増えたものはないのか? なくなったのではなく、何かが加えられているとか?」

「は? 意味がわかりませんが」松前が食いついた。

「犯人の狙いが何かを盗むのではなく、置いていくという可能性の話だ」

「なるほど、なるほど」山縣がうんうんと頷く。

「それもないと思いますが」舞子がクールに言い放った。

「ちゃんと確認したのか?」

 生徒会役員たちが床に積み上げられた書類書籍をもとの場所に収納していく間、部外者のミステリ研があれやこれや言い続けて現場はかえって乱れていた。

「何ですか! あなたたち!」松前は興奮している。

 幡野会長はもうすでに諦めたような顔で立ち尽くし、舞子に訊かれたことを答えていた。

 新聞部をはじめ写真係は山縣の言いつけ通りに撮影を繰り返していた。

 明石は松前をいじるのを面白がっていた。

 そうして現場は混乱したが、片づけは完了した。

 紛失したものはないと結論づけられた。

「どうやら犯人の目的のものは鍵のかかった書棚にあって、それを盗むことができなかったようだな。何ともお粗末な結果だが、事実とはそういうものだ」明石が言った。

 ぶすっとした顔の松前は無理矢理納得したような顔をした。

 生徒会長の幡野が椅子に腰かけ、役員たちもほっと一息ついてそれぞれの椅子に座った。

「さて――帰るぞ、

 明石に言われては彼の背中に続いた。

 舞子が僕を横目で見た。僕の隣を歩く。

 後ろから山縣が僕の背中を叩く。

「あとでヒーローインタビューだな」山縣は笑っていた。

 たった今は終わった。

 ミステリー研究会報告書のすり替え。

 明石透先輩が作成した書類は不備だらけだった。あれで良いと思える明石先輩はどうかしている。しかしそれが彼のキャラなのだ。

 僕たちは書類を差し替える必要に迫られた。

 生徒会室の鍵は舞子実里が持っていた。侵入するだけなら簡単だ。しかし鍵のかかった書棚の中に触れることはできない。そこで生徒会室に何者かが侵入した形跡のみをわざと作った。

 現場検証に立ち会えるよう僕たちは動いた。山縣杏菜先輩なら新聞部として生徒会に出入り自由だし、幡野会長にも信頼されている。

 僕たちはミステリー研究会一同として現場に入った。明石先輩だけが邪魔だったが、山縣先輩と舞子がうまく動いて彼の目を遠ざけることに成功した。

 言葉巧みに松前先輩に書棚の鍵を開けさせ、明石先輩と松前先輩がやりあうように仕向けて、他の役員たちの視線を遠ざけ、存在感の薄い僕――芦屋憲勇あしや けんゆうがミステリー研究会報告書をすり替えたのだ。

 僕と舞子、山縣先輩の三人で仕組んだことだった。

 明石先輩は知らない。彼は推理だけしていれば満足なのだ。そういう意味ではいちばん幸せな男だった。

 僕たちは生徒会室を後にした。

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生徒会室の侵入者 はくすや @hakusuya

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