落とし物が見つからないからおうちに帰れないの 

山野小雪

第1話  落とし物を探す子ども

 

 

 冬の夜は吐く息も白い。

 凍てつくような寒さの中、残業を終えて帰宅を急ぐ俺は驚くような出来事に遭遇した。

 それはちょうど住宅街の近くの一般道に差し掛かった時のことだ。

 


 なんと、幼児がちょこちょこと夜道を1人で歩いているのだ。年は4歳か5歳くらいか。そして周りには大人はいない。これは明らかに不自然な光景だ。

 幼児は男の子で小さな棒を手にしていた。さすがに驚いて少し離れた場所から様子を見ていると、その棒を使って歩道に転がっている石や雑草をなにやらつついたりしている。


 服装も真冬だというのに上着も着ておらず、長袖のトレーナーとズボンという少し肌寒い恰好をしている。

 俺の頭に最初に浮かんだ言葉は「幼児虐待」。

 こんな寒空の下に小さい子どもが1人で放置されているのは問題だ。この子どもの親は何をしているんだ。


 面倒ごとには関わりたくないタイプの俺だが、さすがにこれは無視はできない。

 独身なのでこんな小さな子どもと話す機会など全くないが、近づいて声をかけてみた。

 


「こんばんは、なにしてるの?」

 

 近づいた俺にその幼児は一瞬驚いた表情を浮かべたが、


「探しているの」

 

 と、泣きそうな顔で俺の顔を見つめる。

 街灯に浮かび上がるその幼児の顔はくりくりとした大きな瞳をしていてかわいらしいものだった。利発そうな雰囲気もあり、さらさらとした髪には清潔感があった。上着は着ていなかったがトレーナーは某有名子供服ブランドのもので決して粗末な身なりではなかった。



「なにを探しているの?」

「うん、の」

「なにを落としたの?」


 正直、子供との会話は苦手だ。感情だけで会話をするし話も妙にかみ合わない。


「おうちの人はいないの? もう遅いから帰ったほうがいいよ、寒いよ」


 俺は自宅に戻るように促してみた。子どもを探すような大人の姿も特にない。

 幼児はゆるゆると首を振る。


「まだが見つからないからおうちに帰れないの」

「何が見つからないの?」

「……の。それを探しているの」

「……何を探してるの? おうちの人が心配してるし早く帰ったほうがいいよ」


 俺が言っても全く言うことを聞かず、幼児はまた周囲をちょろちょろを動き回る。 

 お手上げだ。

 誰か他に人が通りかからないものかと、しばらく様子をうかがっていたがあいにく誰も通りかからなかった。


「ほら危ないよ! 車が来るから」


 ここは住宅街とはいえ、国道からも近く交通量もそれなりに多い。

 正直、仕事で疲れて早く帰りたいが幼児をこんな遅い時間にほおっておくのは問題だと思った。


「もう帰ろうよ、家近くなの?」


 幼児は頷く。大きな瞳がかわいらしい。



「でも帰れないの。まだ見つからないから。ママが泣いてるの」

「落とし物はお母さんのものなの? 指輪とか?」

「……見つかるまで帰れないの」


――アクセサリーを無くしたのか、それを母親に探すように頼まれたのか?


「パパも泣いてるの」


――父親も泣いているのか? 一体何を落としたんだ?


 幼児が何を落としたかわからないがここで放置するわけにはいかない。真冬の夜にこのまま見過ごしていいものではない。

 俺は首に巻いていたマフラーをしっかりと巻き直すと、



「ねえ、交番に行こうか? もうおまわりさんに探してもらったほうがいいよ」

「……そうだね。ありがとう、おじちゃん」


 おじちゃんという単語に軽くダメージを受けながらも幼児が素直に俺の案を受け入れてくれたことに感謝した。ちなみに俺はまだ20代だ。

 

 

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