冬の帰り道

秋色

On the way home

 夜のバスの車窓から見る町はにぎやかで、色がいっぱいあふれている。


 学習塾グローリーの授業が終わって乗るいつものバス。

 授業が八時に終わった後、旗を持った塾の先生の後について近くのバス停まで行き、乗ったバスだ。生徒達の中で交通機関で帰る子達は、先生がバス停や駅まで先導する事になっている。

 でも親が塾の前まで車で迎えに来ている子も多い。

 三学期から塾に入った美加ちゃんは学校が同じで去年、中一の時はクラスも一緒だった。

「由亜ちゃん、バスで帰るんでしょ? 今日は雪が降るから私はお父さんに迎えに来てもらってるの。一緒に乗ってく?」


「ううん……。いいよ」


「え? いいの? でも由亜ちゃんち、誰も迎えに来てくれる人いないでしょ?」


 こういう時、すごく答えに困る。私のママは四才の時に病気で亡くなっていて、ずっとパパと二人暮らしだった。でも去年、パパは再婚をして、今は新しいお母さんと三人暮らし。でもそれを言うと、「継母なんだね」と言われるから、何となく大っぴらには言いづらい。物語の中では、継母を持つ女の子はたいてい不幸だし。だからみんな継母と聞くと、可哀想といった眼付きになる。


 ベーカリーのオレンジ色の照明が窓の外に見える。店の中で食べているお客さん達の様子がガラス張りの向こうに見える。

 初めてそれを見た時には、驚いた。パンというのはこんなにお洒落なお店の中で素敵な洋服を着て食べるものと思わなかったから。部屋で一人テレビを見ながら、食べるものだと思っていた。



 私は自分が可哀想なのかなんて、これまで考えた事はなかった。みんなからママの事で可哀想と言われる事は多かったけど。そして小さい頃のママとの思い出をなぞると、心にぽっかり穴が開いてるのを感じたけど。

 パパの仕事には残業が多いので、一人ぼっちで部屋で待つ夜は、十四年の人生の中で、他の子よりは確かに多かった。

 だから帰るとすぐにテレビの電源を入れる癖がついている。ドラマは見ず、いつもバラエティばかり。二人組の芸人、サンドさんが家族か親戚みたいに感じられて、いつの間にか親しみを感じていた。面白いかどうかはあまり気にしないで。


 *


 私は、バスの座席で一人、家の近くのバス停、桜川前に着いてからの道を思い起こしていた。それは照明のあまりない暗い夜道だ。小学校高学年から通っているけど、暗い夜道がイヤでいつも小走りで帰っていた。「近所は皆、知り合いと思って何かあったらすぐ駆け込みなさい」とはパパに言われてたけど。

 まずバス停に着くと、アイスクリーム屋さんがある。アイスクリーム屋さんと言ってもスタンドとちょっとだけ席のある位の小さなお店。でもそこは夜八時までの営業なので、塾が終わって、私の乗ったバスが停留所に着く頃には、もうお店の灯りは消えて真っ暗になっている。

 それでもちょっと前まではお店の前に大きなスノーマンの人形が置かれてあった。ビーズのような素材で作られていて夜でもキラキラ光り、まるでバスから降りた私を出迎えてくれているかのようで、ほっこりとした気分になった。

 その道を曲がって進む道は両側に古い家やお店がある。クリーニング店や美容院はもちろんもう閉まっている。クリーニング店の横の小さなスペースに植えられた薔薇を夏の初めに見るのが楽しみで、いつも道の右手を歩く癖がついた。本当は歩道が両側にあるので、そして左側にどうせ曲がって家に続く道に出るのだから、左側を歩けばよさそうなものなのに。

 小さな川があってそこに小さな橋が架かっている。ここは普通の道とは違って、真ん中を歩きなさいと昔ママから言われていた。小さな川といっても、危ないから用心するようにという事。私は今でもそれを守っている。

 川というのはどんなに小さくても危険なものだし、必ず海につながっているという事も知っている。時々その事を不思議に感じる時もあるけど。

 橋を渡ると小さな郵便局の隣に酒屋がある。その酒屋にはお菓子もちょっとだけ置いてあって、幼い頃にはママとそこに寄るのが楽しみだった。ただ、そのお店にいつもいるおばあさんが怖くて、いつもママの服にしがみついていた。おばあさんは大きくてとにかくいかつい顔が怖かった。

 それなのに一度、そのおばあさんに助けられた事がある。一人で道で遊んでいた時、なぜだかリードを外されていたシェパード犬が来て、道の隅に逃げた。そこにまでシェパード犬は追いかけてきて、私がしゃがみ込んで震えていた時だ。酒屋のおばあさんが犬を追い払って、私を抱き起こしてくれた。その時、怖い顔のおばあさんから、意外にも良い匂いがしたのを憶えている。電話を受けて駆けつけたママは、おばあさんに何度もお礼を言った。

 そして後で幼い私に、ママがいなくても味方になって助けてくれる大人は、こうしているんだからねというような事を言った。それは、病気で若くしてこの世を去る事を予測していたのか、ただの偶然なのか、今も分からない。酒屋さんは今では長い間、お休みしている事も多くなった。お店が開いている時にもおばあさんの姿を見ない。

 そうして酒屋を過ぎて、若い人向けのアパートを過ぎたら私の家の屋根が見えてくる。

 そんな帰り道の情景を、まるで映画のようにバスの座席で1シーン、1シーン振り返っていた。


 *


 バスは桜川前に着いた。

 今はアイスクリーム屋さんの前にスノーマンの人形はないけど、そこまで傘を持って迎えに来ている人影。新しいお母さんだ。体型もどっしりしていて、少しスノーマンみたい。


 暗い空からみぞれ混じりの雪が降り始めている。お母さんはいつも懐中電灯を持って迎えに来てくれる。そっちの方がスマホのライトより明るいからって。

 お母さんが迎えに来てくれるようになって、家に帰るまでがあっという間になった。おしゃべりで色々話すので、すぐに家に帰り着く。


「クリーニング屋さんの薔薇は、春になったら咲くね。五月くらいかな」



「橋はあまり端っこを歩いたらだめだよ」



「そういえば酒屋のおばあさん、退院したんだって。今日、庭にいるの、見たわよ」





 私は自分が可哀想なのかなんて、あまり考えた事はなかった。でも夜道は怖くなくなった。

 お母さんが帰り道に小さなお店で買ってくるおやつのパンは端っこが焦げているけど、甘くて懐かしい味がする。

 心の穴は塞がれないけど、今、新しい部屋ができた気がする。

 そして家では相変わらずバラエティ番組ばかり見る。二人組の芸人さん、やっぱり好きだ。

 そして最近気が付いた。この芸人さん達すごく面白いって。




〈Fin〉

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

冬の帰り道 秋色 @autumn-hue

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ