居ない子居ませんか

花鯛

居ない子居ませんか

毎朝、朝礼の最後に担任が言うんです。

静まり返った教室の中で、その声だけが妙に耳に残るんですよね。普通は、クラス全員が「居ません」と返事をして、それで終わるんです。

その光景が、どうにも不気味で。


最初はただの確認だと思って、深く考えはしませんでした。でも他のクラスではやらないんですよ。聞きましたから。

それなのに、誰も疑問に思う様子も、嫌がる様子もない。淡々と、まるで決まりきった挨拶みたいに。それが怖かったんです。

 

私は転校生でした。高校二年の新学期から編入したばかりで、周りが新しい環境に馴染もうとしている中、私だけが余計な事を気にしている気がして、誰にも言えませんでした。先生もクラスメイトもいい人たちで、尚更「おかしい」なんて言えなかったんです。

それでも、どうしてもあの言葉が頭から離れない。言われるたびに胸の奥がざわついて、クラスメイトたちの返事の声に違和感を覚えるんです。声がそろっているのが不気味なのか、それとも全員の顔が無表情なのが怖いのか。どちらにせよ、気にしているのは私だけでした。


最初に異変を感じたのは――転校して1か月ほど経った頃でしょうか。ある日、担任が風邪で休んで、代わりの先生が朝礼を担当したんです。点呼も普通に終わって、授業が始まるとき、言いようのない嫌なものを感じたんです。胸がざわざわするような。クラスの子たちも、妙に落ち着きがなくて。教室全体が重苦しい空気に包まれていたのを覚えています。

その時、気づきました。今日、「居ない子居ませんか」がなかったことに。あの言葉がないだけで、ここまで教室の雰囲気が変わるものなのかと思いました。なんとなく嫌な予感がして、周りを見回してみたんですけど、誰も目を合わせようとしないんですよ。皆机に目を向けて、息を潜めるように黙っていました。その静寂が逆に怖くて。


次の日、後ろの席の山下君が学校を休みました。彼は元々目立たないタイプでしたが、その日は妙に気になったんです。朝礼が終わって、復帰した担任がいつものように言いました。「居ない子居ませんか」。クラス全員が、いつも通りに「居ません」と返事をする。私もそれに倣って答えました。だけど、ふと疑問を感じました。どうして山下君のことに誰も触れないんだろうって。

おかしいと思いませんか?普通、誰かが欠席したら「あ、山下君休みです」とか言うでしょう。でも、その日は誰も彼のことを口にしなかったんです。まるで、最初からいなかったみたいに。その日から、二度と彼は学校に来ませんでした。


ある日、思い切ってクラスメイトに聞いてみました。「どうして先生は、あんなことを毎朝聞くの?」って。でも、彼らは揃いも揃って同じようなことを言うんです。「ただの確認だよ」とか、「昔からそうだから」とか。私が「他のクラスではやらないよね」と言うと、急に話題を変えられて――触れちゃいけない空気を感じました。


最悪だったのは、夏休みを控えたある日。あの時、私はどうかしていたのでしょう。朝礼の後、例の文句を担任が言いました。

「居ない子居ませんか」

クラス全員が口を開こうとしたその時、何かに背中を押されるように言ったんです。

「居ます」って。

瞬間、世界から音が消えました。教室に響いていた扇風機の低い唸りも、窓の外から入っていた蝉時雨も、全て噓のように止まったんです。

そして、教室中の視線が一斉に私へ向けられました。

示し合わせたように、機械みたいな動きでこちらに向けてくる。その眼には感情のかけらも感じられず、無機質でした。誰も瞬きをしない。誰も息をしていない。教室中の全ての目が、ただじっと、冷たく、無表情のまま私を凝視していました。


――その時です。


背後に、何かがいる気がしました。


いや、違う。後ろだけじゃない。窓の外。天井の隅。黒板の隣。教室の扉のすぐそば。私の足元。見えていないのに、確かに感じる。誰かがそこにいるんです。それも、ひとりやふたりじゃありません。


クラスメイトではない。


もっと違う、何か。そう感じました。


全身から血の気が引いて、冷や汗も止まりませんでした。

逃げなきゃ。

そう思っても、体が動かないんです。

全身が、見えない何かに押さえつけられたように硬直していました。


駄目だ。


このままでは、何かが、来る。


「居ません」


震える声で、絞り出すように言いました。

それを言った瞬間、空気が弾けたように、音が戻ってきました。扇風機の音。遠くのチャイムの音。蝉の鳴き声。


でも、視線はまだ張りついていました。


クラス全員が、変わらずこちらを見つめていました。担任も、黒板の前に立ったまま、ただ私を見ています。誰も何も言わないまま、誰も表情を変えないまま。


そうして、私は教室を飛び出しました。



――その日以来、私は学校に行くのを辞めました。これ以上は耐えられなかったんです。 

あの言葉の意味は、今もわからない。ただの確認じゃないことだけは、理解しています。

私が何か、大変なことをしてしまったという事も、なんとなく分かっています。

でも、それ以上はもう......知りたくありません。


――だから、最後にひとつだけ。


もし、どこかで「居ない子居ませんか」と聞かれることがあったら。


必ず、こう答えてください。


「居ません」、と。

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居ない子居ませんか 花鯛 @87_dai

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