エピローグ
夜道を走るタクシーの中で竹内健次郎は振動を続けるスマートフォンを操作していた。彼がスマートフォンの電源を切ると振動が止まり、画面からの発光も消えた。車内が一段と暗くなる。
運転席でハンドルを握っている工藤彰はバックミラーを一瞥してから口を開いた。
「お客さん、成田へもお急ぎで?」
車窓から外の景色を眺めたまま、竹内健次郎は憮然として答えた。
「急ぐと言っているだろう。もう少し飛ばしてくれないか」
運転席の工藤彰は前を向いて答えた。
「分かりました。なんでしたら、近道がありますので、そちらを行きましょうか」
「ああ、そうしてくれたまえ」
「承知しました」
工藤彰はハンドルを切った。そのタクシーは方向を変え、幹線道路から横道へと入っていく。遠くで聞こえていたサイレンの音が次第に大きくなり、タクシーが入ってきた横道の前を通り過ぎると、音を低くして、そのまま小さくなっていった。
後部座席の竹内健次郎は小さく息を漏らした。
工藤彰はハンドルを握ったまま片笑んでいる。その両手には格闘技用のオープンフィンガーグローブがはめられていた。上着のポケットからはスタンガンの先端が覗いている。
竹内健次郎は次第に暗くなっていく周囲の景色を見回しながら言った。
「おい、本当にこの道で合っているのか。ずいぶん寂しい道だな。なんだか、山間の方に向かっているようだが」
運転席の工藤はしっかりと頷いて答えた。
「ご心配なく。私はちゃんと最後までお客様に寄り添います。目的地には送り届けますから。予定通りに」
夜空に月は見えない。
車体の上の表示灯に「レイナタクシー」という文字を薄く浮かべたその個人タクシーは暗闇の奥の静寂の彼方へと消えていった。
(了)
寄り添う 与十川 大 (←改淀川大新←淀川大) @Hiroshi-Yodokawa
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