帰る

永盛愛美

第1話 青天の霹靂から奈落の底へそして達観から試行錯誤へ

  はじめに

これは実際に起こったことである。

夢物語や妄想でもない。精神疾患の類であると評されることも屢々。

 自身が体験してみなくては、理解不可能だろう。

 「個人の記憶違い、勘違いを何故そのように執拗に周囲の記憶違い、間違いだと述べ、その上修正しようと愚かな試みを致すのか?」と、嘲笑するだろう。あたおか(頭がおかしい、イカレテいるの意味)人間だと結論づけるだろう。



 五十代前半の女(私である)は、令和二年十月八日の夜遅くに最終列車に乗っていた。

 その車両がエンジントラブルの為に遅延し、寝過ごさないように車内でSNSを開いていた。その時に違和感を覚えた。更に最寄駅へ下車した際に、何とも言えない奇妙な違和感と気持ち悪さ、胸のざわめき、それと相反する「ここで良い」との視覚情報がせめぎ合う体験をした。

 「ここで良いけど、ここじゃない。違う」

 帰路の途中で足を止めた。頭がおかしくなったのだろうか?脳梗塞か?虚血性の疾患か?両手足の動きを確かめ、昔かじったロシア語と英語の短文を暗唱して呂律を確認し、いや若年性の認知症であるならば短期の記憶が怪しいと一日の食事内容を思い出す。

 おかしい。帰宅して母や猫たちを見てもなんら変わりはないのだが、違う。ここじゃない。帰りたい。

 ……帰りたい?何処へ?家はここだ。しかしここじゃない。何かとても大切な、大事な『何か』に置き去りに、置いてきぼりにされた。取り残されてしまった虚無感と悲しみ。

 ……なんだ?なんだこれは?そうだ、あのSNSを見てから胸のざわめきが止まない。もう一度見てから寝よう。

 帰宅は真夜中を過ぎて翌日(当日)も仕事があるが、胸が脳ミソがヤケに気持ち悪くて眠れそうにない。そうして初めて知った言葉。

 マンデラエフェクト。

 なんだなんだ?世界的な記憶違いや勘違いか?精神疾患の類か?

 と他人事のように嗤っていたが、いきなり頭をハンマーで殴られる感覚とは正にこのこと。


 東京タワーが赤白!!

 心臓が中央部!!

 国鳥がキジ!!

 二点しんにょうなど見たことも無い!!

 オーストラリアが東南アジアの地域に!!

 オセアニアはどうした遠い地域は!!

 ※胸骨下部に全て肋骨が付いている!?

 ※については令和二年十月八日より幾度となく世界線を越えたので、現在は原始世界線と似通った胸骨と肋骨になっている。しかし東京タワーは赤白のまま。

 マンデラエフェクトとは、南アフリカのネルソン・マンデラ氏が大統領退任後に死去した記憶の人と投獄中に死去した記憶の人とが世界的に見受けられた出来事から命名されたいわゆる都市伝説である。

 女はオカルトや不思議系には殆ど無関心であるというか、嫌いであった。何故ならば目の前で起きたことしか信じられない、信じたくないからである。

 女は頭がおかしくなったのだろうか?と、不安になった。

 証拠が無いのだ。自らの記憶が正しいと証明が適わないのだ。家にある昭和五二年製の古い百科事典を紐解いて見ても、職場にある昭和六一年製の字典や国語辞典等を確認して見ても、SNSに書いてあった通り。ネットでウィキペディアで調べた通り。女の記憶の方が間違いであったのだ。


 ここで一応女の情報を述べておく。

 女は頭が悪い。小学生時代から、授業以外で学習が難しく、授業以外で勉強が出来ないし、記憶も授業中しか出来なかったので、試験勉強は勿論、予習復習などもってのほか。宿題も当日の朝ギリギリ、又は登校してからと、ヤル気はあっても教科書を開いてものの五分で居眠りをしてしまい、落ち着いて学習するとか熟考するなど無理であり、高校受験時代に母親が「お前が静かな時はマンガを読んでいるか寝ているかのどちらかしかない」 とぼやく程に酷かった。

 であるからして、クラスメイトが「うわ、ヤバいテスト勉強全然出来なかった!」という台詞を叫んだ時も「そうか、私だけではないのだ。一夜漬けも朝漬けも出来ない人っているんだな」と彼らを信じ安心していた……高三の春までは。

 そんな女であったので、授業中に記憶出来た箇所が出題されれば解け、違えば誤答になるを繰り返していた。大学には行かなかったので高校受験時の偏差値は五五から六一の間を行ったり来たり。志望校は最低五八無いと厳しかったので、担任にはワンランク落とせと言われた。がしがし、奇跡が起こりギリギリ合格した。そしてギリギリ卒業出来た。中学は田舎で少人数な環境であったため,幸いなことに相対的評価のお零れを頂戴し高校では育英会の特別奨学生として無利子で授業料と同額を借りることが出来た。

 無勉強でもそれだけ出来ればいいじゃないか……そう周囲に言われ、本人はそうか、これでいいのか、と納得して高校時代も勉強が出来なかった。また幸いなことに、三年に上がる前に親戚が「来年卒業する人を探している」と就職話を持って来てくれ、無試験面接無しで就職が決まってしまった。

 女はかかりつけ医である医療機関のただ一人の事務長兼平事務員として働くことになり、そのままズルズルと時は過ぎて令和二年十月には勤続三十三年を越えてしまっていた。

 頭は悪いが記憶力は多少良い方だ、と自分では思わないが周囲がそう評価するので「そうなのか?」と感じる程度なので、『マンデラエフェクト』が記憶違い勘違いだと世間が決め付けており「そうなのか?では私のこれまでの経験はなんなのだ?」と果てしない疑問がいつしか怒りへと変わり不信感さえも募って来たのだった。


 裏を取ろう!

 証拠は示せない。頼りになるのは不確かな自分の記憶だけ。身近な周囲の人々はどうか?ネット上の世間様はどうか?

 自分だけがおかしくなったのか?

 都市伝説といい、ネット情報といい、現実が記憶と異なる点はどう説明する?

 女は取り乱しながらも妙に現実的で冷静で、職場に見える薬品会社の営業マンや取引先の各種担当者、職場周囲の元看護師等……二十代から八十代の人々に聞きまくった。東京タワーの色。心臓の位置。国鳥。オーストラリアの位置。二点しんにょう。胸骨と肋骨等。


 二点しんにょうなどお目にかかることなど無かった。昭和六二年から令和二年まで、ずっと保険証を確認して来たのだ。

 心臓だって、職場では胸部レントゲン写真を見られる環境にある。母親はペースメーカーを装着しているので最低半年に一度は胸部レントゲン写真を眺める機会がある。ましてや本人は循環器内科の受診を経験しており、医師から説明を受けている。

 決して心臓は中央部になど無かった。

 東京タワーは赤一色だった。

 国鳥はニッポニアニッポンのトキだ。

 オーストラリアはニュージーランドと共に遠いオセアニア地域にあり、決して東南アジアの近くには無かった。

 女は次第に身近な人物に焦点を当て同僚(看護師)や従姉妹(看護師)、母親に尋ねて回った。どうか?本人はどんな記憶か?と。

 同時にSNSでは違う!ここじゃない!私の体も違う!と吠え続けた。拒絶するしか脳(能)が無かった。

 

 マンデラエフェクトを経験した月の下旬頃、母親の循環器内科の定期検診と女の年一の健診があり、再びハンマーで頭を殴られる羽目になった。 

 目視で心臓が数センチ移動している画像を目の当たりにし健診先の医師に私の心臓はどれかと愚問を投げて「これです」「うわ、ど真ん中ですね」「そうですね。真ん中ですね」と言質を取ったのだ。

 間違いでは無い。こちらではこれが当然なのだ。地理や歴史が異なる。長年(三十年)以上使用している辞書や字典の中身が変わってしまった。もう自分の記憶との差異が多数生じている。紛れもない事実である。

 その他にもありとあらゆる相違点が続出する。そうこうしている内に、周囲からの回答やSNSでのフォロワー方の情報が集まって来た。同じ記憶の人、半ば同じ人、ここでのウィキペディアと全く同じ人、あやふやな人!!!

 ホラ!やっぱり違うでしょう?

 え、そこは同じでもソレとアレは違うの?

時を開けて同じ人に同じ質問を投げ、違う回答が返って来た時には女にも様々な事件が相次いでいたために「お互いが変わった、世界線を越えたか」と諦めにも似た感情に囚われた。


 令和三年になると、SNSの中ではマンデラエフェクトを経験し情報収集を欠かさないフォロワー方が増え始めた。彼らは自らを「マンデラー」と呼んでいた。女は殆ど憂さ晴らしのように「違う!ここは私が居た世界じゃない!体も違う!」と毒を吐くように綴っていた。

 そんなある日、女が「齢五三にして履歴書を書いた経験が無いってどうよ」とふと思い呟いた。

 すると、再就職を心配するリプライが数人から届いた。女は再就職?いや、同じ職場にいるが?と応える。すると彼らは、


「そんなはずはない。確かに院長先生が老齢で後継ぎもいないから閉院すると呟いていた!この歳にして生まれて初めて履歴書を書いて再就職活動をすることが不安だと嘆いていた。数人から色々慰められていたけど、聞く耳持たないぐらいに騒いでいた!そのやり取りを見た!」と返して来たのだ。しかも後から確認すると、それを目撃した数は七名に上ったのだった。


 この頃から、女は平行世界、世界線というモノを意識するようになる。

 何故ならば、当時近隣の医療機関の院長先生が急病になり、後継ぎが不在のために休院していたのだ。

 それ以上に女が驚いたことがあった。七名の内の一名が、再就職を果たした後のこの女ではない世界線違いの女とSNSでやり取りをしたと発言したのだ。

 世界線違いの女は、運良く近い場所に再就職が叶った。が、近いが同じ市ではないためか、郵便番号等が間違え易く戸惑うと言い、フォロワーは配達人はプロだから住所が正確ならば大丈夫だと返したと言う。

 勿論この女はそんなやり取りをした覚えは無い。が、そのリプライを見て寒気がした。

 女は車の免許を持たない。なので公共交通機関を使わないと通勤が出来ない。

 近場?市が違う?

 思い当たる医療機関は、当時休院していた所のみである。今の職場から駅ひとつ離れていて、駅から徒歩で通え、隣町だが市が異なる。

 そこぐらいしか通勤可能な場所が思い当たらない。

 

 気味が悪かった。そのような情報は呟いていない。なのに数名が指摘していることは合っている。

 この他にも、毎年八月に更新される保険証がある日いきなり五年分の過去のコピーと医療事務用のパソコンの中身と共に変わってしまったリ、職場で数名で確認して数年前に廃棄したはずの使用済み乾電池が突然職員用の下駄箱に現れたり、三週間切らしていた備品が突然定位置に鎮座していたりと、医師や看護師も女と一緒に世界線を越えたか?と覚しき現象が相次いで起きた。

 それから愛猫の突然死、従姉妹や従兄弟の突然死、母の急死と新型の感染症とは無関係な所で不幸が相次いだ。

 職場でも突然に患者の不幸が増え始めた。

 

 女はマンデラエフェクトに遭遇してからずっと、良くないことが重なり合って更に奈落の底状態になり、毒のはけ口としてSNSを使っていた。何もかもが嫌になり、マンデラエフェクト自体が諸悪の根源のように思え、フォロワーからは慰めの言葉や優しさを向けられていても、受ける気力も返す呟きも適わずにマンデラーたちとは縁を切ってもらう形で恩を仇で返す結果となったのであった。


 マンデラーたちと疎遠になって、日常にマンデラエフェクトの現象報告やそれに関係するスピリチュアル系や量子力学、不思議系、オカルト、宇宙論などの呟きも視界には入らなくなり、女は原始世界線に居た時の自分を取り戻したいと考えるようになる。帰りたい。戻りたいのだ。

 動揺が世界線移動を加速させるのかもしれない。しかし動揺せずにはいられない。

 無意識下で移動してしまう度、大切な人や愛猫を失っては耐えられない。

 いったいどうすれは平行世界を移動せずにいられる?原始世界線へ帰れる?

 女はハッ、と思った。

 地球の全ての人間が「マンデラエフェクト」を認知したらどうだろう?と。

  

 ここで話が逸れてしまうが申し訳ない。

 女には脳内スクリーンという、考えた覚えの無い登場人物たちがマンガのコマ無し2,5次元のようにビジュアル付き時には氏名年齢付き家族構成付き職業趣味嗜好付きで現れて、会話だけを無音状態のまま(マンガを読んでいる感覚に近いがフキダシは無い)行って消えるを繰り返し見る(観る)という癖?があった。読書が大嫌いなので、昔にこんなマンガを読んだのだろうかと思っていたが、数十年経過すると不思議と物語の歴史のように思えて来た。が、登場人物たちの中に氏名年齢が分からない者が居る。

 おかしいな。まさかこれ、自分が創っているのか?いやしかし。想像する以前に考えてもいないぞ?

 女は改めて疑問に感じ、紙に登場人物たちの相関図を書き出してみた。小一時間で終了した。そして自ら行っておきながら、全く信じられなかった。

 「嘘っ!四十一人も居た~っ!」

 女は驚いて氏名の無かった数名に適当に名前を与えて、もしかして自分が創っているのかもしれないからと大量の会話群を書き留め始め、腱鞘炎を怖れてSNSへ移して備忘録として呟いたのであった。

 すると何を勘違いしたか、本嫌いの女は「もしかしたらこの会話群を繫げて書いたら小説になる?私がまとめて全部一度に読めるのでは?」と軽く思い付き、別のサイトにまとめて見えた脳内スクリーン毎にエピソードとして文章化する練習を兼ねて書き出した。

 SNSではプロの先生が偶然タイムラインに現れて下さる奇跡が起きて、呟きを拝読しつつ女は全く真逆な創作方法であることを棚上げして他人の目に入るかもしれない緊張感が必要だと分かると「目立つのは嫌だけど多分読まれないだろうから大丈夫」と深く考えずに公開したのだった。

 それから約ひと月後にマンデラエフェクトに遭遇した。女は数十年前から観ていた脳内スクリーンの文章化からは遠のいた。


 閑話休題とする。

 女がある真夜中にとあるマンデラーと呟きのやり取りをしている待ち時間の間に、ふっと脳内スクリーンの初回(映画予告編テロップ無し)が三つ四つ流れ込み、なんだこれ?と奇妙に感じていると、小一時間で映画早送り版が最初から最後まで一気にだだだだと流れたのだった。こんなことは初めてであった。呟き相手に少し報告すると、便利な脳内スクリーンだと言われた。だがマンデラエフェクトに関係して複雑怪奇な内容であったためにその夜はそのまま放置して眠りについた。

 それが数日後、再び脳内スクリーンに現れた。こんな面倒くさい内容が何故流れるのだろうか?女も困惑しているが、何より登場人物たちが皆困惑しているのだ。マンデラエフェクトに翻弄されて、女は他人事ではないと彼らの心情を理解し彼らの内情が流れ込んで来て、涙が流れて尚更困惑するのだった。

 ……書いたらこの感情が収まるかな?と書き出した矢先に、サイト内でコンテストがあることを知った。

 女は考えた。「マンデラエフェクト」を知らない人がタイトルだけでも見てくれたら、もしかしたら興味を持ってくれるかもしれない。文章力なんて小学生レベルだ。恥ずかしいかもだけど、タイトルだけでも見て欲しい!十万字書けば応募出来る!やるだけやって見よう!

 と意気込み書いたはいいが、応募要項を良く確認せずに締め切りに間に合わずに失格となったのだった。

  そのタイトルは『マンデラーの恋人 ~世界線を越えて~』である。脳内スクリーンにはひとりの登場人物に付き数名ずつ存在し、また背景の人物たちにも幾重にも重なる世界線が存在したために端折りに端折って上辺のみを書き出したのだった。

 それと平行して、女はマンデラエフェクトに遭遇した初日からの体験小説も少しずつ書いて投稿した。

 まだ良く知らない人がいるはず。自身の体験はこうだった。心情はこんなだった。これでもかこれでもかと体験を書き綴る。同時に頭のレベルも正直に暴露する。

 有名な台詞を借用すると、「信じる信じないはあなた次第」だ。

 同じ経験を持つマンデラー数名から共感を得た。古傷をえぐる内容かも?と躊躇したが、書いて良かったと思った女であった。


 翌年のコンテストの短編部門では「誰にも信じて貰えないような話、私小説」があることを知り、女は体験小説が当てはまると思ってまとめて応募しようと試みた。そして後日気付く。

 ……一万字以内であることを。


 もう、止めよう。既にサイト元の出版社からは「パラレルワールド」関連の書籍が出版された。女の気は済んだ。後はどうしたら『原始世界線へ帰る』ことが出来るのか、を考えようではないか。

 そして最近になり、突然目に飛び込んで来た。またコンテストか。まあ女には関係ないか。


 ん?え?お題が……『帰る』?

 帰る、だと……!!

帰る帰る詐欺よろしくSNSでは帰りたい!帰る!を叫び続けている女である。

 締め切りは一月十三日の正午前まで。一万字以内。


 二度あることは三度あるのだ。

しかし三度目の正直ということもあるのは確かだ。


 早く東京タワーが赤一色の原始世界線へ帰りたいものだ、と切に希望する次第でございます。


 ……お付き合い下さり誠に有難うございました。感謝致します。


          完

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帰る 永盛愛美 @manami27100594

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