第2話  落とし物の正体


 歩いて数分の場所に交番はあった。幼児は自分は近所の幼稚園の通う年少組の4歳児だといい、尋ねてもいないのに幼稚園での行事や友達ことも楽しそうに話してくれた。

 虐待されているような雰囲気はなかった。一体、この子は何を落としたんだ。親はなにをしているんだ。


「すみません、迷子の子どもがいたんですが――」


 交番の扉を開けて、背後にいる幼児に中に入るように促そうと思った時――。


 ――おい、うそだろ!?


 そこに幼児の姿はなかった。 

 忽然と消えていたのだ。理解不能。つい今まで俺のすぐ後ろにいたのに。これはどういうことだ。

 


「どうされました?」


 呆然と立ち尽く俺の様子を見て、勤務している若い巡査がこちらを向き椅子から立ち上がる。 


「いえ、あの、ちょっと出直します」


 慌ててそれだけ口にすると俺は交番の周りを探した。あの幼児はつい今まで俺のすぐ後ろにいたはずだ。ずっと会話をしていたから間違いない。

 結局、最初に出会った場所まで戻り、また交番まで走った。あの幼児の姿はどこにもなかった。

 

「どうされました? 大丈夫ですか?」 

 

 俺が交番付近を1人で走りまわっているからだろう、先ほどの巡査が心配そうに扉を開けて出て来た。



「あの、実は迷子の子どもを保護したんです。ここまで連れてきたんですが急にいなくなってしまって、いえ、さっきまで確かにいたんですが」

「子どもですか?」

「ええ、その子は何か『落とし物』をしたらしく見つからないといって1人で探していたみたいなんです。親の姿もないし時間も遅いでのとりあえず交番に連れてきたんですが――」 

 

 ――急に消えました、とはさすがに口にできない。


 ああ、ダメだ。俺はもう変な人か酔っぱらいだと思われているに違いない。

 職務質問とかされるかもしれないと思い、おそるおそる巡査の顔を見ると、巡査は何とも言えない複雑な表情を浮かべていた。



「ありがとうございました。その件はこちらで把握していますので。もうお帰り頂いて大丈夫です」

「えっ、把握って?」


 ――何を把握してるのだ? この対応はなんなんだ? 


「警察としては詳しいことはお伝えできないのでご了承いただけませんでしょうか? 今回は寒い中ありがとうございました」

 

 俺は納得できない気持ちを抑えながら帰宅した。



***



 翌日の出勤時に俺はすべてを知った。


 昨晩の幼児と出会った場所から、少し離れた道路の脇に多くの花束が御供おそなえされていた。

 いわゆる『交通事故現場』だった。花だけではなくジュースやお菓子もたくさん置かれていた。

 

 ――そうか、1か月くらい前に幼稚園に通う子供が車にはねられてという事故があった。飲酒運転かなにかの事故だときいて痛ましい事故だな、とその時は思っていたが。


 あの幼児が事故の被害者だったのか。

 

 ――あの幼児は『命』をからもう家に帰れなくなったのか。


 探せば見つかるという類のものではないが、幼児本人には自分の死が理解できていないのだろう。

 ママとパパが泣いているという意味もわかった。

 

 もう、あの幼児はどこにも逝けずにあの場所にとどまるしかないのか。

 利発そうでかわいらしい姿が俺の頭に浮かぶ。この先もずっと「落としもの」を探し続けるのかと思うとなんともいえない複雑な気持ちになった。



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落とし物が見つからないからおうちに帰れないの  山野小雪 @touri2005

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